14.死刑囚
胸糞表現注意です。
結局、着回しを考えて無地系の服が選ばれた。レモンイエローのシャツと茶色のニットと白いジーンズ、春らしいパステル色のシャツにジャケットとデニム、さらに反対色の青系のセットである。どうせならそのまま着て帰っちゃえ、と奏たちにゴリ押しされ、シャツとジャケットとデニムに着替えさせられた。
推しブランドを買ってもらえた牧子はホクホクしていたし、便乗して自分の服も買っていた。
「よかったねー、牧子、星羅」
「うん、奏たちもありがとうね。色選びに迷ってたから助かったよ。ねえ、柳内さんはどう?」
「……変な感じ」
自分を見下ろして、星羅は呟く。
「自分じゃないみたい」
「これから慣れていけばいいよ。とりあえず休日はあの三セット着回しね」
「……わかった」
ぎこちなく頷きながら、その手は大事に紙袋を抱えている。
他の面子は残念そうにしながらも、次の機会を狙っていた。早ければ来月には夏の暑さがやってくるのだ。その時にまたファッションショーをすればいい。
無言で頷き合った女子たちの視線に、星羅は悪寒を感じた。
「んで? 男子たちは今どこよ」
「カラオケだって。門限ギリギリ三時間コース」
「えっ、ズルい」
「どうする? 乗り込んじゃう?」
「隣のブースに入って紅白歌合戦とか」
「いいね!」
SNSのグループにさっそくメッセージを打ち込み、カラオケがあるフロアを目指す。
「このまま吹き抜けのエスカレーターを登った方が早いよ」
「行こう、星羅!」
「……うん」
歌とかカラオケとか、星羅にはよくわからない。だけど、自然と頷いていた。
初めて、同級生と買い物に行った。服を選んでもらった。買ったのは自分のお金だけれど、破かれない服を選ぶ安心感は心地よかった。
簡単に言えば、浮かれていたのだ。心構えを忘れるほどに。
「――あれっ? 死刑囚?」
心臓が凍る錯覚を覚えた。息の仕方を一瞬忘れる。
「……え?」
「……は?」
同じ言葉が聞こえたらしい、奏や穂香たちが振り返る。
その先からちょこちょことやってきたのは、自分たちと同じくらいの少女だ。星羅の前に回り込み、無遠慮にその顔をじろじろと見る。
「……やっぱり死刑囚だ! まだ死んでなかったの?」
明るく言い放たれた言葉に、奏たちは先ほどの言葉が幻聴でないことを知る。フロアから音が消えたように静まり返った。
「あれえ? もしかして知り合い?」
少女は周りの視線に、今気付きましたと言わんばかりにわざとらしく見回す。にやぁ、と唇が大きな弧を描く。後ろで血の気が引いたまま、星羅がスマートフォンを取り出した。
「じゃあ付き合うの、やめといたほうがいいよ。こいつの両親、ファントムに殺されたんだって!」
キャー! と自分で悲鳴を上げる。その声はまるでアイドルに送る黄色い声援のよう。顔には隠し切れない喜色が浮かんでいた。耳に当てたスマートフォンへ、星羅が小声でなにかを呟く。
「きっと悪の組織の秘密を掴んだんだよ! でもその秘密はまだ回収できてない。きっとこいつの中に埋められてるんだよ!」
大げさに身振り手振りを交えて演説する少女。奏たちがそっと距離を取り始める。少女の死角にいた何人かが、自分のスマートフォンを構えた。
「……火炙りって、まさかそういうこと?」
奏が呟く。顔面蒼白で、絞り出した声は小さい。しかし、静まり返っていたフロアではよく届いた。
「あ、もしかしてもう知ってる感じ? じゃあ悪いことしちゃったね」
まったく悪びれずに少女が謝罪する。
「ここじゃ見ないけどさ、どこ中? アタシ、四中なんだ」
花折第四中学校。略して四中。同い年かと思いきや、年下だった。しかも相手も同じ勘違いをしている。
「こいつが勝手にどっかに消えるし、そのせいでお姉ちゃんや同級生たちが迷惑してんだよね。だからそのイシャリョーもこめてさ、こいつに支払ってもらおうと思って」
「ごめん、奏」
牧子が小声で言い、トイレに向かって走る。後を追うように三人ほどそれに続いた。
「あれー? なんだ、参加しないの?」
「……念のため聞いておきたいんだけど、お姉さんたちがどんなふうに迷惑をこうむったの?」
奏が話を逸らすと、少女は待っていましたと言わんばかりに顔を輝かせた。
「それがさ、聞いてよ! こいつ急に警察から手紙を送りつけてさ! 『裁判にされたくなかったらイシャリョー払え』って言うの! しかも払ったら、お姉ちゃん急に具合が悪くなったとか言って引きこもっちゃって! 他にも家から出られなくなったり事故に遭ったとかいう話を聞くし、絶対こいつが呪ったとしか思えないんだよ!」
話を端折りすぎているし要領を得ない。要するに星羅が今までのいじめの被害をまとめて警察に届け出た。それが解決した頃に、不運があちこちで立て続けに起こっている。それを彼女のせいにしたい、あわよくば今まで支払った慰謝料を取り戻したい、ということだろう。
『自業自得じゃない?』
女子の一人が送ったメッセージに、穂香は同意のスタンプを返信する。相手の死角にいれば、そして画面を見せなければ、こういったやり取りをすぐにできる。
「というわけだからさ、いっそ公開処刑といっちゃわない?」
少女が提案した。
「ちょうどここに良い感じの吹き抜けもあるんだしさ!」
「馬鹿か」
ついに穂香が吐き捨てた。
「学校で今までなにを習ってきた? やっていいことと悪いことの区別も教えてないし、覚える気もないのか、その四中の連中は」
「は……?」
真後ろからの反撃に、少女が振り返る。だがその視線は穂香ではなく、星羅――の持つスマートフォンに注がれた。
無機質なデフォルトのアイコン。通話中の文字。刻一刻と増えていく通話時間。アイコンの上に示された通話先は、「神崎さん」。
血色が戻った星羅がようやっと口を開く。
「神崎さーん、録音できたー?」
『……ああ、ばっちり』
泥を吐くような重い声が、スピーカーから流れた。
『お嬢さん、今までの発言は、彼女への侮辱、名誉棄損、自殺教唆、さらに周囲への犯罪教唆が適用される可能性がある。どれを選ぶかは、そこにいる星羅自身だ。あと、通報センターにそちらで犯罪に巻き込まれているとか人が死にそうとか言う通報がバンバン来ている。あと五分もしないうちに――』
「おっと逃げんな」
踵を返そうとした少女の腕を星羅が掴んだ。
「キャーーーーッ‼」
次の瞬間、耳をつんざく悲鳴が上がった。
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