表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

緋色の決断


「誰が、てめえらなんかに……!」


 男たちの狙いが孤児院の仲間たちだと分かると、アークの目に光が戻る。

 そのまま男をにらみつけ拒否の意を表すが、男は顔を不快そうに歪めると掴んでいるアークの頭を地面に叩きつける。


「あ? なんか言ったか? 聞こえねえなぁ! ほら、もう一回言ってみろ。今ならまだ、許してやらんこともないぜ?」

「誰がてめえらなんかに教えるかって言ってんだよばーか!」 


 そのまま何度も殴りつけ、居場所を聞き出そうとするもアークの決意が変わることはなく。


「あー! クソうぜえ! さっさと吐きやがれってんだ、よ!」


 先に男たちの方が音をあげそうになるほどだった。


「しょうがねえ。とりあえずこの二人連れてアジトに戻んぞ。あとでじっくり、こいつの口わらせりゃぁいい。ま、それにこっちのガキが例の……って可能性もある。そうすりゃもう、こんなめんどいことしなくていいしな。」


 仕方なく、この場所からは引き上げようとする男たち。その時に耳に入った言葉にアークは疑問を抱く。


「ちょっと……待て。てめえら、俺たちの中の誰かをわざわざ探してんのか……?」

「チッ、口が滑ったか。」

「なんで……そんなことを。」

「なんだ? 理由を聞かせれば協力してくれるって言うのか?」

「そんなわけ、ねえだろ……!」


 どんな理由があれども、目の前の男たちにかつての家族を売るつもりは欠片もない。だが、もし男たちの関心が孤児院の子供だけなのだとしたら―――。


 そんな希望と共に、アークは男たちに提案する。


「俺はともかく……アルテは、今日会ったばっかりの無関係の奴、なんだ。だから……俺はどうなってもいい。アルテは解放してくれねえか。」

「はぁ……? こいつ、見たことないとは思ってたが、まさか無関係の奴なのか?」

「そうだ……だから。」


 ―――それが、最悪の事態を引き起こすとも知らないで。


「なんてこった……。じゃあ、わざわざ丁寧に扱うこともなかったってことか。」

「あ?」

「はーん。そうだてめえら、そのガキをこっちに寄越せ。」


 暴力にさらされ続けて満身創痍といったアークを手放すと、男は手下二人に抑えられていたアルテへと近づく。

 そして手を伸ばし―――アルテの指をへし折った。


「ムグっ!? アアアアァッ!?」


 抑えられた口からくぐもった悲鳴が飛び出している。泣きわめき、暴れても女児の力では男二人による拘束を抜け出せそうもない。むしろ暴れたことが男の琴線に触れたのか、さらにもう一本、ペキリと軽い音を立てて折れ曲がる。



「や、やめろっ!」

「やめろ? やめてください、の間違いじゃねえのか?」


 男は勝ち誇った笑みを浮かべてアークを見下ろす。


「いやぁ、アークくんも意外と隅に置けないなぁ。自分よりもこのガキの方が大切ってわけだ。自分はどうなってもいいなんて言っちゃって、かっこよかったぜぇ?」




「じゃあ、このガキがこれ以上辛い目に合わないようにするためには、どうしたらいいか分かるよなぁ?」


 そうして、先ほどの問いを再び投げかけてくる。ただし、今度の払う代償はアーク自身ではなくアルテである。


 孤児院の仲間(家族)という過去を取るか。

 あるいは、アルテという未来を取るか。


 彼が選べるのは二つに一つ。果たしてその選択は―――



   ◆ ◆ ◆



 選べるわけがない。

 それがアークの中にあるたった一つの結論だ。過去も未来も、その両方がアークにとって譲れない。ゆえに、アークの取れる選択肢は『両方とも守る』その一つだけ。


 だが、問題なのはそのための方法が何もない、ということだ。悔しいことにアルテという人質はアークにとって非常に有効だ。口を割るつもりはないが、かといって彼女を放置することはアークにはできない。そして、この状況を何とかするだけの力を、アークは持ち合わせていない。


 はっきり言って、詰みである。この状況を何一つ犠牲を出さずに解決することなど不可能。何か一つは捨てる決断を、彼は迫られている。


 だからこそ、アークは簡単に決断できた。


 死力を尽くして立ち上がる。体には力が入らず、フラフラする。立っているだけで精いっぱいと言っていい。

 思わず左手を頭に当てると、ネチャリと粘質な音を立てる。血だ。額からの出血はかなりひどく、今すぐに手当てをしなければ命すら怪しいことを感じさせる。


 赤く染まった手をぶらんとおろしながら、声を絞り出す。


「決めた、ぞ……。」

「おっ、さすがアークくん、カッコいいねぇ。じゃあさっきの答え、聞かせてもらおうか……?」


 男は困惑する。息も絶え絶えな目の前の少年が、今もなおその黒い瞳でこちらを睨みつけているのだから。この絶望的な状況でも、決してその目に諦めはなく、今なお強い意志を感じさせるのだから。




「ああ、決めたさ―――」



 赤く染まった目・・・・・・・で、少年は告げる。



「―――覚悟を。」



 命を捨てる、決断を。




 熱い血潮が、全身を駆け巡る。

 目の前の彼女を救うために全身全霊を賭ける―――そう決めた時に体から力が湧いてくる気がした。アークさえいなくなれば、目の前の男たちがアルテを捕える必要性はなくなる。そのためだけの自爆特攻だった。


 しかし、ひょっとしたら。彼女を救い出すことすら可能かもしれないと。そう思えるだけの力があった。


 アークは孤児だ。両親について彼は何も知らない。その体を流れる血がなんなのか―――アークが知ることは決してない。

 だが、そんなことはどうでもいい。大切なのは緋色の意志。流れる血は力となって、アークの願いを叶えるために、今、想いは形を取る。




 命を捨てるという決断と。

 緋色に染まった剣をその手に。

 少年は想い人のもとへと、駆け抜ける。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ