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第2話 明日への希望

 炭鉱は三交代で、24時間休みなく稼働かどうしている。

 採炭さいたんに用いる機械が音を立てて動き続け、選炭場も事務所も夜どおし明かりがついている。まるで不夜城ふやじょうだ。

 しかし、不夜城のほとんどは、あと数か月でその明かりを消してしまう。


 その日の出番を終え坑口こうぐちから出てきた利根は、真っ黒になった身体を洗うため、いつものように共同浴場へと向かった。

 共同浴場では多くの炭鉱夫が風呂に入っており、今後の身の振り方を話している声も聞こえてくる。

 利根は湯につかりながら思案をめぐらせていた。

 そこへ同僚の炭鉱夫である羽黒はぐろがやって来て、こう告げた。


「俺は、新炭鉱での募集に申し込むことにしたよ。」


 そう聞かされた利根は、羽黒に向かって答えた。

 

「羽黒さん、実は、俺も新炭鉱で働こうと思っているんだ。」


 利根も羽黒も、笑顔などなかった。

 石炭産業の先行き、東京で働くことへの不安、そして何よりも家族の生活、悩みに悩んだ末に出した答えだ。


「もっと若くて独り身だったら、東京でもどこへでも行くんだがな。せめて、子どもが高校を卒業するまで新炭鉱がつぶれずに働くことができれば。それを願うだけだ。」


 利根の言葉に羽黒も同感だった。

 羽黒にも小学生の子どもがいる。誰もが、家族のために命を張って炭鉱で働いている。

 地の底深くもぐるだけでも恐ろしい。落盤らくばん事故やガス突出とっしゅつなど、炭鉱で命を落とす者は珍しくないが、それでも家族のことを思えばこそ、その思いだけでここまでやってきた。


 そう思う利根の目からは涙のようなものが流れていた。それを気取られまいと、利根は手で湯をすくって顔にかけた。

 口には出さずとも、ここにいるほかの炭鉱夫もみな同じ思いなのだろう。

 俺たちは、日本の経済発展のために命を張って石炭を掘り続けてきた。しかし、壊れたスコップやツルハシを捨てるがごとく、多くの炭鉱夫が国のエネルギー政策のもとで切り捨てられようとしている。

 使い捨ての道具かもしれないが、そんな道具にだって命や心があるし、家族もいる。


 炭鉱会社は階級社会であり、背広を着てネクタイを締めた幹部連中は内風呂まで備えた立派な社宅に住んでいるが、末端の炭鉱夫は山の斜面にへばりつくように建てられた炭住と呼ばれる長屋に住んでいる。

 そして、俺たち炭鉱夫は炭鉱を経営する親会社の社員ではない。そのほとんどが、炭鉱夫を派遣する会社をとおしてここで働かせてもらっている。

 炭鉱が閉山しても、幹部連中は親会社にあるほかの部署や関連会社に行くのだろうが、炭鉱夫は閉山の日からただの失業者だ。

 おのれの無力さを痛感し、くじけそうになりながらも、利根は家族のことを考えることで、何とか自分をふるい立たせようとしていた。


 新炭鉱の開鉱式には炭鉱会社の幹部だけではなく、町長をはじめほとんどの町議会議員、少なくない数の役場職員までもが出席していた。

 社長も町長も満面の笑みを浮かべ、紅白のテープにハサミを入れている。

 炭鉱会社が落とすお金はこの町の生命線であり、個人商店などは炭鉱会社や炭鉱夫との取引なくしては存在し得ないだろう。

 それだけ、この新炭鉱への期待は大きく、誰もが、この町も救われたと安堵あんどしていた。 


「新炭鉱はすごいものだな。機械も設備も一級品だ。」

「これなら、閉山しないで、石炭を掘り続けられるかもしれないな。」


 ロッカーショベル、ダンプローダなど、古い炭鉱では見られなかったような最新式の機械が備え付けられている。

 安全対策にも注意が払われ、石炭層から噴出するガスを常に検知器が測定し、危険濃度になると警報が鳴るようになっている。

 また、緊急避難用の設備として配管を通って空気が送られてくるようになっており、炭鉱夫は耐火シートをかぶり送られてくる空気を吸うことで、救援を待つことができる。自嘲気味じちょうぎみにこれはビニールハウスと呼ばれていた。


「お父さん、行ってきます。」


 利根は、元気に小学校へ登校する一郎を見ると、つくづく新炭鉱で働くことになってよかったと思った。

 中小炭鉱の閉山が続いたころは、炭住に住む者たちの顔は暗かったが、今ではそれが嘘のように明るい。

 確かに以前より住人の数は少なくなったが、それでも何とかやっていけそうだ。


「やっぱり俺は、生まれながらの炭鉱夫なんだろうな。」


 利根はいつものように、坑口から地底へ向かう鉱車と呼ばれる石炭や人間を運ぶためのトロッコに乗り込んだ。

 今日も、明日も、地の底で石炭を掘るのだ。


 その頃、炭鉱会社の事務所では社長の熊野が難問に頭を痛めていた。

 会議室には社長をはじめ幹部たちが集まっている。


「国から示された石炭増産や、さらなる合理化の目標をどうやって達成するのか。」


「国から巨額の補助を受けている以上、要求を断ることはできない。少々無理をしてでも、目標を達成するしかない。」


 幹部たちの言葉を聞き、社長の熊野は念を押すように言った。


「無理をするのはやむを得ないが、安全管理をおろそかにするようなことがあってはならない。くれぐれも、人命を優先することだけはきもめいじてもらいたい。」


 熊野は国立大学を卒業した優秀な男で、戦後日本の復興に役立ちたいというこころざしを抱き、復興の原動力でもあるような石炭産業に身を投じ、新炭鉱の社長にまで昇りつめた。

 だからといって、冷たいエリート然とした男ではなく、人情家であり、彼をしたう社員も多い。

 背広やワイシャツが汚れることもいとわず、地上の炭鉱施設をめぐり、時には労働者にねぎらいの言葉をかけていた。

 まさに、「一山一家」を地で行くような男だ。

 優れた頭脳と厚い人情を持つからこそ社長に抜擢ばってきされたのであり、彼なら数々の難問を解決してくれるだろうと、多くの者が期待を寄せていたのである。


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