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11.ともだち1

 警察への相談を済ませた翌日から、星羅の学校生活は再開した。

「おはよう、星羅。早いね」

「おはよう、樋口さん。……走り込み、してたから」

「え、こんな朝早くから? というか、私も〝奏〟でいいよ。呼び捨てで」

「……奏? さん?」

「惜しい! そしてなんで疑問形⁉」

「……まだ顔と名前が一致しない」

「よし、そこからだね」

 初等部はともかく、中等部以降では名札を使わない。なにしろ一学年二十人前後の小規模コミュニティだ。大人を合わせたって三十人前後の顔と名前が一致するのに、そう時間はかからないだろう。

 軽く汗を流した星羅を連れて奏が寮の食堂に行けば、すでに集まっていた何人かが一斉にこちらを見る。

「えっ、なに?」

 ぎょっとする奏の横で、星羅は静かに体を強張らせる。いつでもどんな対処でもできるよう、右足は半歩下げる。

 テーブルの一角を占拠していた女子がガタガタと音を立てて席を立ち、こちらに来る。上級生だろうか。

「ねえ、あなた!」

 朝だからそこまで声は張られなくても、十分に張りつめた空気は届いた。

「大丈夫だった⁉」

「……え?」

 思っていたのと違う呼びかけられ方に、星羅が呆けた声を出す。

「新田たちから色々やられてたでしょ? 命に別状はないって聞いてたけど、本当に大丈夫なの?」

「……はい」

「本当? 無理してない?」

「……大丈夫です」

「本当? 信じるからね? なにかあったら遠慮なく言ってよ!」

「この前は助けに入れなくてごめんね。なんでも相談に乗るから!」

「……は、い」

 星羅がぎこちなく頷くと、女子たちは「うん、よし!」「約束だからね!」と言って彼女の背中や肩を叩いたり、頭を撫でたりしてテーブルに戻っていった。

「あー……一昨日のこと、先輩たちも気にしてたみたいでさ」

 奏がフォローを入れる。星羅はぽかんとした表情のまま、頭や肩をしきりに撫でていた。

「……どしたの?」

「……大人以外で、触られたの、初めて」

「……そっか」

 どう答えればいいのかわからず、奏は曖昧な返事に留める。

 神崎の言葉は、何枚もオブラートに包まれた表現だったらしい。

 思っていた以上に闇は深そうだった。


「おはよう、柳内さん」

「おはよう……えーと」

「河原伸治。同性なら名前で呼ぶし、異性だったら名字で呼ぶよ」

「なるほど」

「え……ひょっとして名前覚えられてなかった? ちょっとショック」

「ドンマイ」

 転校初日の事件は、昨日のうちに広まったようだ。というか、小さなコミュニティではどんな小さな事件や情報も否が応でも広がる。

「まあ……やらかした先輩たちが悪いとはいえ、見えない相手をことごとく倒しちゃったからね、星羅は」

 あはは、と奏が顔を引きつらせる。遠巻きにする生徒が多数、興味を持っていそうな生徒が数人。星羅にぴったりくっついているのは奏と河原くらいだ。

 居心地悪そうにしていた河原が、しばらく視線を彷徨わせた末に顔を上げる。

「なあ、柳内さん」

「……なに?」

「今度……いつでもいい、アリーナで一対一で対戦してほしい」

「……いいよ」

「え」

「?」

「ほ、ホントに? 大丈夫? 無理してない?」

「……してない」

「ありがとう! アリーナ取れたら知らせる! あ、スマホ持ってる?」

「……ん」

 メッセージアプリは標準装備だ。神崎しか登録されていなかったそれに、河原のアカウントが登録される。

「あ、ズルい! 私も!」

 出遅れた奏が三番目に登録される。ついでにクラスのメッセージグループにも招待された。

 よっしゃあ、とガッツポーズをしながら河原がクラスメートのもとに戻る。クラスメートたちはそんな勇者にお祝いなのかねぎらいなのかわからない声をかけていった。

「スゲー」

「お前度胸あるなあ」

「いやあ、実際ちょっと緊張した」

 星羅に聞こえないよう小声で答えながら、河原は自分の手を見る。

「トラウマ現場に連れて行かなきゃいけないの、すっげー勇気いったわ」

 自分でも笑えるほど、手の震えは止まらなかった。

 ――数時間後、アリーナの改修とセキュリティ強化のためしばらく使用できないと知った河原が、ひどく落ち込んだ犬のスタンプを星羅に送信する。

 返事は来なかった。


 周りとのぎこちなさはあるが、学校生活は滞りなく進む。

 一週間後に音を上げたのは奏の方だった。

「全っ然心を開いてくれない‼」

 寮の食堂兼多目的室に突っ伏して叫ぶ。

「一週間、一週間だよ⁉ もうちょっと向こうから話しかけてくれたりとかなんかリアクションしてもいいじゃん!」

「それはまあ、私らも思ってたけどさあ……」

「ぶっちゃけ、一週間も付き合い続けられる奏の根性がすごいわ」

「褒めてないでしょ、それ⁉」

「半分呆れてる」

「正直!」

 突っ込みを入れてまたテーブルに突っ伏す。ちなみにここは男女共用となっているため、夕食前の雑談や共有図書の利用などでそれなりに生徒がいる。

「でもさあ、実際のところ奏はどう思うの?」

 牧子の問いに、奏はのろのろと顔を上げた。

「……あんなに心を開かない人は初めてだから、どうしたらいいのか悩んでる」

「あ、攻略する気あるんだ」

「まあね。なんというか……こう、目の前に分厚い防弾ガラスがある感じ」

 パントマイムに似た動きをしながら、奏は続ける。

「物理的な距離は詰められるんだけど、心の距離がその防弾ガラスに阻まれるって感じ」

「すっごいわかりやすい」

「防弾ガラスかあ……。真正面から挑んでも弾かれるね」

「そうなの。もう本当に過去になにがあったの? って感じ」

「……じゃあ聞くしかなくない?」

 穂香の言葉に、奏たちの視線が集中する。

「え……」

「き、聞くって、なにを?」

「過去を。あんな火傷、いじめにしたってやりすぎだよ。ああいう手合いは、少しでも過去を知らないと距離が縮まらないよ」

「うう……」

 痛いところを突かれて、奏は呻く。

 尋常ではない量の根性焼きの痕。あのショックはしばらく夢に見たほどだ。あれから何度か体育の授業で見ないようにしてきたが、どうしても視線が泳いでしまう。

「……深淵を覗くなんちゃらは、ってことか」

「愚痴くらいは聞くよ。それに……知って離れたって、あの人はたぶん咎めないでしょ?」

「それじゃあ意味ないんだよぉ……」

 奏はテーブルに突っ伏して首を横に振った。

「友達になれるかもしれないのに、それで離れるなんて無責任じゃん」

「でも結果として、あんたが壊れちゃったら意味ないでしょ?」

「そうだよ。私、奏がこのまま病んじゃうくらいだったら引き離すよ」

 牧子の言葉に他の女子も頷く。

 付き合いが長いのは奏の方だ。よく知らない、心を閉ざした転校生を相手にするくらいなら、幼馴染の彼女のケアを優先する。

 奏も彼女たちの気持ちがわかるだけに、強く言えなかった。

「ううう~~……」

 奏はしばらく呻きに呻き、夕食の準備が始まる頃になってようやく結論を出す。

「……病んじゃったら、フォローをお願い」

「あんまり期待はしないでね」

 穂香がそう言ってくれるだけで十分だった。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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