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「いいえ、それは良いのです。……ですが、アンザ様は納得されたのですか?」
その言葉に、わたしはマーサにもわたしの本名を明かすことを決めた。
「わたしの名前は本当は、セレナでなく、セレスティーナです。わたしは、セレスティーナ・ウェルストンといいます」
「……!!」
目を見開くマーサ。それもそうだろう。
「申し訳ございません!!公爵家のご息女でいらっしゃるとは思わず……ご無礼をお許しください」
ただ驚いているだけかと思っていたら急に謝られた。
「え?い、いえ、それは別に良いのです。全く気にしていませんし……」
……何かこれ、前にも言った気がする……。あ、初めてカイやネラ達に会った日か。
あの時にも言ったのだけれど、わたしは会話をする時の相手の口調は気にしない。この世界、というか国では、身分が上の人には丁寧な態度で接しなければいけないのかもしれないけれど、わたしはまだ子供だ。
……しかも、マーサも皆も、特に無礼と言えるようなことはしてないしね。
「それよりも、こちらこそごめんなさい。ずっと黙っていて……」
頭を下げて謝罪したわたしに、マーサが慌てたような声を出した。
「あ、頭をお上げください!セレナ様……いえ、セレスティーナ様に悪いところなどございません」
「ありがとうございます。……けれど、わたしのことは今までのようにセレナ、と呼んでくださいませんか?」
「わ、私は構いませんが……宜しいのですか?」
「ええ。むしろ、そうしてくだされば嬉しいです。……それに、カイやネラ、他の皆もわたしの呼び方が変わっていたら驚くし、混乱してしまうでしょう?
「そう、ですね」
「……そして、これからのことを話したいのですが、宜しいですか?」
「どうぞ。大丈夫です」
わたしは、今日の一番の本題に移ることにした。
「アンザが去り、今は孤児院長がいないでしょう?マーサになって欲しいのです」
「私、ですか?」
「はい。もし嫌であれば、もちろん無理にとは言いません。わたしがなっても良いですし。ただ、子供達との仲も良く、献身的にお世話をしてくれていますから」
これは昨夜考えたことだ。時間的な問題で、毎日来ることは難しいと思うけれど、肩書だけで良いのであれば問題ない。
……まあ、そうは言ってもわたしにできることがあるんだったら、何でもやるけどね。
「わたしが孤児院長になった場合には、マーサには今までのものに加えて、少し多めの仕事をやってもらうことになります。もしかしたら、寄付金の受け取りにも行ってもらうことになると思います。帳簿の管理などはわたしにもできるかもしれませんが……」
やり方さえ教えてもらえれば、多分できる。前世でも、わたしは、というか玲奈は家で家計簿をつけたり、学校の生徒会で予算案を立てたりしていた。あの時にも、やり始めてからすぐに慣れて覚えられたのだ。きっと今でもできるはずだ。
それに、帳簿の管理や予算の振り分けなどは、ここに来なくても、屋敷でできると思う。援助金が寄付されるのは月に一回なので、そこまで回数も多くない。そう考えると、結構やりやすい。
……わたしに任せてもらえれば、の話だけどね。
わたしが子供だからと言って、信用してくれなかったのであればもうそれはどうしようもない。今までのマーサの様子を見ていると、わたしが子供でも任せてくれそうな気はするけれど。
とにかく、先程も言った通り、わたしにできることなのであれば、どんどんやっていきたいと思っている。
「反対に、マーサが孤児院長になってくれた場合には、給金として与えられるお金が今までよりは増えると思います。……けれど、子供達の面倒を見ることができる時間は減ってしまうのではないでしょうか」
その言葉に、マーサははっとしたような表情でわたしのことを見た。
「そうなのですか?」
「ええ。孤児院長というのは事務的な役職ですからね。無理をすれば何とか子供達との時間を取れなくはないでしょうけれど、今より減ってしまうことは確実です」
「……でしたら、セレナ様。私は、今までと同じように子供達と関わっていたいと思います」
マーサは、孤児院長になることで得られるであろう給金よりも、子供達との関わりを選んだ。マーサがどんな判断をするかを試すためにわざと鎌を掛けるような言い方をしてみたので、彼女の子供達と関わりたいという考えがとても嬉しい。
……やっぱりマーサは子供達と関わる仕事が向いてるね。皆からも慕われているし。日本で生きてたら、保育士とか学校の先生とかになってそう。
そんな全く関係のないことを考えながらも、わたしは笑みを柔らかくしてマーサを見た。
「そうですか。分かりました。では、わたしが孤児院長になりましょう」
「よろしくお願いします」
ちなみに、わたしが孤児院長になったことで、わたしには給金が入ってくることになる。
……そのことに関しては、素直にありがたいけどね。着られないドレスを売るのは続けてるけど、お金はいくらあったとしても悪いことはないし、いつか使うかもしれないもん。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。