12.ともだち2
「ねえ、星羅。ちょっといいかな?」
放課後、帰る支度をしていた星羅は奏に声をかけられた。
「……うん」
頷くと、奏はホッとしたように表情を緩ませる。
「ありがとう。……ここだとちょっと話しづらいから、空き教室でもいい?」
「……うん」
星羅が頷いて、二人で空き教室まで行く。心配そうに見送る女子はいたが、誰もついてこなかった。
がらんどうの教室で、奏が意を決して口を開く。
「……あの、さ。星羅。私、あなたと友達になりたいの」
「……うん」
「一緒にバカやって笑いたいし、おしゃれしたいし、買い物とか、いろんなところに遊びに行きたいし……」
「……うん」
「それで……。もっと親しくなりたい。もっと仲良くなりたいの。でも、星羅が笑っているところ、見たことないし、距離感じるし……。だから、どうしたらもっと仲良くなれるのか、あなたに直接聞きたいの」
「…………」
「どうしたら、星羅と仲良くなれる? どうしたら私のこと、友達だって思ってもらえる?」
「…………」
星羅はしばらく沈黙した。所在なさそうに指先をこすり合わせ、どう答えようかと悩む。
奏はそれを辛抱強く待った。
「…………ともだち」
やがて、星羅の口から言葉が出る。音の響きを確かめるようなそれは、言いにくそうにかすれていた。
「ともだちなら、いつ裏切る?」
「…………ん?」
予想外の問いかけに、奏の思考が理解を拒む。
「待って、裏切るって言った?」
「言った」
「……裏切るって、具体的にどんな?」
「仲良くなって、信頼を得て、心を許したところで、総攻撃」
「…………。どこで?」
「学校でも、施設でも」
「…………。あー、ごめん、ちょっと叫んでいい?」
星羅が頷いたのを見て、奏は息を吸い込む。
堪忍袋の緒が切れた。
「ふざっけんじゃないよ‼ 一体全体どこのどいつがそんな人の心を弄ぶようなことをすんのよ⁉ 友達=裏切るの図式ができるくらい裏切られ続けてたってこと⁉ ちょっと星羅そいつら今どこにいるの? 私が話をつける‼」
奏が両肩を掴んでがっくんがっくんと揺さぶる。髪を前後に揺らしながら、星羅は困惑の表情で答えた。
「…………。施設、解体になったし、学校も、連絡網とか捨てたから……。所在、不明」
「チッ」
大きな舌打ちが出た。
「あと……」
「まだあるの?」
「そいつら、全員名誉棄損と傷害と暴行と監禁と……諸々で被害届を出されたから。警察に少なからずマークされてる」
「え、訴えたの?」
星羅が頷く。
「証拠、たんまり。ボイレコも役に立った」
そう言って自分を指さした。
「ちなみに刑罰は?」
「少年法で、ぜんぶ示談。施設は百万円。他は十万から五十万。生活費として神崎さんが管理してくれてる」
「良いんだか悪いんだか……」
「ちょっと調べたらわかること。卒業直後に接近禁止の文書も取ったから、逆恨みからの襲撃はありえない」
「逆恨みされたことあるの?」
「ない。でも手札は多いに越したことはない」
「うん、正解。……で、私としてはそんなことをした連中に怒りを覚えるし、そもそも星羅を裏切るなんてしたくないしそんな考えまったく思いつかなかったんだけど。……そこんところどう?」
改めて奏が問いかけると、星羅は視線を彷徨わせ、答える。
「……びっくり」
「そっかー……」
奏はがっくりと項垂れる。
信頼しては裏切られ、次こそはと信頼しては裏切られを繰り返していたら、そりゃあ人間不信にもなる。
だが、だからこその切り札がある。
「じゃあ星羅、私があなたを裏切ったと思ったら、遠慮なく訴えて!」
「え」
奏が顔を上げてそう言えば、星羅は驚いたように目を見開いた。
「そんだけ裏切られ続けていたなら、すぐには信じてくれないと思う。でも私は、星羅の友達でいたい。絶対に裏切りたくない。だから、もしもの時は遠慮しないで!」
「……わ、か…った」
かなり詰まりながら、星羅は頷いた。
「よっし! じゃあ改めてよろしくね!」
「……よろ、しく」
ハイタッチのつもりで手を上げたが、星羅は困惑した表情でそれを見つめるばかり。仕方なくその手を掴んで無理やり重ねてやった。
そのまま手を繋いで教室に戻ると、誰一人帰らなかった生徒たちの視線が集中する。
「か、奏、どうだった?」
牧子の上ずった問いかけに、奏がブイサインで答える。女子の一部からは安堵の声が漏れ、他からは感嘆の声が上がった。
「よかったぁ~」
「すげ~」
「防弾ガラスはちょっと薄くなった?」
「いやぁ、ガラス越しに握手できたかな、って感じ。とりあえず一歩前進」
「なら、今日は秘蔵のお菓子パーティする?」
「調理実習室借りる?」
「なら町に行って買い物しようよ!」
「きのことたけのこも買う?」
「お、なんだ? きのこ派か?」
「なんだと、きのこウメーじゃんかよ」
「はいはいそこ、戦争起こすな!」
静まり返っていた教室が一気に騒がしくなる。
置いてけぼりを食らっていた星羅に、奏が振り返って訊ねた。
「ねえ、そういえば星羅って一張羅とか持ってないの? 休みの日もそのジャージだった気がするけど」
「……同じの、三枚、着回し」
「えー、もったいない。おしゃれなやつ買おうよー」
「……持ってても、切って捨てられる」
びしり、と音を立てて教室が凍る。
「え……切るって、なにを?」
「服」
「今までの?」
「……制服も、ぜんぶ」
「…………。穂香、お菓子パーティやめていい?」
「同感。ちょっと今度の休みにでもみんなで町に行こう」
「……?」
真剣な顔をして頷き合う奏たちに、星羅は首をかしげる。
翌日、奏たちは橋本から外出許可をもぎ取る。ジャージしか持っていない理由も暴露してやれば、真剣な顔で頷いてくれた。ついでにボディーガードの名目で男子の外出許可も下り、朝からクラスが歓喜に沸く。隣の二年生の担任から注意を受けたが、誰も聞いちゃいなかった。
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