13.おでかけ
能力者育成学園は、花折市の北に位置する山中に建っている。
少ないとはいえ、子どもを生まれた時から十八年間預かる場所だ。能力の暴走で近隣の施設が破壊されないように市街地から遠く隔離されている。
また同様の理由で、基本的に子どもたちは学園の外には出られない。そのため週末になれば親が来て学園内はごった返す。
子どもたちのみの外出許可が下りるのは高等部になってからだ。それも衣類や文房具、個人で食べるお菓子の調達など、理由を申請して担任と寮管理人の許可がなければ出られない。中等部以前は親か教師が同伴でなければ出られなかった分、子どもたちは毎週のように町へ繰り出している。
ゴールデンウィーク明けのけだるさも完全に取り払われた五月下旬。一級河川の山野川に沿って道を下り、自然あふれる場所からコンクリートジャングルへ。市街地と学園を往復してくれるシャトルバスに乗って、星羅たちは町に降り立った。集団でバスを揚々と降りる様は修学旅行生のそれである。
「よーし、じゃあまずはファストファッションから行こっか」
「えー、ジャンル特化型でもいいんじゃない?」
「そこはシンプルで良心的な価格のところから……」
バスから降りて早々……いや、バスに乗る前から、女子たちはどこの店に行くかで揉めていた。
今日のメインは星羅の服を買うこと。ジャージ以外なにも持っていないというのだから、好きなジャンルも色も柄もまったくわからない。
どうせなら同じジャンルを好きになってもらいたいという欲目もあるから、プレゼン合戦が止まらなかった。奏たちの服もそれぞれのお気に入りを引っ張り出してきているところから、気合の入れようがわかる。
「ちなみに柳内さん的に、どこがいいとかってある?」
見かねた河原が小声で訊ねる。だが肝心の星羅は首を横に振った。
「どこでも」
一番困る回答をされて河原が撃沈する。男子が「ドンマイ」と笑いながら肩を叩いた。
結局、洋品店を片っ端から巡るということで落ち着いた。場所はバスの発着場である花折駅から徒歩五分のところにある花折ショッピングモール。通称ハナモルは、町の中でも一、二を争う大規模施設だ。
「……これ、ぜんぶ回るの?」
案内図を軽く見た星羅が、その数の多さに顔を引きつらせる。
「ぜんぶじゃないけど、まあ十軒は回るかな」
「おすすめしたいコーデがあるのよね~」
笑顔で語る奏たちを見て、星羅は早々に抵抗を諦めた。
「おー! シンプルコーデ似合う!」
「ビビッドカラーを差し色に! どう⁉」
「キャラクターものが似合う……だって?」
「パンキッシュなデザインが合うと思ってたのよ~!」
「可愛い×格好いい、これ正義!」
「「「で⁉ どれが一番好き⁉」」」
一通りファッションショーを楽しんだ奏たちに詰め寄られた星羅は、目を回して一言。
「……喉乾いた」
一階から三階まで連れ回され、着せ替え人形にされ続け。オシャレに無頓着な星羅がここまで振り回されれば、グロッキー一直線である。
ちょっと早めのお昼ということで、人がまばらなフードコートの一角を女子で陣取る。ちなみに男子はさっさと離脱して、ゲームセンターで遊び倒しているらしい。女子たちはボディーガードの意味がない、と呆れつつ笑った。
星羅はどうにかファストフードのバーガーセットをテーブルに載せると、軽やかな曲線を描く木製の椅子に沈み込んだ。体育の後とは違う疲労の色が濃い。
「……疲れた」
「お疲れー」
振り回した一人である奏が、まったく悪びれずにねぎらった。
「……こういうの、初めて」
「そうなの? 誰かと一緒に行ったとかは?」
「……後見人、付き添い」
「と……あー……」
友達は? と訊きかけて、地雷だとすぐに思い出した。
中等部以前でも、奏たちは親の同伴であれば外出できた。だから事前に予定をすり合わせ、家族でこうした場所に出かけることもあったのだ。時には親に連れ出してもらい、現地では子どもたちだけで行動する時もあった。長期休暇の時もテーマパークで遊び倒したり、バーベキューやキャンプ、スキーなど遊びに行った場所は数知れない。
だけど、星羅はそれがなかった。
警察官は激務のイメージだ。彼が後見人なら、そうそう遠くへは遊びに行けないだろう。その上、人間不信が形成されるような環境下にいたら、奏たちのような体験ができたかどうかも怪しい。買い物も、本当に必要最低限のものを最低限の時間でこなしていたのかもしれない。先ほどの発言を深読みすれば、一人で買い物もできなかったとも読める。
それだけ、他人を恐怖している。
奏は自分が頼んだオムライスの山を切り崩しにかかった。
「じゃあ、この後またゆっくり見ようよ」
まだ見るの? と言いたげな視線は無視する。
「正直さ、星羅って顔が整ってるからなに着ても似合うんだよねえ」
「……そう?」
「そうそう。なんかリクエストあったら言ってね。それ尊重するから」
「…………」
少し思案してから頷いて、星羅もハンバーガーにかぶりついた。
動きやすい服装。スカートは苦手。暗めの色の服がいい。
昼食の時間を使って絞り出された希望は、その三つだった。
暗めの色については全員一致で却下し(星羅の目が半眼になったが、素材の良さや差し色などファッション知識で説得した)、スマートフォンに撮り溜めた写真を使って厳選する。
一気にいろいろ買ってもクローゼットに納まりきらないだろうし、着回しも考慮したい。
「……そういえば、星羅の部屋ってタンスとかクローゼットってあった?」
はたと気付いた牧子が呟く。女子全員の視線が星羅に向くと、彼女は明後日の方向を見て答えた。
「……備え付けのものだけ」
「シーズンを考えても二~三セットが限界じゃん」
穂香が額に手を当てて天井を仰いだ。
寮の備え付けのクローゼットは、本当に最低限のものを押し込むだけのスペースしかない。だから男子も女子も別の収納家具を購入して、寮に運び入れている。学部が変わる春休み中は、引っ越し業者が毎日やってきて少しずつ寮の移動が行われるのだ。
「追加のタンスとかは後見人さんに買ってもらおうね」
「……わかった」
「そう言えば、今日のことって後見人さんに言ったの?」
星羅に向けて訊ねると、彼女は一気に渋い顔になった。
「……なんか、泣かれた」
「え、泣く?」
「……友達ができてよかったねって」
鼻声で聞き取り辛かったが、要約すればそういうことだ。号泣しすぎて署内から引かれていたとは露知らない。
「へー、娘さんのこと大事に思ってるんだ」
にまにまと意味深な笑顔を浮かべ、穂香が頷く。
「なら、こっちも気合が入るね」
「……お手柔らかに」
遠い目になったのは仕方のないことだった。
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