第3話 国に戻ります
「姫さんや」
王城から出る際に、護衛係兼幼少時代の遊び相手だった男が、シェルレニアを待っていた。
引き締まった体躯と焦土色の髪が特徴的な男・ザクロ。
精霊王やシェルレニアは姿かたちこそ人間だが、精霊の血を引いているため人間ではない。精霊王国には精霊だけでなく、人間も住んでいる。精霊に愛された人間だけが精霊王国の門戸を開くことができ、住むことが許されるのだ。
ザクロは人間だった。
そして、捨て子でもあった。精霊王国内で雨に打たれて肩を震わせているザクロ(当時10歳程)を、シェルレニアが発見し宮殿に匿わせた。
当時の彼はひどく精霊王族を警戒していて、荒れに荒れていた。
給仕の制止を振り切って宮殿内を逃げ回るわ、花瓶は割るわ、王妃のドレスに泥をふっかけるわ。
シェルレニアや精霊王夫妻、給仕たちが真摯に接するうちに、少しずつ心を開き、今では精霊王国一の剣士として立派に護衛係を務めている。
「……泣いてるんですか?」
「黙っていなさいザクロ。おまえには見せられないものよ」
「…………」
少しだけ、ザクロの胸を借りる。
ザクロの体に触れていると、荒んでいた心が落ち着いていくようだった。
「一瞬でも彼のために尽くそうとしていた私が……馬鹿みたいね」
ぽつりと呟いた言葉を受け止めるように、ザクロは静かにシェルレニアを抱きしめた。
◇
精霊王国に帰還したシェルレニアは、事の顛末を包み隠さず精霊王に話した。
精霊王は静かに話を聞いていたが、金色の瞳をひと際強く輝かせていた。
激しい憤りを押し殺している様子だった。
「国王陛下、俺からも進言させてください」
「なんだザクロ、言ってみなさい」
「かの国は、シェルレニア王女殿下を婚約者として受け入れた時から我々に威圧的な姿勢を見せておりました。まず、王城の一番ランクが低いと思われる場所に王女殿下を押しやり、許可なしには外出もままなりません。食事と給仕の質、与えられるドレスや宝石、そしてノウス王子殿下の数々の発言などなど、とても国賓を扱っているようには見えませんでした」
「……そのとき、シェルレニアはどうしていた」
「静かに耐えておられました。国王陛下に報告をとシェルレニア王女殿下に進言しましたが、自分の行動一つで国同士の友好が揺らぎかねない、と」
「なんと……!」
父王だけでなく、他の臣下達もざわついていた。
特に、体を動かしたくてうずうずしているのが、大男二人。顔に傷のある餓狼の将軍ヤンヒルデと、口の肉が少し裂けている剣豪ゼクシマ。侵略行為はしない精霊王国だが、大義名分さえあれば一国を亡ぼせるほどの軍隊を持っている。
「なぁ精霊王よ、そんなまどろっこしい抗議文なんてさっさと破り捨てて、殴り込みに行こうぜ。この俺とゼクシマ、それにザクロの三人がいれば、いきがってる小国なんざ簡単に陥落できる」
「おい、誰が俺も行くって?」
「てめぇも姫君の護衛係に収まってる玉じゃぁねぇだろうが、戦闘狂め」
「あぁん?」
「ごっほん!」
父王の咳払い一つで、ヤンヒルデ将軍とザクロの言い争いは終わった。
「ザクロは、引き続きシェルレニアの護衛を頼む。娘はいまひどく傷心している、どうかおまえだけは傍にいてやってほしい」
「仰せのままに、陛下」
「シェルレニアよ、これで良いな?」
「はい。構いません」
静かにうなずいた娘に、父王は立ち上がった。
「ライゴン王国に文を出せ。これより開戦する!!」
「「おおおっ!!!」」