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商業化作品(予定も含む)と関連作品

【コミカライズ】無責任だと言われても身軽なうちに逃げ出します!

「スターシャ、お前との婚約を破棄する!」

 卒業式が終わり、パーティー会場へと移ろうかという時、婚約者であるソギア王子は高らかに宣言した。


 三年間の学園生活を終え、次のステージに進む区切りとなる日に、なぜそんな辛気臭い話をしなければならないのか。


 身内だけ集まった場ならいざ知らず、学園の講堂には多くの生徒や保護者達が残っている。


 ため息を吐きたい気持ちをぐっと堪え、代わりの言葉を投げかける。


「理由をお聞かせ願えますか?」


 今ならまだ間に合いますよ。周りをよく見てください、との意味を込めて。


 けれど王子には私の意図は全く通じなかったらしい。

 フンっと鼻で笑ってから「物分かりの悪いお前に教えてやろう」と偉そうに胸を張る。


「はぁ……」

「一つの属性しか使えない無能が第一王子であるこの俺と結婚しようというのがそもそもおかしな話で、加えてお前の父親は他国の生まれじゃないか。それにひきかえ、彼女は俺と同じく複属性の持ち主で家柄もいい。スターシャのように幼い頃から労働に身をやつすような卑しい身分ではないから経験こそ浅いが、お前にも出来たことが彼女に出来ないはずがない」

「そう、ですか……」


 婚約破棄から流れるように単属性魔法使い・同盟国・労働者への差別。


 半ば強制的に婚約を結ばされて以降、馬鹿だ馬鹿だと思ってはいたが、まさかここまで馬鹿だとは思わなかった。


 国王陛下の許可を得ているのか定かではない婚約破棄を公の場で言い出しただけならまだいい。醜聞であることには変わりないが、後でどうとでも言い訳ができる。


 だがその後の差別発言はダメだ。フォローのしようがない。



 王子の失言その一、単属性魔法使いへの差別。

 少し前まではどこの国でも複属性を尊ぶ傾向があったとはいえ、それはもう過去の話。


 五十年ほど前に『単属性と複属性は属性の純度にこそ差はあれど能力そのものには差がない』と正式に発表されたことで、単属性差別をなくそうという動きが広まった。


 未だ複属性が偉いという考えが根強く残ってはいるとはいえ、三十年前に大陸魔法連合で『魔法使い平等協定』が結ばれたので、口に出すと大変まずいことになる。


 それも一般人ならともかく、王子は国のトップの家柄である。彼の言葉は国全体の主張と捉えられかねない。


 加えて、三大名家の一つ、フランディール公爵家当主が溺愛している愛娘が単属性魔法使いなのだ。


 私が同じ単属性魔法使いだと知り、『同期としていつでも力になりますから!』と在学中はなにかと優しくしてくださった。


 そう、彼女は私達と同期。

 つまり令嬢ご本人も公爵もこの会場内で王子の婚約破棄宣言を耳にしていることになる。

 姿は見えないが、公爵が娘を馬鹿にする言葉を聞き漏らすはずがない。



 王子の失言その二、同盟国出身者に対する差別。


 私が幼い頃にこの世を去った父は水の国の出身である。その水の国と我が国は現在同盟関係にあり、王子の卒業式に合わせてかの国からは来賓の方がいらっしゃっている。


 国名を伏せれば問題ないとでも思ったのだろうが、来賓の方と私は何度か面識がある。その際に父のことをお話ししたのだ。父の形見のネックレスには水の国の細工が施されているらしく、ぜひ遊びに来てくれとの言葉も頂いた。


 砂漠の国の水属性魔法使い代表兼王子の婚約者として会っているので、おそらく相手もよく覚えていることだろう。


 壇上では拳を固めてワナワナと震えている。


 その一よりもやらかしが大きい。

 だがその次に比べれば国外問題なだけマシといえよう。



 王子のやらかしその三、労働者への差別及び神殿を貶める行為。

 これが一番まずい。


 労働者がいなければ国が成り立たないというのはもちろん、彼が『幼い頃から労働に身をやつす』と蔑んでいた行為は神殿の仕事である。


 神殿はこの国の要だ。貴族院と並ぶ力を持っている。


 神殿の主な働きは二つ、医療行為と水の補充にある。


 この国が砂漠の国と呼ばれるようになったのは、火と光の守護が強いから。

 砂漠の国の王族の多くが火と光の複属性を持っている。火と光はどちらも純度が高ければ高いほどカリスマ性が高いと言われる属性で、その二つを掛け合わせた人物が仕切るこの国では産業の発展が著しい。


 大陸でも三本の指に入るほど国有資産が多いとされている。


 ただしその影響から水と緑の力が弱く、植物はほとんど実らず、井戸は掘ってもすぐ枯れてしまう。オアシスなんて見つかれば即保護地区認定されるほど。


 そんな国で水資源を確保しているのは水の魔法使いを多く抱える神殿である。


 国中を回って井戸やオアシスに水を補充して現在ある資源を枯渇させないようにしつつ、各地に水を配り、必要ならば水の魔法を詰め込んだ水魔石と呼ばれるアイテムの配布も行っている。


 王宮内で使用する水を作り出しているのも、もちろん神殿職員だ。



 神殿に喧嘩を売れば水が止まる。

 止まるところまでは行かずとも、出し渋るようにはなる。



 少し考えれば分かることだと思うのだが、残念ながらソギア王子とその隣の女性はそこまで頭が回っていないようだ。


 近々、各方面からの抗議が入るだろう。

 私も被害者なのだが、渦中の人物扱いされているので周りの視線が痛い。ソギア王子にもビンビンと当てられているはずなのだが、まるで気づく様子はない。


 それどころか胸元から用紙を取り出して私に突き出した。


「婚約破棄のための契約書なら作ってある。あとはお前がサインするだけだ」


 ただの契約書ではない。

 魔法用紙を使用したものだ。この用紙を使用して契約がなされた場合、双方が死亡した後も契約は継続される。


 こんなものを用意するとはよほどの覚悟に違いない。そんな覚悟があるなら言葉にも気を使って欲しかったとは思うが、すでにいろいろと問題発言をした後なので文句を言ったところでどうにもならない。


 自分に不利な文面がないか確認したら、すぐさまこの場を離脱しよう。


 幸いにも私には家族がおらず、我が身以外に守るべきものがない。

 幼い頃に両親がこの世を去って以降、ずっと神殿で働いていた。が、それも卒業式後にソギア王子との結婚準備を本格的に進めることを理由に三日前に辞めている。


 ここに婚約破棄まで加えれば国で一番身軽な女の出来上がりである。


 ちなみに明日には城に移り住む予定だったので荷造りは済んでいる。といっても荷物は少ないので一番小さなマジックバッグに全て収まってしまったが。



 逃げるなら今しかない。



 最後の行にある『契約完了後、互いにこれについての話し合いをすることを禁ず』まで読み終えてから、サラサラとペンを走らせる。


 あいにくとナイフの手持ちはなかったが、隣からスッと小型ナイフが差し出される。


 誰かと思えばフランディール公爵である。表情が完全に無。腹の中の怒りがいつ爆発するのか、恐ろしくてたまらない。



「ありがとうございます」

 サクっと親指の腹を切って、血印を押してからナイフの血を拭う。公爵にナイフを返却すると、魔法用紙からはポゥッと淡い光が浮き上がり、紙が二枚に分かれる。


 今回は二枚だが、契約を取り行った人数分分かれる仕組みになっている。

 これが契約完了の合図だ。


「終わったのなら早くよこせ」

 王子に契約書の一枚を渡し、ソギア王子とは他人になった。

 どんな失言を重ねようが、もう私には関係がない。



「それでは失礼いたします」

 スカートをちょこんと摘んで礼をして、スタスタと神殿へと向かう。


 早い帰りに驚く神殿職員たちに適当な笑みを向けて、部屋のバッグを回収した。


 本当はちゃんとした別れを告げたいが、変に詮索されると面倒だ。時間がかかれば神官長の耳にもこの話が入ってしまう。


 矢面に立たされるのは間違いなく私だ。

 先代には世話になったが、今の神官長との関わりは薄い。


 正直、巻き込まれたくない。

 バッグを持っていく姿を見られると面倒なので、窓から木に飛び移り、神殿を後にする。


 まるで夜逃げだな〜なんて思いながら、人目を避けるように王都を離脱した。


 さすがに門番までは避けられなかったが、この国は入国こそ手間取るが出国審査はない。頭からフードを被ってしまえばすんなりと通過できた。




「さてこれからどうしよう……。もっと穏便に破棄してくれれば水の国とかに行けたんだけど、同盟は破棄されるだろうし、他の同盟国もこの一件で見方を変えてきそうではあるんだよな〜」


 現在、砂漠の国と同盟を結んでいる国は四つあり、そのいずれにも足を運んだことがある。


 うち二国、水の国と緑の国の人達は水の魔法使いを自らに近しい存在として受け入れてくれた。


 ただしこの二国はどちらも長が単属性。

 王子の失言シリーズに怒り心頭である可能性が高い。


 かといって夜の国は閉鎖的で、他国の人間が長期滞在するのには向かない。

 それに砂漠の国のように水に困っていないので水の魔法使いの需要がほぼない。求められるとすれば濃くなりすぎた闇の力を調整する光の魔法使いだ。


 残るは砂漠の国と体質がよく似た火山の国だが、ここの王子とソギア王子はどうも馬が合わないらしく顔を合わせるたびに喧嘩をしていた。


 直接何かされたわけではないが、どうも喧嘩っ早いイメージが強い。


 側近の人曰く、男気溢れる兄貴肌で、民達が困ったら真っ先に先陣を行くタイプらしい。


 それを信じるならば、民を盛大に侮辱したソギア王子とは正反対の性格ということになる。


 同盟国以外に行くというのも手だが、すぐに入れる国は治安は悪い。手持ちも多くない私にとって宿賃が圧迫するという事態は避けたい。


「火山の国に行こう!」

 私は火山の国の民ではない。

 だが彼が守りたいと願う民達の力になることはできる。火山の国もまた、火の加護を強く受ける土地であり、水の魔法使いは重宝されるのだ。



 そこを全力でアピールして、移住権を獲得しよう!



 善は急げと馬車を乗り継ぐこと三日。

 風の民達によって広められたソギア王子のやらかしの噂をちょくちょく耳に挟みながら、ようやく火山の国に到着した。


「すみません。入国したいのですがどちらに行けばいいのでしょうか」

 いつもはソギア王子の付き人が入国処理を行ってくれていた。他国への入国方法の知識はあっても、実際に手続きをするのは初めて。


 門番さんに話しかければ、あ〜はいはいと慣れた様子で対応してくれた。


「推薦書とか身分証明書はある?」

「いいえ」

「なら右の入り口に入って書類記入後、審査待ちしてもらうことになるけど大丈夫?」

「はい、ありがとうございます」

 机の上に置かれた書類に記入していけば、一つ面白い欄を発見した。


『入国目的』である。

 短期間の滞在なら適当に観光と書いて審査でそれらしいことを話せば入れてもらえるかもしれない。


 だが私はここに自分の力を売り込みに来たのだ。さっさと出されてしまっては他の滞在地を探す羽目になる。


『入国目的:職探し』

 素直にそう記して、順番を待つことにした。



「ん〜、この国は力仕事が多いから、力自慢ってわけじゃないなら諦めた方がいいと思うよ」


 入国審査員さんの反応はあまりよろしくない。

 とはいえ他国からの労働者に好意的な国というのはさほど多くはない。仕方ないことだが、ここで引き下がるわけにもいかない。


「水の魔法が使えるので、魔法関係でのお仕事はありませんか?」

 需要ありますよね⁉︎ とばかりに『水の魔法』を強調してみせる。すると審査員さんは困ったように頭を掻いた。


「ああ、水の魔法使いを探してるって噂を聞いてきたのか。なら残念だけど、少し前に水の国から派遣してもらうことに決まったから難しいんじゃないかな」

「そこをなんとか! お話だけでも聞いていただくことは出来ませんか?」

「聞くだけなら出来なくもないけど、無理にここで決めなくても水の魔法使いなら水の国に行けばいいじゃないか。あそこなら仕事はあると思うよ?」

「最近知り合いが水の国の方とトラブルを起こしまして、100%知り合いが悪いんですけど、その場に居合わせた手前、なんとなく行きづらいといいますか……」

「ふ〜ん、知り合い、ね」


 審査員さんの言うことは尤もだし、疑いたくなる気持ちもわかる。

 だが揉め事を起こしたのはあくまで知り合い、ソギア王子である。


 私自身が揉めたわけではないのだと「時代遅れも甚だしい、馬鹿なこと言い出して、私も困ってるくらいで」と言葉を続ける。


 言えば言うほど怪しさが増していく一方で、審査員さんは呆れたように長いため息を吐いた。


「まぁ一応聞いてあげるよ。でもあんまり期待はしないでね。えーっと名前は……」

「スターシャです!」

「スターシャさんね。少し時間かかると思うから一度外に出てもらうか、入国待機者用の宿に泊まってもらって、明日の夕方あたりにここに来てくれる?」

「はい! よろしくお願いします」


 ほとんど無理だと言われたようなものだが、聞いてもらえるだけでもありがたい。


 何より、入国待機者用の宿というのは火山の国の中にあるので、周りの目を気にせずにフードをとって過ごせるのは助かった。




「は〜、久しぶりのお風呂だ」

 割高ではあるものの、追加料金を払って温泉に浸かり、これまでの疲れを癒す。


 神殿では毎日お風呂に入れたが、国を出てからは初めてだ。実に四日ぶりのお風呂である。


 それも火と地属性の加護を強く受ける火山の国名物 源泉掛け流し温泉。超がつくほどの贅沢だ。


「ふぃ〜」

 明日の夕方に結果を聞いて許可が下りなければまた次を探す旅に出なければならない。


 じっくり温泉に浸かり、食事まで奮発して、あとは寝るだけ。明日の昼間まで爆睡するぞ! と決めてベッドに入った時だった。


 コンコンコンとドアがノックされる音が響いた。


 こんな夜遅くに一体誰が……。

 温泉ですっかり緩んだ緊張を胸元に手繰り寄せ「どちら様ですか」とドアの向こう側に問いかける。


「夜分遅くに申し訳ありません。宿の者です」

「どのようなご用件でしょう?」

「お客人がお見えです」


 お客さんなんて嫌な予感しかしない。

 まさかもう砂漠の国の人が回収に来た⁉︎ 早すぎない⁉︎


 慌てる私は必死にどうやって逃げ出そうか考える。

 この部屋は3階。壁伝いに降りれば逃げ出せないこともないが、逃げたところでここから遠ざかるための足がない。


 せっかく逃げてきたというのに、こんなところで捕まってしまうのか……。


 ああ、ツイてない。

 そもそも王子の婚約者に選ばれたのだって、ただ神殿で一番力が強くて王子と年が近かったから。


 私でなければいけない理由などなかったし、王子が初めから私を見下していたことは知っていた。


 それでも尽くしてきたのにあの仕打ち……からの回収なんてあんまりだ。


 せめて追ってきたのが神殿の者であれば、私の立場も少しはマシかもしれない。


 はぁ……とため息を吐きながら、少しだけドアを開く。


「どちら様ですか……ってガルガロ王子⁉︎ なぜここに?」

 ドアの向こうにいたのは砂漠の国からの使い、ではなく、火山の国の第一王子、ガルガロ王子であった。


 今までソギア王子と喧嘩しているところしか見たことがなかったが、今日の彼からは怒りの感情が見えない。どこか困ったように頬をポリポリと掻いている。


「スターシャって名前の水の魔法使いが働き口を探してるって聞いたからまさかと思って顔を見にきてみれば……。婚約破棄されて姿を消したとは聞いていたが、うちの国に来るとはなぁ」

「火山の国なら働き口があるかなと思いまして」

「正直、あんた程の魔法使いが来てくれたらうちとしては助かるが、婚約破棄されたばかりのあんたを取り込んで、こっちが誑かしたんじゃないかと因縁つけられても困る」

「そう、ですよね……」


 役に立つことよりも厄介ごとの方が大きいと正面から言われては、これ以上図々しく迫ることは出来ない。


 元より売り出せるのは魔法しかなく、情に訴えられるほどの関係も築けていないのだ。致し方ない。


「明日の朝には出て行きますので、どうか一晩ここに泊めていただけませんでしょうか?」

「何も夜中に追い出すつもりでここにきたんじゃない。取引を持ちかけにきたんだ」

「! 私がここにきたことを隠してくださるのでしたら、水魔石をいくつかお作りいたします!」


 風の民たちの口をふさぐことは出来ないが、彼らが届けるのはあくまで噂。確証がないものも多い。そのため風の民の言葉だけで他国に踏み入ることは難しい。


 砂漠の国の者が彼らから私が火山の国に入っていくのを見たと聞いたところで、いざそれを火山の国の人が否定したら強くは出られない。


 未だ同盟関係が続いているのならなおのこと。


 私が差し出せるのは能力だけだが、役に立つ物を残してみせますと強くアピールをする。だがガルガロ王子はふるふると首を振った。


「そうじゃない。あんたさえよければ俺と結婚しないか?」

「はい?」


 けっ、こん?


「ヘッドハンティングだと疑われると困るが、婚約破棄されたと聞いて俺がプロポーズしたことにすれば何の問題もない」

「いやいやいやいやおかしいですって!」

「死ぬまで大切にするし、生涯雇用と思えば悪くない話だと思うが」

「なんで一気に結婚なんですか。もっとこう、段階を踏むのが一般的かと」


 ガルガロ王子のことが嫌いなのではない。だが交友も相手の情報も圧倒的に不足している。それはガルガロ王子も同じことだろう。


 厄介ごとを持ち込んだ水の魔法使いを抱えるために結婚なんて一生に一度しか使えないカードを引くなんてどうかしている。


 それも入国審査員さんの話では水の魔法使い問題は解決したというじゃないか。

 ならなおのこと、一国の王子が即決するような問題ではない。


「もっと時間をかけて考えてみても……」

「砂漠の国の連中はあんたを探しているらしい。呑気に段階なんて踏んでいる時間はない。あんたに残されているのはここで俺と結婚するかあちらさんが諦めるまで逃げ続けるか、連れ戻されるかの三択だ」

「私は……」


 立てられた三本の指を凝視しながら、ガルガロ王子の腹は決まっているのだと理解する。


 私と結婚することで得られる旨味がどこにあるのか分からないけれど、今ある能力と伸び代に期待されたと考えることにして。今は自分の利益を必死に考える。


「ちなみに俺と結婚すれば温泉は入り放題で、食うに困ることもない」

「うっ……なんと魅力的な!」

「水の国・緑の国に協力してもらって我が国にも果樹園を作ったから、あんたの好きなリンゴも毎日食べられるぞ」

「なぜ私がリンゴを好きなことを知って……」

「見てればわかる」


 ソギア王子とはそこそこ長い付き合いだったが、あの人は私の好みすら分からなかった。


 毎年渋々用意されたプレゼントは使い道のよく分からないド派手で不思議な形をした花瓶だとか、頭に乗せるには重すぎる髪飾りとかだった。


 値段としては高いのだろうが、使えないものをもらっても置き場に困るだけ。

 一応、城に行くつもりだったのでマジックバッグの中にそれらも入れてあるが、私の手元にある限り、それらが真の意味で輝くことはないだろう。


 思えば婚約破棄を伝えられた時に王子の隣にいた女性も頭にどでかい花をつけていたので、今までの贈り物は全て王子の趣味だったのだろう。


 ソギア王子は私のことを知ろうともしなかった。

 まぁ私も歩み寄るつもりがなかったので似たようなものだが。


 なのに数回滞在させてもらっただけの火山の国の人が私の好物を当てるなんて……。


 ここに来たのも何かの運命だったのかもしれない。


「……幸せになれますかね?」

 一生水の魔法使いとして活躍しながら王子の世話を焼く運命だと思っていた。


 だが火山の国なら、私の好物を当てたガルガロ王子の元なら、明るい未来に進めるかもしれない。


「あんたのいう幸せが何かはわからんが、俺たち、火山の国の人間は家族を大切にする。家族が幸せだと笑える努力を惜しむつもりはない」

「なら私もあなたを幸せにする努力をしないと、ですね」


 今はまだ知らないことばかりだけど、知ろうと思えばきっとこれから先いくらでも関係を変えられると信じて彼の手を取る。


「それなら心配ない。どんな理由であれ、あんたが真っ先にうちの国を選んでくれただけで幸せだ。一目見た時から好きだった」

「え……」

「水魔石のような澄んだ瞳に惚れたんだ」

「あの、能力を買われたんじゃ……」

「好きだ、スターシャ。俺の嫁になってこの先ずっと俺の隣で笑っていてほしい」


 ガルガロ王子の真っ赤な瞳に私の心は射抜かれた。だってこんなに熱烈に求められて揺らがないはずがないじゃないか。


「よろしくお願いします!」

 空いていた左手も重ね、彼の手を包み込む。

 ニッと笑ったガルガロ王子はお日様のようで、この先の未来をずっと照らしてくれるような気がした。





 その三日後、結婚式が行われた。

 ガルガロ王子としてはもっと時間をかけて用意したかったらしいが、一日でも早く私を火山の国の民にすることを優先してくれた。


 火山の国の王子妃となれば強引に連れて行くことはできない。


 今後、あの一件の証人として呼ばれることはあるかもしれないが、後ろ盾のない元婚約者と、他国の王子妃とでは扱いがまるで違う。


 ガルガロ王子は頬杖をつきながら私のドレスの袖で遊ぶ。


「あんたにはもっと良いものを着させたかったんだが、既製品しか用意できなくてすまない」

「そんな! 急だったのにあんなに豪華なお料理まで用意していただけて、私は幸せ者です!」

「服より食い気か。リンゴをたくさん用意させておいて良かった」

「先ほど厨房を覗かせていただいたのですが、リンゴの飾り切りがとても綺麗で! 花畑に蝶々まで! 細かい装飾には飴も使われているみたいで、感動しました!」

「俺もあんたの喜ぶ顔が見られて嬉しい」

「会場の飾り付けもガルガロ王子が私のために考えて用意してくださったんだって分かるのが、嬉しいです」


 急に決まったこととは言え、王子の結婚式である。

 派手に派手を重ねて、印象に残るような会場が作られている。


 リンゴで作った花畑だってその一環なのだろう。だが至る所に私の好きなものが散らされている。


 それは食べ物だったり、装飾だったり、色だったり。


 一つ一つは小さなものだが、気付くたびに彼の想いを拾い集めているような気になるのだ。


 あの場所は私にとっては宝箱のような空間で、つい数日前に抱いていた幸せになれるかなんて疑問は綺麗さっぱり消滅してしまった。



「こんなこと言うと無責任だって怒られるかもしれませんが、あの時逃げてきて良かったです」

「責任なんてあんたが背負うことないだろう。子どもの教育を間違えた王家が悪い。さて、そろそろ行くか」

「はい!」


 ガルガロ王子の腕に手を添えて、火山の国の人達に挨拶をするために踏み出した。



 私達の結婚が発表されると、次々に同盟国から祝福の言葉が送られた。

 その中に、砂漠の国王家からの手紙はなかった。


 代わりにフランディール公爵令嬢個人からの祝福の言葉が届いた。


『スターシャ様の幸せを心よりお祈り申し上げます』ーーと。


 後日、砂漠の国の王家は各方面から責任問題を追及され、ソギア王子の王位継承権は剥奪されたと聞いた。


 代わりにまだ幼い第二王子が二十以上も年上の神殿職員と結婚し、政治面では王族よりもフランディール公爵家が力を持つことになったようだ。


 事実上、砂漠の国はフランディール公爵家と神殿で回されることになる。


 その体制を築くことで水の国との同盟を継続させることに成功した。


 大陸魔法連合との話し合いは長引きそうとのことだが、その辺りはフランディール公爵家が上手くやることだろう。



「は〜極楽極楽」

 今日も一日の終わりに、肩まで温泉に浸かる。


 いつもは火山の国の人たちとの交流も兼ねて共同温泉場を使っているのだが、今日はガルガロ王子の仕事が早く済んだのでいっしょに王家専用の露天風呂を満喫している。


「そんな言葉どこで覚えたんだ?」

「共同温泉場で教えてもらいました!」

 なんでも幸せを実感した時に使う言葉らしい。温泉では度々耳にするので、気になって聞いてみたのだ。


「おばば達だろ。変な言葉を教えやがって……」

「私、この言葉好きなんです。毎日幸せだって実感できることがあるって素敵だなって。真似したくなっちゃいます」


 その他にも温泉上がりに牛乳を飲むときは腰に手を当てるとか、飲み終わった時にはぷはぁと声を上げることでより幸福度が上がるというのも教えてもらった。


 火山の国には砂漠の国とはまた違った文化があり、学ぶことが多い。


 今は毎日いろんな種類の牛乳を飲み比べ中だ。

 ノーマルな牛乳もいいけれど、その場で作ってくれるフルーツ牛乳もいい。コーヒーと混ぜたコーヒー牛乳や、ミルクティーとはまた違った味わいの紅茶牛乳なんかもお気に入りになりつつある。


 結局未だにこれぞ! という一本は選べていないが、毎日違う種類の牛乳を飲むのも楽しいものである。



「スターシャは今、幸せか?」

「とっても!」

 今のところ、神殿からも大陸魔法連合からも呼び出しがなく、火山の国での新生活を謳歌している。


 自然の資源がほとんどない砂漠の国と、地属性の加護も受けている火山の国とでは水魔法の使い方がかなり違うので覚えることはたくさんある。だがその分、やりがいもある。


 なによりガルガロ王子を筆頭として、火山の国の人たちは皆、優しい。仕事仲間である水の国から派遣された人達とも上手くやっている。


 ご飯は美味しいし、お風呂も最高。

 お肌はツルッツルになっていく。


 これで幸せじゃないなんて言ったら神様に怒られてしまう。


「ところでバナナミルク作ったら飲むか?」

「バナナミルクって、ごく稀にしか出ないという幻の⁉︎」


 使用するバナナが火山の国では採れないらしく、ごく稀に入っても即完売の幻の品らしい。


 おばさま方は『次に入ったらスターシャちゃんに取っといてあげるから!』と言ってくださったが、ズルはしたくないと遠慮させてもらった。


 そして自らの手で手に入れられる日を心待ちにしていた。


 そんな品を作る材料が今、私の目の前にある。

 喉をゴクリと鳴らせば、ガルガロ王子は楽しそうに笑った。


「スターシャが最近牛乳の飲み比べにハマっていると聞いて、取り寄せたんだ」

「で、でもズルは良くないですし……」

「他の者達のことを気にしているなら問題ない。共同温泉場の方にも何本か卸してある。今頃あっちでも楽しんでいる頃じゃないか?」

「なら遠慮なく頂きます!」

「風呂上がりに一緒に飲もう」

「はい!」


 温泉から上がり、服を着てからガルガロ王子が自ら作ってくれたバナナミルクを受け取る。


 腰に手を当ててからグラスを一気に傾ける。

 他の牛乳とは違い、少しとろみがある。口内にゆっくりと広がっていくバナナの甘さは牛乳とよく合う。たしかに癖になる味だ。


 飲みきった後にぷはぁと声を出せば、幸せな気持ちがふくふくと膨らんでいく。


「美味しいです」

「気に入ってもらえてなによりだ。うちの国でも栽培できないか聞いてみるか。そうなると今の果樹園の他に場所の確保が……」


 ブツブツと呟きながら考え込むガルガロ王子の手を引いて椅子に座らせる。

 簡単に体を拭いてすぐに服を着たので、彼の髪はまだ濡れたままなのだ。


 新しいタオルを手に取り、ガルガロ王子の髪を拭いていく。

 見た目に反して柔らかな髪を乾かしながら、この言葉を口にする。


「ああ、極楽極楽」


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