親友とお堅い義妹のお陰で、自分本位な婚約者と別れる決心がつきました。
アレンシア・レクリトス公爵令嬢は、緊張していた。
アレンシアが生まれてすぐに母が亡くなり、長年独り身を貫いて来た父が平民の後妻になる女性とその娘を公爵家に入れるという。
真面目な父がいつのまに、平民の女と知り合ったのか…
王都で暮らしていたアレンシアと、領地で暮らしていた父、ルディオス。
いかつい顔をした父はとてもじゃないが、女性にモテるタイプではない。
アレンシアは、まだ16歳。
妹のカタリナは15歳だという。
「これはもしかして、盗る妹?意地悪をしてくる継母?」
最近、王立学園で噂になっているのが、第二王子アレクトスの婚約者である公爵令嬢ミレーユの苦労話である。
ミレーユと、アレンシアは仲が良く、よくミレーユは継母と義妹に意地悪されていると言っていた。
ミレーユは継母や義妹から意地悪をされ、物を隠されたり、盗られたりしているとのこと。
アレンシアも父から後妻と連れ子の話を手紙で聞いて、緊張した。
勿論、平民ごときに負けるアレンシアではない。
生まれながらの公爵令嬢。高貴な貴族令嬢としての教育も受けてきて、女性として自信があった。
どんな女が来ようとも、毅然とした態度で、接しようと決意する。
そして、日にちが過ぎて、新しい母であるメルリーナと娘のカタリナが王都のレクリトス公爵家にやって来た。
カタリナは姉と同じ王立学園で学びたいという。
メルリーナはカタリナと共に挨拶に見えるというのだ。
父は領地での仕事が忙しくて、来られないとのこと。
自分一人で相手をしろというのか。
公爵令嬢なのだから、継母や義妹の一人や二人、あしらえないようなら、令嬢として失格だわ。
と、奮い立たせて。
やって来た継母と義妹を見て驚いた。
メルリーナは派手な女性だった。茶色の髪に真っ赤なドレスを着て、濃い化粧をしていかにも品のない姿で。
一方、凄く地味な緑のワンピースを着て、黒髪に黒い丸眼鏡をかけ、まるでいるかいないかのような、義妹らしい少女カタリナ。
地味で地味で、壁があるなら溶け込んでしまいそうな地味具合で。
アレンシアは、まず、メルリーナに挨拶をする。
「あ、あの…貴方がわたくしの母になるお方ですの?」
メルリーナは、にこやかに、
「メルリーナと申しますっ。ルディオス様とは酒場で知り合って。よろしくお願いしますね。うふふ。」
「こちらこそ、よろしくお願い致しますわ。」
酒場で知り合った?お父様の知られざる一面を見た気がするわ。
ちらりと、義妹になるカタリナを見て、
「貴方がカタリナ?」
「カタリナでございます。王立学園において、勉学に励みたく。この度、王都に住むことになりました。よろしくお願い申し上げます。王立学園で勉強することは、いかに、効率よく作物が採れるようになるのか、農業学を勉強したいと思います。畑に混ぜ込む肥料はどのようなものがよいか。気候によって、植える作物も違ってくるのでしょう。もちろん、我が、レクリトス公爵家は寒冷地です。寒冷地にふさわしい作物を学び、よりよい作物が採れるようにレクリトス公爵家の為に役立つ所存でございます。余裕があれば、商業学も学びたいと。商業学で、どのような産業が今、熱いか…この燃え上がる魂を燃やせる産業がどこにあるのか。しっかりと学びたいと思います。」
眩暈がした…
なんか違う…何かが違う…
メルリーナは、アレンシアに向かって、
「もう、娘ったら、亡き夫に似て、真四角に育ってしまって。その点安心して。
私はもう、ふわっふわのパンケーキのような女ですから。」
カタリナは眉を顰めて、
「お母様は、もっと礼儀を覚えた方がよいと思います。恥をかくのはお母様なのです。お母様は公爵夫人になったのですから、レクリトス公爵家に恥じないように生きなくてはいけません。」
「お堅い事を言うんじゃないの。あ、私はこの屋敷で一番いいお部屋を用意して頂戴。だって公爵夫人なのですから。」
「私は蜘蛛の巣が張った狭い屋根裏部屋があれば十分です。灯りの一つがあれば、勉学に励めますし…」
いやいやいや…二人とも両極端すぎるでしょう?本当に親子?親子なの?
さすがにアレンシアは慌てたように、
「勿論、お義母様だけでなく、カタリナにもちゃんとした部屋は用意致しますわ。公爵夫人とその娘にふさわしい部屋を。ですから、ご安心を。お義母様。カタリナ。今日の所は、客室へお泊りになって。」
メルリーナはにこやかに、
「当然よ。当然。さぁお部屋に案内して頂戴。カタリナ。行くわよ。」
メイドにメルリーナとカタリナをとりあえず、客室へ案内させる。
なんかどっと疲れた。
メルリーナは、公爵夫人として、それはもう、傲慢にふるまった。
「私はアレンシアのお母様になったのですから、ちゃんという事を聞かないといけませんわ。オホホホホホ。」
真っ赤なドレスを着て、扇を手に持ち、赤い宝石の指輪を買ってすべての指にはめて、オホホホと笑って、喜んでいる。
商人を呼んで、色々なデザインの真っ赤なドレスを買って、オホホホと喜んでいる。
困った継母ね……金遣いが荒いし…
それに、なんで持ち物全て真っ赤なのかしら。
使用人達も顎で使って、それはもう評判が悪かった。
ともかく、領地の父に手紙を書くことにした。
この調子で金を使われたら、いかにお金持ちの公爵家といえども、困ったことになりかねない。
一方、義妹のカタリナはそれはもう、学ぶことしか興味を持たない娘だった。
王立図書館で本を借りてきて、熱心に読みふける。
王立学園でも、一つ下の学年なのだが、カタリナを見かけると、いつも本を持ち歩き、暇さえあれば勉強に励んでいるようだった。
それに比べて自分は…
「君の義妹はとても地味だねぇ。平民なんだって?まぁ平民だって優秀ならこの学園に通えるけど…」
婚約者のレオナルド・アリティス公爵令息が話しかけてきた。
アレンシアはレオナルドに向かって、
「カタリナは我が公爵家の養女になっておりますわ。だから貴族です。」
「でも平民だろう。ああ、やだやだ。あんな下賤な者と一緒に住んでいるなんて、君も大変だね。」
「妹は下賤ではありませんわ。勉強熱心で…わたくしも見習いたいと思いますの。」
「平民を見習っちゃいけない。私たちは貴族なのだから。ね。」
レオナルドの事は好きだ。見目も麗しく仕草も上品で女性のエスコートは一流である。
幼い頃からの婚約者で、いずれ、レクリトス公爵家に婿に入ることが決まっている。
レオナルドはアレンシアに、
「私が君の所へ婿に入るときはあの娘には出て行って貰おう。ああ、君の義母も平民なんだろう?私が公爵になったら、あの人にも出て行って貰う。レクトリス公爵家に平民はふさわしくない。」
「それを決めるのはお父様ですわ。」
「君は私の妻になるのだろう?妻は夫の言うことを黙って聞くものだよ。」
「ごめんなさい。」
レオナルドは紳士的で、アレンシアをとても大事にしてくれる。
でも、何でも物事は自分で決めたがる癖があって…
デートをするのにも、一応、アレンシアの意見は聞いてくれる。でも、結局はレオナルドが考えたデートにアレンシアが付き合う羽目になるのだ。
この間もそうだ。
王宮の外庭は一般公開されている。薔薇が美しい季節だから見たいと言ったのに、レオナルドは王都公園で舟遊びをしたいと言い出して、舟遊びに付き合って結局、薔薇を見に行くことは出来なかった。
アレンシアが文句を言ったりしたら、レオナルドは、
「妻となる女性は夫に従うものだよ。そうだろう?」
そう言って言いくるめられてしまう。
別に新しい今の家族に特別の感情はない。
ただ、継母には無駄使いが多くて困ったもので…
義妹は勉強熱心で、見習いたいとは思ってはいるけれども…
どこかよそよそしくて、全くの他人で、好きとか嫌いとかそんな感情も抜け落ちている感じで。
父は父で領地へ行ったきり、こちらへ顔を出すことはない。
親友のミレーユ・フォルスタン公爵令嬢だけが、唯一の友達で。
彼女にだけ愚痴を言えた。
ミレーユと学園のカフェで紅茶を飲みながら話をする。
彼女は第二王子殿下の婚約者のそれはもう美しき女性だ。
アレンシアも銀の髪の青い瞳の令嬢で、ミレーユも金の髪でエメラルド色の瞳の令嬢で、二人が揃えば王立学園の光と月の女神と言われる程の双璧の美しさである。
アレンシアがため息をつきながら、
「わたくしの心を許せるのは貴方だけよ。ミレーユ。レオナルドは妻は夫の言うことを聞いていればいいって…結婚なんてまだしていないのに。新しい家族は家族でよそよそしいし、父はまったく領地から帰ってこないし。わたくし、寂しいわ。」
ミレーユは慰めるように、
「わたくしも同じよ。ただ、第二王子殿下アレクトス様は、それはもう、わたくしの我儘も聞いて下さる素敵な方だわ。それは貴方より恵まれているわね。」
「羨ましいわ。あ、そのクッキー、美味しそうね。」
「貴方のクッキーも美味しそうだわ。半分こしましょうか。」
だなんて話していると、背中に視線を感じた。
義妹のカタリナが本を片手にこちらをじっと見ている。
ミレーユがアレンシアに、
「あの子が貴方の真面目な義妹のカタリナね。うちの義妹とは大違い。うちの義妹は勉強嫌いでオシャレばかりして、わたくしなんて馬鹿にされているのよ。」
そして、ミレーユはカタリナに手招きして、
「こちらで一緒にお茶でも飲みましょう。」
カタリナは慌てたように、
「とんでもない。私のようなものがご一緒なんて出来ません。」
「いいのよ。さあ、いらっしゃい。」
カタリナをミレーユが強引に誘って、アレンシアはカタリナがおずおずと席につくのを見て、気になっていたことを聞いてみる。
「そういえば、カタリナはお友達は出来たの?」
「私は本を読むことしか能がなくて、ここでは勉学に励まないとなりませんし。私などは平民として馬鹿にされております。」
ミレーユがクッキーをカタリナに勧めながら、
「それはそうだわ。平民は少ないから…」
カタリナは目の前に置かれた紅茶を見つめ嬉しそうに、
「私は、このカフェを使用したかったのですが、私だけでは貴族の方々が平民がカフェを利用するのではないと注意してきて、こうしてカフェを利用出来て嬉しいです。」
アレンシアはカタリナに、
「わたくしとミレーユはよく放課後にこうしてカフェでお茶をしているわ。貴方も一緒にどう?カタリナ。」
「いいのですか?お義姉様。」
「かまわなくてよ。一緒にお茶しましょう。」
カタリナがそれはもう、本当に嬉しそうに微笑んだ。
この子の笑った顔、初めてみたような気がするわ。
それから、放課後はミレーユとカタリナと一緒に、カフェでよくお茶をするようになった。
婚約者のレオナルドとのデートはお休みの日で、普段は別行動なので問題はない。
ミレーユとカタリナとするおしゃべりが、とても楽しくて。
問題の継母メルリーナの方は、父であるルディウスの命により、無理やり領地へ送られていった。
「私は王都で贅沢をするのよーーー。」
暴れていたメルリーナは屈強な男達に馬車に押し込められて…
さすがの父もアレンシアの手紙に思うところがあったのだろう。
そんな日々が過ぎる中、
とある日、カフェでいつものごとくお茶をしていると、レオナルドが怒鳴り込んで来た。
「最近の君は口答えが多くなってきたが、こいつらが原因か?」
そう、ミレーユとカタリナと話をしていてこう言われたのだ。
「女性だからって、男性の言うことを聞くのは間違っているわ。わたくしはそう思っているのよ。」
「私もミレーユ様と同様に思います。確かに男性は力に於いて、女性より上回っております。しかし、女性でなければできない事だってあるはず。女性も男性と同等であるべきだと私も思います。」
確かに二人の言う通りだ。今まで、レオナルドの言う事を聞いてきた。
でも、何故、未来の夫だからって言うことを聞かねばならない。自分だって一個の人間だと。
自分の望みをかなえてもよいのではないかと。
だから、デートの時にレオナルドに自分がしたいことを言ってみた。
それでもレオナルドは、レオナルドがしたいことを押し通そうとする。
この間のデートの時はそれで喧嘩になり、怒ったレオナルドがアレンシアを放っておいて帰ってしまったのだ。
怒るレオナルドにアレンシアはきっぱりと、
「わたくしだって一人の人間です。やりたいことだってあるのですわ。」
「それでも、男の方が偉いのだから、まして私は君の未来の夫だ。夫に尽くすのが妻たるゆえんだろう?」
カタリナが立ち上がって、
「それは間違っていると思います。男性には男性の役割が、女性には女性の役割が。それぞれこの世界で役に立っていて、どちらが偉いとかそういうのはないはずです。だから、レオナルド様はお義姉様の意見も聞き入れる事は当然だと思います。勿論、お義姉様もレオナルド様の意見を聞き、互いに話し合って生きていくのが、夫婦の在り方ではないでしょうか。」
「うるさい。平民ごときが口出しするな。」
ミレーユが立ち上がって、
「それではお聞き致しますわ。貴方とアレンシア、どちらが優秀ですの?学園の成績は確か、アレンシアが20位。貴方は確か…下の方でしたわね。これで、レクリトス公爵家の婿として大丈夫なのかしら。」
「私は名門アリティス公爵家の息子だ。その血筋だけでも価値がある人間だ。そこのゴミみたいな平民とは違う。レクトリス公爵家にふさわしい男だ。」
アレンシアはきっぱりと、
「わたくしは貴方の奴隷ではありませんわ。婚約を解消致しましょう。お父様に話して許可を貰いますわ。」
「なんだと?婚約解消だと?生意気な。」
レオナルドが拳を振り上げた。
その手首を握って止めてくれた人物がいる。
この王国の第二王子、ミレーユの婚約者アレクトスだ。
アレクトス第二王子は、
「女性に暴力はいけないよ。」
「第二王子殿下っ…しかし、この女が勝手に。」
「話は聞こえていた。女性だからって馬鹿にしてはいけない。平民だからって見下してはいけない。身分制度は守らなければいけないけれどもね。」
アレクトス第二王子は愛し気にミレーユの傍に行って、
「私はミレーユの意見を尊重し、共に話し合って全てを決めているよ。夫婦になるんだから、隠し事なんてあってはならない。私はミレーユならすべてをさらけだしてもいいと思っている。」
「まぁ、アレクトス殿下…」
アレンシアはきっぱりと、
「第二王子殿下も後押しして下さっております。ですから、レオナルド様。婚約を解消したいと思います。よろしいですね。」
父に異論はないだろう。ただ名門公爵家の息子だから婿に迎えよう。
そのような話で決まった婚約だ。
でも、こんな婿なんていらない。
わたくしは自分を尊重してくれる相手がいいわ。
学園からの帰りの馬車で、カタリナが慰めてくれた。
「お義姉様。お義姉様程、優秀で美しかったら、引く手数多ですわ。」
「ありがとう。カタリナ。でも、そうね…わたくしは貴方の婚約者を探してあげないとならないわ。」
「私は平民です。いかに公爵家の養女となったとはいえ、それは変わらない。私は勉学に一生費やしたいと思います。」
「そうね…それもいいかもしれないわね…」
レオナルドが相当、ゴネたようで。
両家の当主が話し合いで、婚約解消が成り立ったその後も、レクトリス公爵家に突進してきて、門の前で叫ぶ。
「アレンシアを出してくれ。私が悪かったっ。」
ミレーユが学園中に広めておいたらしい。
レオナルドがいかに自分勝手な男だという事を。
その悪評のせいで、レオナルドは女性達から毛嫌いされた。
門の前で屈強な護衛達に頼んで、門前払いしてもらう。
彼が欲しいのはアレンシアではなく、ただ、レクトリス公爵家の婿という、先々、レクトリス公爵になる地位である。
アレンシア自体を求めている訳ではないのだ。
それをよく解っているから…
アレンシアはきっぱりと諦めることが出来た。
どこの令嬢からも相手にされなくなったレオナルド。
しつこくレクトリス公爵家の門の前に来て、学園でもアレンシアに接触しようとしてきたが、アレンシアは学園でも、護衛を特別につけてもらい、徹底的に彼を避けて、そのうち彼は学園にもどこにも姿を見せなくなっていた。
根性を鍛えなおすとかで、辺境にある騎士団へ行かされたとの事。
そこで彼は騎士道精神を教え込まれ、女性とは何か…女性の気持ちになってみてはいかがだろうかと…ムキムキの先輩騎士団員に、いろいろと怪しげなことを教え込まれることになろう。
アレンシアとカタリナはその後、結婚しなかった。
アレンシアは特に誰とも結婚したいと思えなかった。
素敵な人に出会えなかったし、沢山来た釣書を見ても気乗りせず結婚したいとも思えなくなっていた。
女性の人権を守る会を立ち上げて、第二王子と結婚したミレーユを会長にし、夫の暴力や暴言に悩まされる、弱き女性達を守る為に奮闘した。
アレンシアは女公爵となり、カタリナと共に領地経営に力を入れて、レクトリス公爵家はさらに発展した。
三人は女性達を守る為に働き続け、アレンシアとカタリナは一方で、生涯勉強と色々と学び続けたと言う。