男爵(養子)令息は惚気られる
突然浮かんだ突貫工事作品。
モーリス……最近ベガ男爵家に養子に入ったからモーリス・ベガというまだ言い慣れないフルネームを得て、そろそろ一年になるところだが、自分の働いている婚約者のクラリスの領地の工房に王城で働く文官が尋ねに来て困惑していた。
「ジュリアス・サトゥルヌス庶務……?」
つい学生時代の生徒会庶務だったころの呼び方をしてしまい、失敗したと焦ってしまうが、
「私のこと知っていたんですね」
逆に驚かれていた。
「いえ、知ってますよ。生徒会でしたし……」
「伯爵家の三男で文官か武官しか道の無い貴族令息など普通は覚えないものですよ。ましてや、生徒会には王子や側近が集まっていましたし」
「王子や側近……」
思いだしたくもない面々だ。元幼馴染であったナタリーの傍にくっついていた方々で、ナタリーのためと告げていろんなことをしてくれた。
何度酷い目にあったことか。
正直、卒業前に皆さん居なくなって、幼馴染も消えたと聞いてほっとしたものだ。
(………薄情だよな)
幼馴染を案じないでいなくなって良かったなんて思えるのだから。
「メリクリウス公爵令嬢が生徒会長になってからの副会長だったから覚えていますよ。って、それなら庶務呼びはやめた方がよかったですね。申し訳ありません!!」
自分の至らなさに反省すると、
「いや、気にしないで。私も庶務の方が長かったし、副会長になってからも他の方々に気後れしたしね」
「ああ……見事に女性でしたからね」
元幼馴染いわく悪役令嬢ら。元幼馴染の取り巻きになっていた上流貴族の令息の婚約者の方々。
メリクリウス公爵令嬢同様。元婚約者に振り回されていたが、それぞれ新しい婚約者を見付けてうまくやっているとか。
(そういえば、サトゥルヌス庶務はメリクリウス公爵令嬢の婚約者になったんだよな)
クラリスが嬉しそうに報告してくれた。王子たちがやらかしている時に二人きりで生徒会の仕事をしていた様が申し訳なかったけど、一枚の絵みたいで入り込めなかったとか。
「ところで何の御用でしょうか……メリクリウス公爵令嬢の代わりに視察ですか」
支援という形で色々協力をしてくれるメリクリウス公爵令嬢は、僅かな時間でも時折様子を見に来て、工房の製品の反応を教えてくれる。
時折、他の貴族に脅しのようなことをされてもメリクリウス公爵令嬢が手を回してくれて無事だったことも数多くあり、ほんと頭が上がらない。
「いや……そうか。たまに来るんだな……」
どこか寂しそうにそれでいて納得もしているが複雑そうな表情を浮かべているサトゥルヌス庶務は少し困ったように、
「君に仕事を頼みたくて……」
と、綺麗な琥珀の原石を取り出して見せてくれた。
ヴィオレットは……そう呼ぶのにまだ抵抗があるのだが、伯爵家の三男で卒業後は平民になるしかなかった自分にとって恩人だった。
貴族令息の次男は長男が何かあった時のスペア。三男は上位貴族で爵位が余っていない限り平民になる。運が良ければ婿養子になれるが、自分はそこまで求められる人材じゃないし、それを狙っている貴族令息の勢いが強すぎて目立つこともないので文官か武官。争いことが苦手なので文官を目指していたのだが、そこで降って湧いた公爵令嬢との結婚。
王子がやらかさなかったら回ってこない立ち位置だった。
自分のどこを気に入って貰えたのか分からない。兄たちに比べて気弱で、出来が悪い。
『お前が長男じゃなくてよかった』
父に言われた唯一の誉め(?)言葉。
『お前が兄だったらよかったのに』
スペアの立場が納得いかずに常に不満を持っていた次兄の声。
『お前が次男だったらよかったのに』
虎視眈々と自分の居場所を奪おうとする弟に疲れたように告げた長兄の声。
そんな二人に振り回されて、現実逃避の場所として学園の寮生活は天国だったし、生徒会で忙しくしていれば実家に帰らない理由になるからという理由で生徒会に選ばれた時に了承して庶務になった。
『貴方のおかげで助かったわ』
ヴィオレット……当時副会長だった彼女は王子含む生徒会の尻拭いをして、それに疲れていたのに一切表に出さない誇り高さに心惹かれて、最初は憧れの形で出来るだけ手伝いを続けた。
それが恋になったのはいつからだろう……。疲れた彼女がほっと目を細めて幸せそうに一人の生徒を見つめているのに気づいたのも……。
「恋ではないと言っていたけど……」
それでも思うことはある。貴族間に恋愛はなくても結婚するし、関係性は深められる。
「それでも、せめて二番目……いや、三番目にはなりたい……」
ヴィオレットの一番は民。次に国。その次にモーリスが入っているのだろうが……。
「――そこで自信もって一番と言えなければ次期公爵として頼りないと思われますわよ」
いつの間にか目の前にヴィオレットが座っている。
「ああ、すまない」
「謝らない方がいいわ。難しいでしょうけど」
窘めるような口調で、そっとネクタイを握るのは彼女が有利に立とうとしている時の仕草だと気付いた。
自分の望みを叶えるために策を巡らせている時のそれ。
「モーリスから聞いたけど、わたくしに贈る為に、自分の初任給で購入した琥珀を防衛用の魔法陣を彫って、首飾りに加工してほしいと依頼したそうね」
綺麗な琥珀色の眼差しが向けられる。
「内密にしてほしいと頼んだのに……」
「あら、あそこの工房はわたくしが支援しているのよ。仕事内容は把握しないと。まあ、モーリスが確認したかったのもあるけど」
「確認? 何か足りない箇所でも?」
「いいえ」
微笑む。
「石を嵌める土台を銀灰色にした方がいいのかと」
するりと指が動き、私の髪に触れる。
銀灰色の髪に。
「土台を黒にしてほしいと言われて困惑していたわよ。確かに推しの色だけど、夫の色を身に着けたいわね」
だから変更してほしいとお願いしたわと笑われて、恥ずかしくなった。
自分の色を纏っても嬉しくないだろうと弱気になってしまったのだ。
「すまない……」
「謝らないで、嬉しかったのも事実よ。わたくしに何かを……自分の最初の給料で買いたいという気持ちは」
自分で稼いだお金。それで贈りたかった気持ち。公爵令嬢のヴィオレットにとっては些細な物にしかならないが……。
「琥珀も嬉しいわ。わたくしの目の色ですから。だけど、今度は銀灰色に水色の物をください」
「それは、私の色だね……」
薄い水色の目。
「うん。分かった。――君の推しに作ってもらうよ」
でも、次は誕生日とかで勘弁してくれと告げると、ヴィオレットは嬉しそうにそっと抱き付いてきた。
ああ、愛されているんだなと今更ながら実感したのだった。
「と言うことで、その時は頼む」
「了解しました。――でも、良いですよね」
モーリスは惚気を聞かされてもなんか嬉しかった。
「何がだ」
「だって、いつも守る立場で頑張っていたメリクリウス公爵令嬢が甘えていい場所としてサトゥルヌス庶務を大事に思っているのが伝わってきて」
守られてきた立場だからこそそんな事を思える。
(俺もクラリスに何かあげようかな)
ふと、そんなことを思えたある日のことだった。
ヴィオレット(推しが作ってくれた夫からのプレゼント……!!これは家宝にしないと!!)
余談だが、モーリスのカラーリングは金茶色の髪に黒い目。