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「お前の汚い手で私の主に触れるな」
今までに聞いたことがないほどの低い声でリーナはそう言った。この前ダンジョンで絡まれたときにもリーナは怒ってくれていたと思うけれど、その時とは比べ物にならない。
「リ、リーナ」
「おじょ……いえ、主様、大丈夫ですか?」
わたしが声を掛けると、リーナは即座にこちらを向いた。そしてわたしの目線に合わせるように、しゃがんでくれる。既に無表情ではなく、いつもの微笑みが浮かんでいる。切り替えの早さに驚きながらも、わたしは彼女の言葉に答えた。
「わ……僕は大丈夫。ありがとう、リーナ。それと……」
「……?」
自分の一人称を僕に言い直した後、わたしはリーナの耳に顔を寄せた。そして、内緒話をするように小声でささやく。
「この格好をしている時には、わたしのことはレナと呼んでくれるかしら?」
「……!分かりました、そうさせていただきます、レナ様」
男装をしている時は、「僕」の名前はレナだ。セレスティーナという今の名前から二文字を取ると、奇しくも前世の「玲奈」と同じ読みになった。この名前であれば聞き馴染んでいるし、急に呼ばれたとしても反応できるだろうと考えたのだ。
それに、女の子の名前だと思いがちな「レナ」という名前だけれど、男の子にもレナさんはいる。だからこの格好でレナと名乗ったとしても、わたしが女子だということはすぐにはばれないはずだ。
レナと呼んで欲しいというお願いを聞いて、わたしのことを「レナ様」と呼んだリーナの言葉に、近くで心配そうにわたし達のことを見ていたユリウスが納得したように頷いた。彼はそのままリーナの隣にしゃがみ込んで先程まで掴まれていた手首に目をやった。
「レナ様、手首が……」
「え?ああ……」
わたしが自分の手首を見ると、くっきりと手の跡がついていた。結構赤くなっている。じんじんとした痛みは感じていたけれど、それほどではなかったために確認していなかった。
「大丈夫だよ、これくらい。すぐに直ると思うから」
「申し訳ございません、レナ様!私がいながらこんなお怪我を……!どんな罰でもお受けいたします」
「いやちょっと待って?!罰なんていらないから!」
急に思い詰めた様子になったリーナの言葉に慌てて答える。別にわたしが手首を掴まれたのはリーナのせいではないし、むしろわたしの言動のせいだ。リーナが気にすることではない。
そう考えた時、ずっと言葉を発していなかった男性達が腰の剣を抜いた。そしてそのままこちらに向かってくる。リーナとユリウスはわたしの方を向いていて、彼等には背を向けている。
「っ、リーナ、ユリウス!」
わたしは彼等が切られるかもしれないという不安に、大きな声を出してしまった。同時に後ろを向いていた二人は瞬時に立ち上がって近付いてくる三人組の剣を払い落とした。
武器を奪われたことに驚愕したらしい三人だったけれど、急には勢いを殺せなかったようだ。そのまま突進してくる。
わたしは咄嗟に空間魔法を使って彼等を上から押さえつけた。頭上から押される形になり、三人はなんの抵抗もなく床に膝をつく。
再び呆然としている彼等を、わたしは立ったまま見下ろす。最早わたしの顔には先程のリーナと同じく何の表情も浮かんでいなかった。それほど彼等がリーナ達に襲いかかったことに怒っていたのだ。
今回はリーナ達が自分で防ぐことができたから怪我を負うことなどはなかったが、これでもし本当に二人に斬りかかっていたらわたしは自分の感情をコントロールできた自信がない。確実に同じくらいの目に遭わせていただろう。先程侮辱したことも含めて。
「……っ、お前等、何なんだよ?!俺等にこんなことして、ただで済むと思ってんのか?!」
「そうだ、絶対に許さねえぞ!」
「何としてでもいつか痛い目見せてやる!」
彼等の言葉にわたしの中の何かがぷつんと切れたような気がした。
「いい加減にしてくれますか?不意打ちで襲いかかったにも関わらず、防がれている時点で実力差は分かりますよね?それに、別に貴方達に許してもらいたいことなんてありません」
本当に呆れる。勝手に絡んできて、相手にされなかったことに逆上するなんて、情けなさすぎるとは思わないのだろうか。それとも、そのことにに気付くことがない分幸せなのだろうか。
「今の時点で自分達の方が強いと思うのであれば、何かで勝負をするとか、できることはたくさんありますよね?……僕は貴方達の強さは知りませんが」
彼等はBランクの冒険者であるそうだけれど、どうしてもリーナやユリウスよりも強いとは思えなかった。それに、わたしも恐らくこの人達よりも強いだろう。剣術の技術については分からないけれど、魔法を使えるという点では。そう思う根拠はもう一つある。
わたしがこの前ダンジョンで倒したブートリオやブロクスーン達はAランクの魔獣で、基本的にAランク以上の冒険者が倒すことが良いとされている。それをわたしは一人で倒すことができた。それこそ剣ではなく魔法を使って倒したけれど、方法はどうであれ倒せたことは変わらない。恐らく冒険者ギルドでも、自分が使える手段であれば大体の方法は許されているだろう。
……別に魔法を使うのは悪いことでもないし、ある意味自分の武器だもんね。
つまり、Aランクの魔獣を倒せたわたしは一応Aランク冒険者と同じレベルの強さがあるということだ。今日の朝までは気付いていなかったけれど、よく考えてみるとそういうことになる。
もしかするとこの人達も何か事情があってそれ以上のランクになっていないだけで、Bランク以上の力を持っているのかもしれない。そういう今のランクで十分だと言って、それ以上の力を持っているのにランクの昇格をしない人も、冒険者にはいるらしい。
それでも、これまでの彼等の言動を見ている限り、その可能性は低い気がした。Bランクであることを自慢するようなことを言っていた彼等ならば、上がれるだけランクを上げていくに違いない。そうしていないということは、彼等の実力はランクに則ったものになっているということだろう。
そんな彼等は、わたしの言葉を聞いて何かに気付いたような表情をした。
呼んでくださりありがとうございます……!




