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「……っ?!ほ、本当ですか?」
わたしの言葉に分かりやすく顔を真っ青にしたアンザ。けれどそれは少しの間のことで、少し後には再び顔に笑みを浮かべた。
……へえ。表情を取り繕うことはできるんだ。貴族の人達と関わっているからかな?
貴族は基本的に気持ちを顔に出さない。そんなことをしたらいつ誰に足元を救われるか分からないからだ。だから、貴族だけでなく、彼等と関わる人達も、表情を変えずに常に微笑んでいる事が必要となる。アンザも意外と貴族に慣れているのかもしれない。
ちなみに、わたしが言った噂とは、全くの嘘である。アンザが自分から尻尾を出してくれると良いな、と思っただけであって、この孤児院の噂は一つもない。
「ええ。この孤児院の帳簿に記されている予算、つまり収入と実際に貴族から寄付されている援助額が違う。そして、帳簿の記入や管理をしているのは貴方だと。そう言われていますよ?」
「そんなこと、私が不正をしているという証拠にはならないでしょう!ましてや、横領なんて!」
……あ、言った。
やはり、アンザはあまり頭が良い方ではないようだ。
……まあ、頭が良い人だったら、証拠を残すことなんてしないよね。足がつかないようにするだろうし。
「あら?わたし、貴方が不正をしている、なんて一言も言っていませんよ?どうしてそう思ったのですか?」
わたしが笑みを深めて言葉を発するたびに、アンザの顔色は悪くなっていく。その様子を見ながら、わたしは更に彼のことを追い詰めていった。
「それに、横領、とおっしゃいましたか?その言葉が出てくるということは、心当たりがある、と捉えて良いのでしょうか?」
「……っ、そ、そんなことは……」
「では、どういうことですか?……まあそれは良いでしょう。貴方が不正をしていた犯人だということはもともと分かっていましたから」
アンザの額には汗が光っている。恐らく、というか確実に冷や汗だろう。
「貴方が今日買ったワイン。それは、援助額の一部を使って買ったものでしょう?二本で大金貨五枚なんて、随分と贅沢ですね」
「な、なんで、知って……」
「なんで、って……見ていましたから。ヴァンスター商会に行って、個室に入ったところから。こっそり行動するのであれば、もっと慎重に動いた方が良いと思いますよ?」
「じゃ、じゃあ、最初から俺が不正をしていたって分かってたのか⁈声をかけてきた時にも⁈」
アンザにはもう取り繕う余裕もなくなっているようだ。一人称が「私」から「俺」へと変わっている。
「ええ。貴方はご存知ないでしょうけれど、わたしは一月ほど前からこの孤児院を訪れているのです。マーサにもセレナと言ったら通じると思いますよ」
アンザは驚愕のためか、目を見開いている。わたしはその表情を見て、笑みを深めた。
……こんな人のせいで、ここにいる皆が大変な暮らしをしていたなんて、絶対に許せない。
「マーサに我が儘を言って、あの地下室も見せていただきました。あんなところで小さい子供達を育てていたなんて、信じられません。それに、マーサはあの環境を改善しようとした職員が追い出されたと教えてくれました」
アンザはぶるぶると震えている。顔は真っ赤だ。
「……まあ、貴方が不正をしていてもしていなくても、それはどちらでも構いません。貴方が孤児院の皆を適切な環境下においていなかったことは明らかですから。そんな貴方が、孤児院長に相応しいとは思えません。……この孤児院から出ていきなさい。新しい孤児院長は、わたしからマーサにお願いしたいと思います」
……マーサが拒否したら、無理に押し付けることはしないけどね。
「何の権限があってあんたがそんなことを言ってるんだ?!」
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。