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「……お母様が、亡くなった?」
リーナが言ったことが信じられず聞き返してしまった。わたしは、前世で母がいなかった。わたし、つまり野中玲奈の母もわたしが四歳のときに死んでしまったのだ。その時のことは朧げにだけれどなんとなく覚えている。
だから、お母様が亡くなった時のセレスティーナの気持ちが想像できてしまう。辛くて、悲しくて、心細くて、どうしていいのか分からなくなるような、そんな気持ち。
それを、セレスティーナは生まれてすぐに味わった。もしかしたら、「死」というものを理解できていなかったのかもしれないけれど、それでも辛いものは辛い。
セレスティーナが可哀想だ、と思った。
「はい。奥様が亡くなったことで、旦那様は奥様の忘れ形見であるお嬢様を溺愛していらっしゃるのです。まあ、そうでなくても溺愛したのではないかと思いますが」
お父様はわたしを、というかセレスティーナを溺愛していたのか。初めて知った。
まあとにかく、セレスティーナのお母様が亡くなっていたことを今知れて良かったと思う。屋敷で顔をあわせなかったらいつかは分かることかも知れないけれど、早い段階で知っておくに限ると思うからだ。
「え、じゃあ、お父様は奥さんがいないの?それは公爵家として大丈夫なのかしら?」
貴族ならば、公爵家当主に妻がいないということはあまり良くないのではないのだろうか。
そんな懸念からわたしがそう言うと、リーナは首を縦に振った。
「旦那様と奥様は恋愛結婚でしたからね。旦那様は奥様のことをそれは愛していらっしゃいました。ですので、未だに再婚の兆しすらありません。奥様の後釜を狙う者は多くいますが、他ならぬ旦那様にその気がございませんから、余程のことがない限り、旦那様は独身を貫かれると思います。それに、旦那様の国への貢献は素晴らしいので、王家からも強くは言えないようです」
「わたしはお母様に似ているのかしら?」
「ええ。お嬢様の金髪は旦那様譲りのものですが、髪の色と目の色以外は奥様にそっくりですよ。性格も似ていらっしゃいます」
「……そう。ねえ、お母様は、わたしや兄様達のことを愛していらっしゃった?」
セレスティーナとしての記憶がないわたしはもとより、セレスティーナもお母様の記憶はなかっただろう。顔も覚えていないと思うので、お母様がセレスティーナや兄様達のことをどう思っていらっしゃったのかが気になった。
「はい。奥様は、旦那さまと一緒に皆様のことを愛していらっしゃいました。ご自身が亡くなるときにも旦那様やお嬢様、ウィリアム様方のことばかりを考えていらっしゃいました」
お母様が、セレスティーナのことを大切に思ってくれていて良かったと思う。彼女がセレスティーナを大切に思っていたことが、セレスティーナに伝わっていれば良いな、と思った。
「……リーナ、教えてくれてありがとう」
「とんでもございません。……何か、このお屋敷について分からないことや聞きたいことはございませんか?」
「大丈夫よ」
「では、お部屋に戻りましょう。六時になりましたら、夕食の用意をいたしますのでそれまではご自由にお過ごしください」
「分かったわ。……じゃあ、わたしはもう少しこの屋敷の中を見て回るわ。一人で大丈夫だから、リーナは部屋にいてくれる?なにかやらなければいけないことがあったらそれを優先してくれて構わないわ」
「かしこまりました」
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。