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第5話 護衛係ザクロ


 幼い時に拾われたザクロは、精霊王の住まう宮殿に匿われた。

 精霊の血が流れているわけでも、名家の生まれでもない醜く汚れた自分を、なぜそこまで可愛がってくれるのか、ザクロは分からなかった。


 精霊王国は豊かで美しい国だが、貧困がないわけではない。

 精霊と精霊王の求心力が強いかわりに、精霊に愛されていない人は良い扱いをされない。例えば精霊に愛されて王国に移住してきた人間が、子どもを作る。その子どもが精霊に愛されない──弱い精霊の姿を見ることが出来ない、精霊術を使えない等──とすれば、とたんに周りと壁ができる。

 身寄りのないただの孤児であったのなら、なおのこと。近づく大人は敵だと幼心で分かっていたザクロは、宮殿に匿われた後でもそれはそれは酷い暴れ方をしていた。


 包丁をシェルレニア王女に向け、切りつけたこともある。

 斬首刑にならなかったのは、シェルレニア王女が身を挺して「この子の問題は国家の問題です」とザクロを守ったからだ。


 自分と同い年の、たった十歳かそこらの女の子が、だ。


 その時から、すでにザクロはシェルレニア王女に惚れていた。

 長く滑らかな銀の髪に、知的な翡翠色の瞳。

 普段は無口であることが多いが、可愛らしい唇から出る声は小鳥のさえずりのようで。

 何よりも、意志の強そうな彼女の横顔がとても美しかった。


 彼女はあまり喋る人ではなかったが、表情は豊かだった。

 ザクロが頬肉を引っ張って変顔を見せればコロコロと笑うし、美味しいケーキを食べれば年相応の笑顔を見せる。探求心が強く、難しい本を読んでは「ねえザクロ!」と、ザクロが剣の稽古中でもしょっちゅう声をかけられる。


 この先もずっと一緒にいたい。

 その気持ちで、ザクロは自らシェルレニア王女の護衛役を志願した。

 昔から体力には自信があった。そこらの大人と素手でやりあえる度胸もあった。

 いざとなれば、王女の代わりに死ぬ覚悟すらもあった。


 そんな想いを、彼女の父である精霊王は認めてくれた。

 

 そして、つかみ取った国一番の剣士の称号。

 これから先、たとえシェルレニア王女がどこぞの王子様と結婚しても、自分は護衛係として一緒にいられる。彼女が幸せなら、その笑顔が他の男に向けられたって良かった。


 そもそも王女と捨て子、そんな身分違いの恋が実るわけない。


 でも、シェルレニア王女が嫁いだ先は、ノウスとかいう最悪の王子だった。

 心優しい彼女を化け物だと罵り、北の塔に閉じ込めた。

 なぜ反抗しないのかと、問うた。

 命令してくれればあんな男、すぐにでも切り捨ててやるのに。


「彼ね、意外と可愛いところもあるのよ。それに国同士の約束だから。彼に私という存在が信用に足る女かどうか見極めてほしいの。そしたらきっと、ここから出られるから」


 でもその想いは、最悪な結末でノウス王子から返された。

 あの日、ザクロがノウス王子を殺さなかったのは奇跡に近い。敵国領内でいきなり王子を切り捨てていれば、責められるのはシェルレニア王女だったから。


 今は、精霊王国とライゴン王国が戦をしている。

 こちらの精霊術師の数は二千。ライゴン国王が見積もっていた数の十倍以上だ。基本的に、自身の魔力を使用して戦う魔術師と、精霊の力を借りながら戦う精霊術師では、圧倒的な力の差がある。


 今ごろは、王都が陥落している頃だろう。

 ヤンヒルデ将軍とゼクシマという最強の二人がいるのだから、負けることはない。

 王族は見せしめの処刑。

 特に、シェルレニア王女を貶めた王子と婚約者レディーナは、想像することも嫌になる様な残酷な刑が待っているだろう。

 ライゴン王国は精霊王国の支配下に置かれる。最初は、ライゴン国民は精霊王に嫌悪を見せるかもしれないが、すぐに収まる。精霊王は慈悲深い。土地を潤し、病人を救い、数々の祭りを開いて国民の心を掴む。そうなれば、ライゴン国王と王族、議会は野蛮人の集団だったと後世に語られるに違いない。

 

いまザクロに出来ることは、美しい王女の傍らに立ち、癒してあげることだ。

 

「姫さん、起きてますか?」

「……あらやだ、私ったらいつの間に寝ていたのかしら」


 机に突っ伏すように眠っていたシェルレニア。

 おそらく、久しぶりの母国に安心したのだろう。

 

「こんな出来の悪い王女で、おまえも大変でしょうね」


 そう言うシェルレニアの頬には、未だに涙の跡がある。かの国が侵略され、多くの命が散っている現状を嘆いていたのだ。自分自身が酷い目に遭っていたのに、なんと健気なことか。

 ザクロのなかで愛おしいと思う気持ちが膨れ上がる。


「姫さん。今から言う言葉を、夢の中で聞いたと思ってください」

「なあに?」

「──好きです。ずっと前から、好きでした」


 シェルレニアがぴたりと止まる。

 ザクロは、彼女の頬に手を触れた。


「これは夢です。俺はただの捨て子で、ただの護衛係で、ただあなたを愛している哀れな男が見せている夢です」

「…………ザクロ」


 ザクロは、はっとしたように手をひっこめた。

 王女の御身に了承もなしに触れるなど、あってはならない。

 ただの護衛係が、そんな──


「嬉しい。ザクロ、おまえも私と同じ気持ちだったなんて……」

「同じ気持ち……?」

「ずっとね。ずっと、ザクロは私の事を妹みたいにしか思ってないと思ってたのよ。きっとザクロは、私みたいな色気のない女なんかタイプじゃないんだわって」

「そんなことない!! 姫さん、あなたは誰よりも魅力的で……!!」


 ずっとノウス王子が羨ましいと思っていた。

 妬んでさえいたと思う。

 王子という立場があれば、すぐにでも彼女の細い腰を抱き、その唇にありったけの劣情を注ぎ込むのに。


「俺は……」

「いいんじゃないか? この国にも、そういう結婚の仕方があっても」

「精霊王!!」「お父様!!」

 

 いきなりやってきた精霊王に、ザクロは深々と頭を下げる。

 

「今まではずっと、我々王族は精霊の血を絶やさぬよう絶やさぬように婚姻を繰り返してきた。だが、近すぎる血は災いを呼ぶ。……それにな、シェルレニア。私はそなたが塞ぎ込んでしまうのではないかと心配していたのだよ」

「私が……?」

「可愛い愛娘にはいつも笑顔でいてもらいたいのが父親の願いでね、出来ることなら政略結婚などせず、好いた男と結ばれてほしい。だから、そなたはザクロと結婚しなさい」

「よい、のですか……?」

「そなたはザクロが嫌いなのか?」

「いいえ、そんなことはありません。今でも深くお慕いしております……」


 尻すぼみに声が小さくなっていき、シェルレニアの顔が真っ赤に染まる。

 その様子を、精霊王はにこやかに見つめた。


「これから忙しくなる。国を挙げて、盛大な結婚式を開かねば」

「ありがとうございます、陛下……! いえ、お父様……!!」

「そう言って笑ってくれるのが一番だ。では私は戻るとしよう、あとは二人で……」

 

 そう言って去っていく精霊王。

 しばらくザクロは、シェルレニアと見つめ合った。

 やがて──強く抱きしめる。


「結婚しよう。愛してる、姫さん」

「これからは名前で呼んで、ザクロ」

「…………シェルレニア」

「ええ」


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