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我が儘な次期女王から婚約破棄を告げられたら親友に告白されました?!

作者: イザヨイ



 ――なるほど、と思った。

 彼女が――次期女王のメリジェンヌが揉め事を起こす時、どうして学園内が圧倒的に多いのかようやくわかった。

(彼女を宥める大人が圧倒的に少ないんだ)

 とんでもない事態に動揺が占める思考の中、妙に冷静な部分がある。

 学園のほぼ全員が集まったこの場、二階へ続く大階段の踊り場は学園の目玉の一つ。そこからこちらを見下ろす次期女王にして、トゥーラ・アクマリネの婚約者はにんまりと勝ち誇った笑みを浮かべていた。



  我が儘な次期女王から婚約破棄を告げられたら親友に告白されました?!



 エメラスカは建国より現代まで女王が統治してきた国だ。

 トゥーラはアクマリネ公爵家の次男として生まれ、幼い頃から次期女王の王配として厳しく育てられてきた。とは言え、幸いかトゥーラは真面目な性格で勉強も苦ではなく、影の存在とは言えこの国の発展に貢献できる事を誇りに思っていた。

 …唯一の王位継承者であるメリジェンヌ・ラ・エメラスカがあんな性格でなければ。

「ふ…っは…! ハァ!」

 木刀を持ち、型の通りに振るっていく。集中しなければいけないのにメリジェンヌのトラブルが脳内を占める。

 トゥーラとメリジェンヌが通う学園は貴族が集まる特殊な学校だ。ここで一般教養の他、それぞれの特化学科を受けるようになり、貴族としての振る舞いや繋がりを得ていく。

 トゥーラは頭脳の代わりに身体能力には恵まれず、剣術の授業ではいつも教師に苦笑いされてしまい、少しでも評価を巻き返したくて自主練をしていた。

「…はぁ…」

 溜め息が漏れ、集中できていない自分を誤魔化しきれずにトゥーラは木刀を下ろした。

 今日もメリジェンヌは騒ぎを起こした。あれこれと難癖をつけて学生をいびったくせに、その責任と処理をすべてトゥーラに押し付けたのだ。

 生徒たちはメリジェンヌの横暴な性格をわかっているので出来るだけ近寄らないようにするか、親の命令か擦り寄ろうとするかのどちらかに分かれており、今回は擦り寄ろうとした男生徒が犠牲となった。

 …いや、真の犠牲はその男生徒に因縁をつけられたトゥーラなのだが。

「やぁ。集中しきれていないね」

「ッ」

 ぎくりと顔を上げて辺りを見渡すと、こちらにひらりと手を振りながら近付いてくる男がいた。

「…オルヴァ」

「オレほどの実力ならまだしも、お前みたいな剣に振り回されるようなやつが集中できないまま振るえば怪我をするぞ」

 そう言ってオルヴァはするりとトゥーラの手から木刀を抜き去り、少し離れたところで振るい出した。

「――ふ、」

 ひゅん、と、木刀が出せる音なのかと思うほどの鋭い音がする。

 先程のトゥーラと同じ剣の型なのにまるで違って見える。それほどにオルヴァの剣技に魅せられる。

「…な?」

「はいはい。気を付けるよ」

 一通り終えるとにやりと笑い、再びトゥーラに木刀を戻した。文句を言いたくともオルヴァの言う通りだから反論も出来ない。

 オルヴァは打算なくトゥーラに笑いかけてくれる友人の一人だ。

 黒髪、眼鏡。トゥーラの容姿もそう悪い方ではない…だろうが印象にも残りづらい…。地味だなぁとはトゥーラも自覚しているが、オルヴァは宝物みたいにきらきらと輝いている。

 美しいストロベリーブロンドの髪は襟足当たりで雑に結んでいるだけなのにどうしてかだらしない印象はない。夜を固めたような藍色の瞳も綺麗だ。制服も着崩しているし聞く限り授業態度もよくないようだが、剣術の腕がすごい。彼と出会いも、トゥーラが剣技の補修がそもそもだ。

 ここに来るのもオルヴァに会う為なのも大きい。

「まぁトゥーラが座学で挫折するとは思えないし、となればあの女王サマが原因だろうけど」

「次期、な」

 つい今日の出来事を愚痴ってしまう。楽しい話題ではないのにオルヴァはちゃんと聞いてくれるからついトゥーラも口に出してしまう。

「危うく殴られそうになったよ…はぁ…」

「…殴られてはいないんだよな?」

「わっ」

 へらりとした笑みを消し、真剣に訪ねて検分してくる。

「だ、大丈夫! 仮にもあの方の婚約者で公爵位持ちだし、相手だって迂闊に不利は作らないさ」

「…それはそれで面倒だな」

 状況証拠があれば…特に暴力ともなれば教師も対応しなくてはならないが、基本生徒間でのやっかみには手を突っ込みたがらない。

 何せ面倒なお貴族揃いだからだ。

「はぁ…あの次期女王サマ、どうにかならないのかね」

 そのセリフもいつもトゥーラに浴びせられるものだ。

「…そうだな。…うん、ちゃんと彼女を制御できるようにならないとだな…」

 昔からずっと頑張ってきたが、彼女が思い通りになった事などない。むしろトラブルによる対応策の立て方ばかりがうまくなっていく。

 けれど、立太子の儀式までそう日はない。少しでも彼女の中の次期女王の印象を改めないといけない。

(…胃がキリキリするな…)

 成長するごと増すのは自覚ではなく悪知恵ばかり。彼女を唆す大人が多いのも原因だろうが。

「……お前のせいじゃないのに」

 ぼそりと呟いたオルヴァの声が聞きとれなくて、え。と聞き返す。

 オルヴァは真剣な表情のまま、トゥーラに向き直った。

「…トゥーラはそんなに王配になりたいのか?」

「え?」

「幼い頃から定められていたんだろうし…家にだってリターンは大きい。けどトゥーラがそんなにボロボロになって、犠牲になって、彼女が追うべき負債まで背負ってまでなる価値はあるの? 今でこんなんじゃ将来はもっとひどいぞ。…それとも彼女が好き、とか?」

「まさか!」

 全力で否定してしまい、いや…と慌ててごにょごにょと誤魔化す。

「そう。好意はないのか。…よかった」

「ん?」

「なんでもないよ。それより、好きじゃないならどうして? やっぱり家の為?」

 王配に内定した時、両親はとても喜んでくれた。王族と縁が出来れば更なる家の発展に結びつく。けれどメリジェンヌがあんな性格では両親もだんだんと表情を曇らせてきた。だが彼らの立場では王配の辞退などできないしトゥーラに進言もできないだろう。

 それでもいつでもトゥーラを気遣ってくれている。上の兄も、下の兄弟も。

「…正直、もうメリジェンヌ様からは離れたいし王配になんてなりたくないけど…」

 幼い頃は彼女からの言葉が怖かった。尖った感情が襲ってくるたびに痛くてたまらなかった。けれど、両親も兄弟もそんなトゥーラを慰めてくれた。

 視線を上げれば、オルヴァもまたトゥーラを心配してくれている。

 ちゃんとトゥーラの努力を知り、認めてくれる人がいるとわかるだけで心強いのだ。

「僕はこの国が好きなんだ。僕の力でもっとこの国を輝かせたいって思ってる。…だから…頑張るさ」

「…そうか」

 ふわりと笑い、オルヴァの手がこちらに伸びる。何をするんだろうと思ったら髪をゆっくり撫でられた。

 視線が嚙み合ったまま、オルヴァの藍色の瞳もトゥーラを見つめている。

(…実は僕の方が身長が高いんだよな…)

 幾度か髪を撫でて、少しズレた眼鏡を調整してオルヴァの手が離れて行った。

 彼はこうしてふいに触れてくる。最初こそ驚いたが段々と慣れてきた。その手が傷つけないとも知っているからかもしれない。

「この国の未来を語るトゥーラの目。きらきら輝いていて美しいね」

「…えぇ?」

 傷つけないけれど、こうして恥ずかしいセリフを言ってくる。

「そういうのはさぁ…僕よりかっこいいやつに言われても説得力全然ないよ」

「へへ…オレってかっこいい?」

「鏡見てくればいいだろ」

 女生徒にもきゃーきゃー騒がれているくせによく言う。

「いいね。トゥーラに褒めてもらえるとやる気が出るよ」

 ふは。と思わず笑ってしまう。

「何のやる気だよ」

「そりゃもちろん……トゥーラの剣の特訓さ」

「…うっ」

 痛いところを突かれて渋い顔をすると、またオルヴァが笑った。


  ■□■


 学園で行われる最大級のパーティは冬の聖誕祭だ。

 年末年始の国の行事は王族主体で行われる為、学園行事の出席が難しくなる貴族も多い。終われば今度は卒業関係があるので、学園生活を満喫し交友関係を深めるにはこのパーティは重要なイベントだ。

 基本、婚約関係を結んでいる生徒はペアで入場するものだが、トゥーラはパーティの毎にメリジェンヌにすっぽかされている。

 今回も迎えに行ったものの、やはり彼女には会えなかった。

 困り果て申し訳なさそうな侍女たちも大変だなぁなんて呑気に同情していたら、いきなり自分を呼ぶ声が聞こえた。

「トゥーーーーーーーーラ!」

「?!」

「トゥーラ・アクマリネ!!」

 よく通る声は聞き覚えがありすぎる。彼女の声をより響かせようと…いや煩いと難癖をつけられまいと歓談を楽しんでいた生徒たちが静まり返る。

「愚かなるトゥーラ! 早く! わたくしの前にいらっしゃい!」

「は…はぁ?」

 生徒たちの視線が一斉にトゥーラに注ぐ。待たせればまた低い沸点を沸かせる事になるので、トゥーラは慌ててメリジェンヌの元へと近付いた。

「そこまで! …それ以上近付く事は許可いたしません」

 階段を上る一歩手前で手に持つ扇子で制され、トゥーラは足を止めた。

 どっちだよ。とは、きっとトゥーラ以外の生徒も思った事だろう。

 メリジェンヌはトゥーラを見据え、生徒の視線がこちらに集まってるのを確認すると、満足そうに笑みを深めた。そしてすぅ、と大きく息を吸い込んだ。

「トゥーラ・アクマリネ。わたくしは貴方との婚約を破棄するわ! そして新たな婚約者をこのスクワーレ・カランテとします!」

 高らかに次期女王であるメリジェンヌ・ラ・エメラスカが宣言する。勝ち誇った表情は彼女の隣のカランテ子息…スクワーレも同じ事。

 パーティの最中、突然の出来事に歓談を楽しんでいた生徒はざわざわと騒がしい。

 当人であるトゥーラもどういう事かと踊り場にいる彼女を見上げていた。

「―――ッ」

 だがこうしてぼうっと突っ立っているばかりではいられない。一つ大きく息を吸い、ぐ。と飲み込んで口を開いた。

「…メリジェンヌ様。一体いきなり何を仰るのですか。我らの婚約は幼い頃から定まっていたもの。貴女の独断で覆せるものではありません」

「次期女王の私が言うのだからこれは決定事項よ。破棄。破棄ったら破棄」

「………」

 でた。彼女の口癖だ。

 動揺していた生徒も徐々にメリジェンヌの独断だと気付き、あちこちから呆れた声が漏れ出す。…が、次期女王である彼女にもの申せる人はいない。

(いやいや…むしろ誰も居てくれるなよ…!)

 今にも近付いてきそうな友人と目が合い何とか視線を送る。ここで彼らまで危険に晒せない。

 彼女の言う『次期女王』の重さはわかっている。いくら理不尽でも、事を起こしてしまえば大体は彼女の思い通りに進むのだ。

 大人もまた彼女を完全に抑え込めないから、弱い立場の側に溜飲を下げさせる。

 今この場をすぐに収められてしまう大人がいたら彼女は思うままに動けない。だから学園で騒動を起こしがちなのだ。

(…なるほどな)

 こんな事よりももっと国の為に頭を回してほしいものだ。

「次期女王でも、その権限を今の貴女は持ち得ません。破棄というならば相応の理由を現女王に進言し正当な場で当事者をまじえお話しください」

 とにかくトゥーラがすべきはこの場を治める事。日が経てば大人の耳に入り事態を治めてくれる。

 トゥーラの意見が気に入らないのか、メリジェンヌは母親譲りの金髪(ブロンド)の豊かな髪を後ろに流した。

「本当に可愛げのない男。泣いて縋るなら男妾にでもして執政に関わらせてあげようと思ったのに」

 随分上から目線だが、要するに自分の代わりに仕事をしろと言う事だろう。

 確かにトゥーラはこの国をよりよくと意気込んでいたが、それはメリジェンヌが与えるような地位ではない。

「貴方はスクワーレの容姿と度量と何よりわたくしの寵愛を受けて嫉妬したんでしょう? だから彼に嫌がらせをしたんだわ」

「…嫌がらせなどしていません」

「黙って。貴方の意見なんて求めていないの」

「ああそうさ。それにこちらには証拠もある」

 スクワーレが手に持つ紙を揺らした。おそらく捏造した調査報告と証拠だろう。メリジェンヌが勝ち誇った表情をやめないのを見ると、きっと彼女も捏造にかんでいる。

(王族がなんて事を…!)

 不正をするなんてと、一気に頭に血が上る。

 だがそれを証明する術をトゥーラは持たない。一つ一つ説明しても大半の生徒は信じてもメリジェンヌがその声の大きさと権力で黙らせるだろう。

 厄介なのか、そこにトゥーラは王配になるのをよく思わぬ派閥が出てくる事だ。

(いや、今回のも彼らが確実に関わっているな)

 スクワーレの家、カランテもアクマリネが属する派閥を敵視する一つだ。

「…とにかく。その証拠も検める権利がこちらにもあります。王配についてもこの場で決められる事ではありません。――メリジェンヌ様だってそれくらいおわかりでしょう?!」

 興奮で思わず語気を荒くなる。

 メリジェンヌは扇子を広げて口元を追おうと、変わらず冷めた目でトゥーラを見下ろしている。

「次期女王になんて態度かしら。ごたごた言わずに罪を認めて土下座すればよかったのに。…そんな反抗的な男の家なんてなくてもいいんじゃないかしら?」

 こちらの言葉を全く聞いていない。

「何を…ッ」

 そんなの出来る訳がないと言い切れない。

 仮にこの場を何とか切り抜けて女王にもの申せば事態は収まるだろう。だがメリジェンヌはいずれ女王となる。継承した後、メリジェンヌが命じればアクマリネを邪魔と思う他家がどんな汚い手を使っても叶えてしまうだろう。

「………ッ」

 この場を切り抜ければと思っていたのに。

 メリジェンヌに悪知恵を吹き込みやがってと悪態が心の内側で渦巻く。

「さぁ…どうするの?」

 プライドを、捨てれば。

 だが何もしていない罪を認めるのもまた汚名になる。

 どうすればいいのか。周囲からの視線がすべてトゥーラに注がれている気がする。

 いたい。あつい。

 どうすれば。頭が回らない。この沈黙だってそう持ちやしない。メリジェンヌが衛兵に命じればトゥーラなどすぐに追い出されてしまう。その兵だってメリジェンヌの有利になる配置になっているだろう。

「……く…」

 その場に膝を折る。衝撃で眼鏡がズレたが、視界はずっとぐらぐらとぶれたままだ。

 ふふふ。とメリジェンヌの笑う声が響いた。

 …と。

 ――バン!

 大きな音を立てて大扉が開いた。

「はぁ?」

 ちょうどいいところを邪魔されたメリジェンヌの不機嫌な声がした。

 トゥーラに注がれていた視線がそちらへと移動する。

「…え…」

 トゥーラもつられて振り返ると、思わぬ人物が立っていた。

「…やぁ。クソみたいにくっだらない事をしているな」

「オ、オルヴァ?!」

 礼服ではなく、学園の制服のままなのをみるともともとパーティには不参加だったんだろう。

「…なんで膝をついているんだ」

 口元には笑みを浮かべているが、明らかに怒気が滲んでいる。オルヴァはトゥーラに近付くとその手を取って立ち上がらせた。

 そしてズレた眼鏡を直し、髪をするりと撫でた。

「無実の罪を認めてはいけない。いくら状況が不利でもその高潔さを汚してはいけないんだ」

「…オルヴァ…ッ」

 触れる手が温かくて思わずくしゃりと顔を歪める。滲む涙を引っ込めて、逆に彼の手を取った。

「ダメだ、離れてくれ! きみまでメリジェンヌ様の…」

「あらもう遅いわ。一番いいところを邪魔してくれて…どういうつもりかしら」

 オルヴァの登場に、ファンと思われる女生徒たちの悲鳴じみた声があちこちから聞こえる。

「大丈夫。もう当事者になる覚悟をしてきたから」

 柔らかく笑むと、トゥーラを庇うように一歩前に出た。

「メリジェンヌ」

「様、をつけなさい。不敬罪で殺すわよ」

 圧のある声にまた女生徒の声が響くが、オルヴァはまるで気にしてはいない。

「実の兄に向けて随分だな」

「えっ?!」

 トゥーラの、そしてあたりからも同じような驚くが漏れる。さざめく声が辺りを占めるが、オルヴァとメリジェンヌはまるで気にしてはいない。

「兄であっても貴方はこの国の頂点にはなれない。たかが一年早く生まれてきただけで偉そうにしないでくださる? 王位継承権すら持てないくせに」

 鼻で笑い、嘲る。

 だがオルヴァは気にせずに両手を広げた。

「…そうだな。だがそれは、オレが兄だった場合だ」

「なんですって?」

「姉、であるならば。オレにも女王になる権利が生まれる」

 生徒たちの動揺が酷くなる。メリジェンヌの不敬など考えられないほどに二人の間で交わされる会話が衝撃的だ。

「え…あ…え??」

 メリジェンヌに兄弟がいるなんて、トゥーラも初耳だ。

 混乱のまま言葉すらまともに紡げなくなっていると、オルヴァが困ったようにこちらを振り返った。

「やぁいい反応だ! …なんて、茶化してる場合じゃないな。うん、黙っててごめんよ。オレは王族で…本当はカリヴェ=オルヴァ・ラ・エメラスカと言う」

「あに…いや、あね…え…ぇぇ?」

 ごめんよなんて言うくせに、混乱から立ち直れないトゥーラに可愛いねなんて言って笑う。

「――貴方がわたくしの兄であるのは認めるわ。ええ、別に居ても居なくてもいい存在だし、そもそも周りも貴方を求めていないから王宮でも暮らしていないんでしょう?」

「否定はしない。別に王宮なんてかたっ苦しいところなんてゴメンだし、ごたごたに関わらくていいからと思ってオレも不満はなかったさ。…けど『ごたごた』の真の原因が何かを知らないかっただろう?」

 オルヴァの視線にメリジェンヌが動揺する。

「……貴方が姉である、と言う戯言かしら」

「そう」

 するとメリジェンヌはまた嘲笑った。

「すぐバレる嘘をよく言えたものだわ! なら何故貴方に王位継承権はないのかしら?! …まぁ、男妾の子なのだから当然よね!」

(…うっ)

 治まりかけていたオルヴァの怒気がまた濃くなる。メリジェンヌは気付いていないのだろうか。

「……ちょっと。近付いて良いなんて許可してないわ」

 オルヴァは無言のまま大階段に近付き、メリジェンヌをひたと見つめたまま昇っていく。

「…とまれ。とまりなさい! わたくしの言葉が聞けないの?!」

 何も言わないオルヴァに恐怖があるのか、スクワーレを盾にする。

 オルヴァは二人の目前まで近付くとようやく足を止めた。

(何…? 服をなんか…してるのか?)

 こちらからでは背中しか見えないのでオルヴァが何をしているかがわからない。

 と、突然オルヴァが制服の上着をバッと広げた。

「キャアアアアアァァァァァァ!!」

「わっあああぁぁぁ?!」

 二人の悲鳴が聞こえ、スクワーレはその後顔を真っ赤にして鼻血を出して蹲った。

「おや初心だな」

 スクワーレを鼻で笑い、トゥーラの方へと戻ってくる。シャツのボタンを嵌めているのを見ると…

(む、胸を晒したのか?!)

 確かにシャツ越しにも胸部が膨らんでいるのがわかる。いつもペタンコだったから潰していたのだろう。

「あまり見ないでよ。さすがに恥ずかしいな」

 その存在を周りにも示すようにシャツのボタンを二つ外しているから谷間が見えている。わざとやってるくせにと普段なら突っ込んだが今は言えない。

「ご、ごめ…いや、申し訳ありません! オル、いえ、カリヴェ様…」

 慌てて言い直すも、オルヴァはふわりと微笑んだ。

「どうかオルヴァと。きみにはそう呼ばれたい」

「は…はひ…」

 バックに薔薇でも背負ってそうな笑みに、たった二文字の返事すら噛んでしまった。

 オルヴァはにっこりと笑うと、ふたたびメリジェンヌに向き合った。

 まともに生で見たのだからメリジェンヌもスクワーレもオルヴァが女性だと認めざるを得ないだろう。

「さて。これでオレが兄ではなく姉であるとメリジェンヌにもわかってもらえたよな。では話しの続きと行こう」

「は、話しなんてこちらにはないわ! わたくしが女王になるのは、生まれた時から決まっている事よ!」

「それはきみが聡明な女王になれるのが前提。そしてオレがその地位を欲しなかった場合だ」

 ぐ。とメリジェンヌが言葉に詰まる。

「どうしてオレが男の格好をしてるか。さっきも言ったが面倒だからだ。本当に。権力争いなんて…もう嫌で仕方ない」

 はぁ。とオルヴァが溜め息をつく。

「現女王の王配…つまりメリジェンヌの父親はとにかく自分と女王の子を次期女王にとあれこれ手を回していた。けれど女王の…母上の胎に先に宿ったのはオレの父との子…つまりオレだった。…そのあたりの鑑定は随分この国では進んでいるからね」

 ひょいと肩をすくめる。

「生まれた子は女の子。だがそれがバレればメリジェンヌの父親が何をするかわからない。ただでさえ先にオレが宿って精神が不安定になっていたと聞くしな。…ひとまずこの事は父上と母上、それから乳母だけが知る秘密となった。すぐにまた母上の胎にはメリジェンヌが宿った。だから父上はオレを男として育て、継承権をなかった事にすると母上と約束した。…父上は母上を愛していたけど争いごとが本当に苦手な人だったから。王宮でのあれこれについては、まぁ割愛で」

 それなら大公位の筈だが、オルヴァの家は中堅位だったと記憶している。割愛にはそのあたりの質量が含まれているのだろう。

「…ならば男のまま過ごしていればいいじゃない。女王には、わたくしが、なるわ」

 ずっと約束されていた地位を脅かされ、メリジェンヌは敵意を剥き出しに宣言する。

 だがやはりオルヴァには通用しない。

 メリジェンヌが見せるように、オルヴァが嘲笑う視線をメリジェンヌに送る。

「母上に言われてたんじゃないのか? そろそろ、いい加減に、しろ。…とね」

「……ッ」

 メリジェンヌの目が見開かれる。

「はったりだと思ったか? まぁそう思うよな、どうあれ女王の地位を脅かす存在がいなかったんだから。母上はオレの父上との約束を守る為、なんとかお前を更生できないかと努力していたんだ。お前に甘かったのもあるが、オレが性別を明かす決意をしたから彼女も腹を括ったんだ」

 じりじりとメリジェンヌが追い詰められていく。

「オレは父上ほど無欲ではない。それでもこの地位に甘んじていたのは願いゆえ。面倒だったし。…そして抑止となった父上はもういない」

「そんなに…そんなに女王の座を渇望してたのなら…何故今更…これは離反よ!」

「渇望なんてしていないさ。面倒だって何度も言ってるだろ。お前が良い女王になるのなら何とも思わないし、むしろ支える立場にもなろうと思っていた。…だが唯一の後継者がこれじゃあな」

 そう言ってまた馬鹿にしたように笑う。

「それに、女王になり守りたいものも見つけた」

「えっ? え、え?!」

 そう言ってトゥーラを見つめる。話しの事態にもようやくついて行けてる状態でいきなり話しを振られて挙動不審になる。

「…え…あ―――…」

 まっすぐな視線に頬が赤くなるのがわかった。

 その様子に満足したようににっこりと笑い、再びメリジェンヌを見据える。まるで視線に突き飛ばされたかのように、メリジェンヌがよろけた。

「離反、と言ったな。トゥーラの悪さがその紙っぺらに書いてあると言っていたが、お前たちが持っているものだけだと思うか? お前は王族なのに、その言動を見られていないとでも? 報告されていないとでも?」

 情けない声はスクワーレから上がった。メリジェンヌがこちらにいるからと驕っていた優位が覆されているのを感じているのだろう。

「オレは継承権を放棄した訳じゃあない。女王がオレの性別を明かす事を選んだのが証拠だ。このままこの国が愚かで駄目になるのを見て行くほど心が錆びている訳でもない。…だから」

 声のトーンが低くなる。なのに、声色はどこか楽しそうだ。

「面倒だが、いいだろう。争ってやろうじゃないか。次期女王の地位を!」

「…ひっ」

 メリジェンヌが恐怖でついに声を漏らした。

「おっわ?!」

 オルヴァはニヤリと笑ってトゥーラを抱き寄せる。

 とても女性とは思えぬ力強さだ。

(そう言えば内緒で会ってる時も剣技がすごかったな…)

「そしてその時! 王配にはトゥーラをいただこう!」

 今日イチのざわめきが会場に巻き起こった。

 胆力と決断力。

 笑う横顔が眩しくて、そしてこれからが読めなくて。

 トゥーラは気を失いたくなるのを堪えて目を細めた。

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