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天狗の花  作者: 月島金魚
【1】できそこないの魔女
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2、帰郷(2)



 和風の木のぬくもりが香る駅舎を出ると、大きな登山ルートの看板がまず目に入る。人々はその看板の前に立ち、体内に残る車内の空気と山の空気をきっちり交換してから、右手の山へと続く坂道を、清流の音を聴きながら軽い足取りで登って行く。ずいぶん観光地化したようで、駅前から登山口までの道中には、焼き団子や蕎麦屋、土産物屋等がそれらしい外観で軒を連ねる。登山客が下山後の達成感と反比例して重くなった足でそれらの店に吸い込まれていくのを見ると、みんな見えない力に操られているみたいだなと羽菜は思う。


「わあ、蝉がうるさい! 山だねえ。うーん、空気の匂いが全然違う」


 そう言って都会っ子の娘がおいしく深呼吸するその隣で、母は脇目も振らずスマホ上に指を走らせる。


風花(ふうか)、黒の軽だって。車替えたみたい」


 返信を打ち込みながら言う。その指さばきは娘より速い。


「あれ? もう来てるって。その辺にいない?」


 羽菜が首を伸ばしてキョロキョロしていると、後ろのほうから聞き慣れた声がした。


「羽菜! 菜乃花(なのか)おばさん! こっちこっち!」


 高架下から少女が元気に手を振っている。そのそばには黒い軽自動車が、肩身が狭そうに影と一体になっていた。

 Tシャツにぴったりしたジーンズ、高い位置で結った茶髪のポニーテールをぶんぶぶん左右に揺らしながら、少女は身軽に駆けてきた。


「……もしかして、花梨(かりん)ちゃん?」


 母が頬に片手をあてて曖昧に微笑むと、少女は「えーっ!」と大袈裟にのけぞった。


「そうだよ! うっそ、おばさん、すぐにわからなかった?」

「だって髪染めてるんだもん! びっくりしたあ。花梨ちゃんも高校生になったのねえ。美容院でやってもらったの? 髪色、よく似合ってる」

「えへへ。おばさん大好き。うちの母さんとは大違い」

「それよ。よく瑞希(みずき)が許したわね」

「母さんには言わずにやったの。お年玉でね。だから今喧嘩中。口きいてない」


 花梨はポニーテールで攻撃できそうな勢いでぐるんと羽菜に振り向いた。


「ね、羽菜もわからなかった?」

「あたしはわかったよ。染めた時に写真送ってくれたじゃん」

「だよね! ……っていうか羽菜、わたしの返信見てないでしょー。駅出て左の橋の下、って送ったのに」

「ほんとに? ごめん、見てない」

「そんなことだろうと思ったから、このわたしがわざわざ車から飛び出して来たんですぅ。風花おばさん待ってるから、早く行こ!」


 花梨は人懐こく八重歯を見せると、菜乃花からキャリーケースを奪い取り、車のもとへ急ぎ足で向かっていった。


 車内では母の妹である風花おばがそわそわしながら待っていた。


「乗って乗って。ここ、本当は止めちゃいけない所なのよ」

「ごめんねえ、暑いのにわざわざ。よろしくね」

「気にしないで。みんな、シートベルトはいい?」


 急かされながら荷物を詰め込み、挨拶もそこそこに発進する。後ろに飛び乗った羽菜と花梨は急に背もたれに体を押しつけられて「おわあ!」と華の女子高生にあるまじき声が出た。


「花梨ちゃん、羽菜ちゃん、ごめんね! 危なかったわぁ。あそこね、ちょっとでも長く止めると注意されるのよ。姉さんは知らないと思うんだけど、そっちの……ほら、左見て。駐車場。半年前かな、これができてからうるさくなって」


 羽菜と母はピッタリそろって驚愕の声を上げた。前は金網に囲まれ丈の高い雑草に覆われた虫たちの楽園だった場所が、今では太陽光を弾く白い駐車場に様変わりして、そこに色とりどりの車がコレクションされ、まるでデパ地下のギフト用ゼリー売り場のような賑やかさである。


「変わったでしょ」


 花梨がどこか自慢げに言う。羽菜は、


 ――前のほうが好きだったな。


 なんて思いながらも、明るく答えた。


「うん、変わった!」

「変わると言えばさあ」


 花梨はにやにや笑いながら、羽菜を上から下まで舐めるように見た。


「制服、約束通り着てきてくれたね。高校生っぽいじゃん。やっぱいいなー、都会の高校は。スカートがピンクグレーのチェック! リボンがなくてもシャツだけでお洒落! はあ、うらやましい! でも上下セットで見たかったな。なんでブレザーも着てこなかったの?」

「熱中症にさせたいの? 前に写真送ったからもういいじゃん。そんなにうらやましがるほどのもんでもないよ」


 羽菜はちろっと舌を出す。


「……とか言って、ちょっと制服で選んだ部分もあるけどね」

「わかる! 三年間同じ物着るんだもん、重要だよね」


 花梨は腕を組んでうんうんうなずいた。


 同い年である花梨とは親族の中で最も仲が良い。他に同い年がいないことも大きいが、ノリとかテンションとか――まあ、単純に一緒にいて楽しいのだ。


「お父さんはセーラー服のほうがいいって言ってたけどね」


 母がからかうように言う。羽菜はむっと顔をしかめた。


「あんな校則が厳しい女子校、ぜーったい嫌! しかもあそこのセーラー、すっごくダサいじゃん。あんなの三年間も着てらんないし」


 羽菜は素早く画像を検索して隣に見せた。期待通り、花梨は見るなりケタケタ笑った。


「ほんとだ、ダサッ」

「ほらあ、花梨もそうだって!」


 バックミラー越しに母の苦笑がこちらを覗く。


「あたしはそのセーラー、そんなに悪くないと思うんだけどねー。でも学校に関しては、あたしも羽菜が選んだ高校のほうがいいと思うよ。共学だし。ねえ聞いてよ、風花。あの人ったら、最後の最後までその女子校を推していたのよ。何を期待したのか知らないけどね、未練たらしくまだぶつぶつ言ってるの。ほんと往生際が悪いったら」


 風花おばがくすくす笑った。


「それじゃ晴征(はるゆき)さん、今はドッキドキの毎日ね。羽菜ちゃん可愛いから」

「そうみたいよ。年頃の娘に毎日『学校はどうだ』なんて聞いちゃって。今年の夏休みはこっちに戻ることに決まった時なんて、あの人、すごーくうれしそうな顔をしてたのよ。こっちなら女ばっかりだし、山だし、悪い虫がつきようがないものね」


 正面に白い大鳥居が見えてきた。足もとに行けば誰もが口を開けて見上げるほどの巨大な鳥居。これがまた非常に観光客に人気が高いらしい。


 都心からのアクセスが良く、写真映えするパワースポットがあり、首都にあるとは思えないほど自然が豊か。癒しを求める現代人にぴったりな場所、それがこの天尻山だ。


 羽菜はときどき考える。踏み固められた山道を人々が蟻の行列で登っていくのを眺め、天狗は何を思っているのだろう、と。





次回は16時50分投稿です。



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