緋色の決断
「誰が、てめえらなんかに……!」
男たちの狙いが孤児院の仲間たちだと分かると、アークの目に光が戻る。
そのまま男をにらみつけ拒否の意を表すが、男は顔を不快そうに歪めると掴んでいるアークの頭を地面に叩きつける。
「あ? なんか言ったか? 聞こえねえなぁ! ほら、もう一回言ってみろ。今ならまだ、許してやらんこともないぜ?」
「誰がてめえらなんかに教えるかって言ってんだよばーか!」
そのまま何度も殴りつけ、居場所を聞き出そうとするもアークの決意が変わることはなく。
「あー! クソうぜえ! さっさと吐きやがれってんだ、よ!」
先に男たちの方が音をあげそうになるほどだった。
「しょうがねえ。とりあえずこの二人連れてアジトに戻んぞ。あとでじっくり、こいつの口わらせりゃぁいい。ま、それにこっちのガキが例の……って可能性もある。そうすりゃもう、こんなめんどいことしなくていいしな。」
仕方なく、この場所からは引き上げようとする男たち。その時に耳に入った言葉にアークは疑問を抱く。
「ちょっと……待て。てめえら、俺たちの中の誰かをわざわざ探してんのか……?」
「チッ、口が滑ったか。」
「なんで……そんなことを。」
「なんだ? 理由を聞かせれば協力してくれるって言うのか?」
「そんなわけ、ねえだろ……!」
どんな理由があれども、目の前の男たちにかつての家族を売るつもりは欠片もない。だが、もし男たちの関心が孤児院の子供だけなのだとしたら―――。
そんな希望と共に、アークは男たちに提案する。
「俺はともかく……アルテは、今日会ったばっかりの無関係の奴、なんだ。だから……俺はどうなってもいい。アルテは解放してくれねえか。」
「はぁ……? こいつ、見たことないとは思ってたが、まさか無関係の奴なのか?」
「そうだ……だから。」
―――それが、最悪の事態を引き起こすとも知らないで。
「なんてこった……。じゃあ、わざわざ丁寧に扱うこともなかったってことか。」
「あ?」
「はーん。そうだてめえら、そのガキをこっちに寄越せ。」
暴力にさらされ続けて満身創痍といったアークを手放すと、男は手下二人に抑えられていたアルテへと近づく。
そして手を伸ばし―――アルテの指をへし折った。
「ムグっ!? アアアアァッ!?」
抑えられた口からくぐもった悲鳴が飛び出している。泣きわめき、暴れても女児の力では男二人による拘束を抜け出せそうもない。むしろ暴れたことが男の琴線に触れたのか、さらにもう一本、ペキリと軽い音を立てて折れ曲がる。
「や、やめろっ!」
「やめろ? やめてください、の間違いじゃねえのか?」
男は勝ち誇った笑みを浮かべてアークを見下ろす。
「いやぁ、アークくんも意外と隅に置けないなぁ。自分よりもこのガキの方が大切ってわけだ。自分はどうなってもいいなんて言っちゃって、かっこよかったぜぇ?」
「じゃあ、このガキがこれ以上辛い目に合わないようにするためには、どうしたらいいか分かるよなぁ?」
そうして、先ほどの問いを再び投げかけてくる。ただし、今度の払う代償はアーク自身ではなくアルテである。
孤児院の仲間という過去を取るか。
あるいは、アルテという未来を取るか。
彼が選べるのは二つに一つ。果たしてその選択は―――
◆ ◆ ◆
選べるわけがない。
それがアークの中にあるたった一つの結論だ。過去も未来も、その両方がアークにとって譲れない。ゆえに、アークの取れる選択肢は『両方とも守る』その一つだけ。
だが、問題なのはそのための方法が何もない、ということだ。悔しいことにアルテという人質はアークにとって非常に有効だ。口を割るつもりはないが、かといって彼女を放置することはアークにはできない。そして、この状況を何とかするだけの力を、アークは持ち合わせていない。
はっきり言って、詰みである。この状況を何一つ犠牲を出さずに解決することなど不可能。何か一つは捨てる決断を、彼は迫られている。
だからこそ、アークは簡単に決断できた。
死力を尽くして立ち上がる。体には力が入らず、フラフラする。立っているだけで精いっぱいと言っていい。
思わず左手を頭に当てると、ネチャリと粘質な音を立てる。血だ。額からの出血はかなりひどく、今すぐに手当てをしなければ命すら怪しいことを感じさせる。
赤く染まった手をぶらんとおろしながら、声を絞り出す。
「決めた、ぞ……。」
「おっ、さすがアークくん、カッコいいねぇ。じゃあさっきの答え、聞かせてもらおうか……?」
男は困惑する。息も絶え絶えな目の前の少年が、今もなおその黒い瞳でこちらを睨みつけているのだから。この絶望的な状況でも、決してその目に諦めはなく、今なお強い意志を感じさせるのだから。
「ああ、決めたさ―――」
赤く染まった目で、少年は告げる。
「―――覚悟を。」
命を捨てる、決断を。
熱い血潮が、全身を駆け巡る。
目の前の彼女を救うために全身全霊を賭ける―――そう決めた時に体から力が湧いてくる気がした。アークさえいなくなれば、目の前の男たちがアルテを捕える必要性はなくなる。そのためだけの自爆特攻だった。
しかし、ひょっとしたら。彼女を救い出すことすら可能かもしれないと。そう思えるだけの力があった。
アークは孤児だ。両親について彼は何も知らない。その体を流れる血がなんなのか―――アークが知ることは決してない。
だが、そんなことはどうでもいい。大切なのは緋色の意志。流れる血は力となって、アークの願いを叶えるために、今、想いは形を取る。
命を捨てるという決断と。
緋色に染まった剣をその手に。
少年は想い人のもとへと、駆け抜ける。




