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しばらくして戻ってきたリーナさんは、手に果物の入った深皿と、小さめの取り皿のようなものを持っていた。
そして、わたしが座っていたソファに近付くと、その前のローテーブルの上にそれらを置いた。
リーナさんが皮を剥いて食べやすい大きさに切り、取り皿の上に分けてくれた。それらの果物は、どれも日本で馴染みのあるものだったため、わたしもいつも通りに食べることができたのだった。
「お嬢様は病み上がりでいらっしゃいますから、食べやすく消化によいものを、と思い用意させていただきました」
リーナさんの「病み上がり」という言葉が気になった。
わたしは、セレスティーナとしての記憶がないので、前世の記憶を思い出したきっかけとなった出来事が何だったのかも分からないのである。
「リーナさん、病み上がりってどういうことですか?わたし、そのことも覚えていないんです」
「……お嬢様は三日前、突然気を失われました。その場所が階段だったため、そのまま落ちてしまわれたのです。その際に頭を打たれ、この三日間ずっと意識が戻らなかったのですよ」
つまりセレスティーナは、気を失った時に階段から落ちて、頭を打ったことで気を失ったということだ。
恐らく、玲奈が死んだ時と同じように頭を打ったことで、走馬灯かのように前世の記憶を思い出したのだろう。一つ疑問が解消されてすっきりした。
わたしがそんなことを考えている間、リーナさんは何とも言えないという風な表情でこちらを見ていた。
「リーナさん、どうかしましたか?」
「……お嬢様、どうかわたしのことはリーナ、と呼び捨てでお呼びください。敬語もつけていただかなくて大丈夫です。私は一介の使用人ですので」
どうやらわたしが敬称を付けたり敬語で話したりしていたことが気になっていたらしい。
「……でも、それならむしろ敬って接するべきだと思います。だって、わざわざわたしのためにいろんなことをしてくれているでしょう?それに、リーナさんはわたしよりも年上なんですから」
わたしが偉い訳でもないし、それにリーナさんは仕事とはいえ、わたしのために動いてくれているのだから。
根っからの貴族の人達にとっては当たり前のことなのかもしれないけれど、わたしのように一般人として暮らしていた記憶があると、自分のために動いてくれている人に対して敬意を払わずにはいられない。
わたしがそう言うと、リーナさんは一度驚いたように軽く目を見開き、微笑んだ。その微笑みに、思わず見とれるわたし。
「お嬢様はどこか変わられましたね。……では、言い方を変えますね。私は、お嬢様から敬語を使わずに話していただいた方が、信用されているのだと感じて嬉しいです。ですので、どうか気軽に接していただけませんか?」
そこまで言われてしまっては、頑なになってそれを断る方が申し訳ない。……ので、リーナさんからのお願いを受け入れることにした。
「分かりま……分かったわ。じゃあ、これからは敬語はなしで話させてもらうわね、リーナ」
「ありがとうございます」
「でもリーナ、その代わりと言っては何だけれどわたしからのお願いも聞いてくれるかしら?」
「もちろんです」
「リーナも、もっとわたしに気軽に接してちょうだい。そのほうがわたしも嬉しくなるわ。少しだけでも良いから」
「……分かりました。では、そうさせてもらいますね。ただ、旦那様などの他の方の前ではきちんとした侍女にふさわしい話し方をさせていただきます」
リーナに対する周りからの目もあると思うので、その点に関しては異論はない。
わたしの我が儘のせいでリーナが悪く評価されるのは良くないからだ。
「リーナがそうしたいんだったら、それでいいわ」
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。