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9.保護者

 ここも結局一緒だと思った。

 みんな口では仲良くしようというけれど、異物は排除したい。

 あの透明人間たち、誰の差し金だったんだろう。誰でもいいけど。

 助けちゃくれないのは知っていた。でも、まさか応援されるとは思わなかった。

 ……応援って、あんなにくすぐったいんだ。

 いつもより力が入った。生きているから、たぶん大丈夫だと思うけど。

 でも、やっぱり能力者は違う。予想の斜め上を行く。

 動けなくなったのは想定外だった。

 バレッタを奪われた時は焦った。体が動かない。呂律も回らない。こんなことなら、ちゃんと部屋に隠しておくんだった。

 ……でもやっぱり不思議だ。

 あの女子のついでとはいえ、あたしを助けるなんて。

 変なの。


◆   ◆    ◆


 保健室でぼんやりと教科書を眺めていた星羅の耳に、ノックの音が聞こえた。

「はい、どなた?」

 養護教諭が訊ねると、スライド式のドアが控えめに開く。

「失礼します、柳内星羅の保護者です」

 低くて穏やかな声に、顔を上げる。

「あら、そうですか。どうぞこちらに」

「失礼します」

 挨拶をして入ってきたのは、スーツを着た四十代の男だった。彫の深い顔立ちだが、目元がやや下がっているおかげで穏やかそうな印象を受ける。

 養護教諭の案内でベッドまで来た男に、星羅は片手を挙げて答えた。

「神崎さん、やっほー。ファントムと明人(あきひと)おじさん、見つかった?」

「第一声がそれかよ。もっと自分の心配をしろ。……まだ見つかってない」

「そっかー」

 想定内の答えに、星羅は生返事で対応する。丸椅子に腰かけた男――神崎が訊ねた。

「上級生に襲われたって聞いたぞ。手当はちゃんと……してもらってるな。バレッタはどうした?」

「あー……アリーナで落とした」

「どこだ?」

「体育館近くの能力制御訓練施設。なんか檻みたいな場所」

「わかった。あとで探してみる」

 神崎の言葉に星羅は頷く。その頬には湿布が貼られ、バレッタを失った髪が耳を隠す。

 神崎はそこでようやく養護教諭を見た。

「手当てしていただいて、ありがとうございます」

「当然のことをしたまでですよ。……まあ、ちょっとびっくりしましたけど」

 養護教諭に苦笑いを向けられ、神崎もまた同じ顔をする。

 夕暮れ時の校内は、不気味なほど静まり返っていた。


◆   ◆    ◆


 河原の能力で拘束された影――もとい上級生たちは、その後駆け付けた橋本たちによってアリーナ内から引きずり出された。

「アリーナの不正使用、〝アーツ〟の無断所持、および使用。恫喝、暴行、脅迫……。お前ら、言い訳なら一度だけ聞くぞ」

 仁王立ちする橋本の後ろに魔王が見えた、というのは一緒に駆け付けた同級生の言葉である。

 星羅はその後すぐに保健室に担ぎ込まれ、手当ののち事情聴取を受けた。お腹を殴られたということで痣ができていないか確認した際には、火傷の痕も見えて大騒ぎになりかけた。上級生たちの中に火の能力者がいなかったことで疑いは晴れたが、あまりのひどさに養護教諭がトイレの壁を殴ったのは完全に余談である。

 その後は学園全体がこの事件の解決に動いたため、生徒たちは午後の授業を受けずに寮へ帰された。星羅も帰ろうとしたのだが、詳しい事情を聞きたいから、そして保護者を呼ぶからと保健室で待機させられていたのだった。


「失礼します」

 ガラリ、とドアが開いて橋本が入ってくる。神崎が丸椅子から立ち上がった。

「橋本先生」

「神崎さん、この度は娘さんをこんな目に遭わせてしまい、申し訳ありません」

 深々と頭を下げる橋本に、星羅も神崎も目を見開く。

「頭を上げてください、先生。いち早くこちらに連絡を入れてくださり、助かりました」

「いえ。まさか初日から絡んでくるやつが、それも三年生があんな暴挙に出るとは予測できませんでした。こちらの監督不行き届きです」

 頭を下げ続ける橋本に、星羅はベッドの上でゆっくりと神崎の後ろに隠れる。

「しかし、最悪の事態は避けられました。駆けつけてくださった皆さんのおかげです。……それで、彼らは今?」

 神崎が訊ねると、橋本はようやく頭を上げた。

「初等部、中等部の教員にも手伝ってもらって、個別に聞き取り調査をしました。主犯が一人、脅されて参加したのが二人、便乗したのが七人でした。……お恥ずかしい話、主犯はいわゆる問題児で、我々も手を焼いていたのです」

「能力者の学校に非能力者が来たんです。格好の獲物になるだろうことは、私も星羅も想定していました。違うとすれば、星羅にとって周りが自分の助けになるよう動いてくれたことでしょうね」

 神崎はそう言って、後ろでスーツを掴む星羅を見やる。無表情だが、彼にはその目の奥が戸惑いで揺れているのがわかった。

 神崎は視線を橋本に戻し、尋ねる。

「彼らはどうなります?」

「脅された二人は、積極的に参加していなかったこともあったので一日謹慎。便乗した七人はイエローリストと一週間の謹慎。そして主犯ですが、イエローリストに加えて一ヵ月の謹慎です」

 橋本の言葉に、神崎はやや目を見開いた。

「イエローリストですか。便乗した方はともかく、主犯はレッドに入ると思っていましたが」

「これでもかなり揉めた方です。なまじ、十八年近い付き合いですからね。彼の事情もわかってしまうと言いますか」

 橋本が目を伏せる。

 イエローリスト、あるいはレッドリスト。

 能力者に恐れられるそのリストには、彼らの能力の危険性や人格としての問題が一定のラインを超えると記載される。

 イエローリストは要注意。レッドリストは危険を意味している。これに載ったら最後、銀行の融資の審査が通りにくくなるほか、就職にも影響が出る。人生の選択肢が狭まった結果、犯罪に走るリスト登録者の話は枚挙にいとまがない。

 神崎は難しい顔をしていたが、やがて小さく息を吐いた。

「……わかりました。それとは別に、こちらも対応するということでよろしいですか?」

「それはもちろん」

 橋本が頷いたのを見て、神崎は星羅を見る。

「ということだけど、星羅はどうする? 届けを出す? それとも実績?」

「……実績」

 やや硬い声で星羅は言った。

「大きな怪我もないし、二度目はないって警告」

「いや、十分大きな怪我なんだけどな……」

 神崎は何度目かわからない苦笑いを浮かべ、ため息一つついて切り替える。

「じゃあ、明日また迎えに行くから、その時でいいか?」

 星羅がこくりと頷く。

「では、明日は一日休みということで」

「わかりました」

 橋本も頷き、星羅は神崎と共に保健室を後にした。

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

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よろしくお願いします。

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