虚ろな二人
地下道の出口は一軒の空き家に繋がっていた。
聞くところによるとカモフラージュとのことで、最初からこの地下道の出口を隠すために作られたんだとか。
無事、街に出ることができた二人。
大通りからは少しずれた住宅街ではあるが、少し先の方からは祭りの熱狂が漏れ聞こえる。
「おおお、こんな感じなのか! なかなか盛況だね!」
「今日は特別だ。日頃からこんなんじゃねえよ。」
街に来るのが初めての少女はともかく、つい最近までここで暮らしていたアークでさえも少しばかり胸が弾む。
大きなお祭りといえば春の初めに行われる健国祭と秋の終わりに行われる収穫祭があるが、その二つを超えるほどの盛り上がりを見せている。
「普段のお祭りは貴族と平民で分けて行われるしね。それに建国祭も収穫祭も王都だけでなくそれぞれの領地でも行われる。だけどまあ、今日の立太子はここでしか行われない。普段以上の盛り上がりというのは、そう言うことだろうね。
ただ、そんな理屈っぽいことは抜きにしようじゃないか。ここは存分、祭りを楽しむべきだと思うね。」
大通りに近づくにつれ、あちらこちらと出店が増える。屋台の主がここぞとばかりに良い匂いを辺りに漂わせ、食欲を煽ってくる。出店でなくても祭りで財布のひもが緩んだのを狙ってか、店頭に物珍しい商品を並べ大声を張り上げて商品を売り込んでくる。
少女は興味の引かれるままにあっちにフラフラ、こっちにフラフラ。実に楽しげだ。
だが、そんな中アークには一つ気になったことが。
「……そう言えばよ。気になったんだがお前は金持ってんのか?」
「ふふん、私を誰だと思っているんだい。その気になればそこらの出店一軒どころかまとめて複数軒買い占めるだけのお金は持って―――あ。」
「おい、どうした。なんだその不穏なつぶやきは。」
ふふふ、と笑い声をあげるだけの彼女だが、その顔に張り付いた表情は先ほどまでの楽しくて仕方ないという笑みではなく、とんでもない失敗をして笑うしかない、といった顔だ。
「まあ、私はそれなりにお金を使える立場ではあるんだけど―――あいにく、生まれてこの方現金を触ったことが無いんだよね。」
「おい。」
「つまりまあ、今現在の私は一文無しと言って差し支えないわけだが。」
そう言って、少女は期待した目でアークを見つめる。
だが……
「悪いが俺も金は持ってねえぞ。」
「そ、そんな……。」
貧乏孤児院出身、現在公爵に保護されているという立場のアークがお金を持っているはずもなく。
二人そろって無一文と言う事実が発覚し、途方に暮れる二人。
「はあ、どうしようか。」
「どうしようもねーだろ。買えないと分かってて虚しく歩き回るか、おとなしく帰るかどっちかだ。」
「ふふ。そうだね。普通はそうなるね。ま、せっかくの機会だし帰るのはまだ早い。もう少し見て回ろうか。」
やけに「普通」の部分を強調して言葉を返すと、なぜか笑顔で人混みの中を再び歩きだす。先ほどのようにいちいち寄って見て、ということはしないがその目はせわしなく辺りに向けられ、興味津々のようだ。たまに分からない物があると、あれはなんだとアークに尋ねている。
一時間ほど経ったころ。
そろそろパレードが始まるらしい、と言う話が辺りに広まり人の流れが城から続く中央通りへと向かっていく。
だが、アークと少女はその流れに逆らって街の端の方を目指していた。
「おい、パレードとかは見なくていいのかよ。」
「なに。いつも見ている顔を見たって特に新しい発見などないよ。それに、パレードが始まるとなれば近くに騎士も集まるだろうしね。この人混みだ。ないとは思うが万が一バレたら大変なことになってしまう。」
「だとしてもなんでこっちの方に……。」
ただ人の流れに逆らっている、というわけではない。少女は明確な意識をもって、どこかへと向かっている。
「おや、分からないのかい? 案外気付かないものなのかな。いつも通っていた道だろうに。」
「あ? ……って、ああ! ひょっとして!」
そこまで言われてようやく気づく。確かに、何度も何度も通った道だ。夕方、出かけた帰り道。重い荷物を背負って、待っている者の顔を思い浮かべながら何度も通った。
ついこの間、フィオナと一緒に見つけた鍛冶屋もすぐそこだ。つまり、この通りを抜ければすぐそこにあるのは―――
「その通り。君が住んでいた孤児院、この先にあるんだろう? って、待ちたまえ!」
12年間そこで暮らした我が家が、すぐそこにある。せいぜい一週間ぶり。だが、ここまで家を離れたのは彼にとって初めてでもある。
突き動かされるように走り出し、わき目もふらずに走り抜ける。
門の前まで来て止まり、息を切らしながらも中を覗き込む。
一週間。そう、たった一週間だ。外見は何も変わらない。建物に傷はなく、庭も程よく手入れされた状態から大きく変わりはない。
―――だが、なにかが終わっている。そんな気持ちになった。
中で彼の家族が待っていることはもうないと分かっているからか。
いつも誰かの声でにぎやかに彩られていた家が静寂を保っているからか。
ここは終わった場所なのだと、否が応でも理解させられた。
「……ハア、ハアッ! ちょっと、いきなり走り出さないで欲しいな。びっくりするだろう?」
「―――なんでこの場所に来た。」
急いでアークを追いかけてきた少女に、行き場のない苛立ちをぶつけるように言葉を荒げる。
「それはもちろん、君がここに暮らしていたと聞いたからさ。」
「そういうことが聞きたいんじゃない! なんで! わざわざこんな場所を見に来たんだ! 街を見たいならこんな場所に来る必要なんてねえだろ! 何考えてんだよ、お前は! そもそも、何者で! 何がしたくてこんなとこにいるんだよ!」
「―――そうだね。街の案内をしてほしくて君を誘ったというのは、嘘だ。」
アークの言葉に押されてか、少女も真実を話す覚悟を決めた。
「それは目的の半分でしかない。私の本当の目的はね、アーク。君のことが知りたかった。ただそれだけ―――ただそれだけ、なんだよ。」
◆ ◆ ◆
「公爵から君の話を聞いてね。会ってみたいと思ってたんだ。」
無人の孤児院の中で、アークと少女は相対する。口を開くのは少女ばかり。祭りの時に見せていた楽しげな表情は鳴りを潜め、張り付いた笑顔だけが向けられる。
「なんせその少年はやけに変わり者という話だからね。そもそも、孤児院にいた全員が本来の状況からじゃ考えられないほどしっかりしている、というだけの話の種だったわけだけど。」
ぐるっと部屋の中を見渡して、話を続ける。
「まあ、ここを見れば頷ける話ではあるかな。資金に手を付けていただの、まともに面倒を見ることもしなかっただの言われていたわけだけど、ここを管理してた人は良い人ではあったんだろうね。暮らしていた子供が素直に育つというのも分かるものだ。」
「……。」
「そうでないなら話は早かったんだけどね。まじめに働く気もない自堕落な人間だったり性根が腐ってるような輩が、使用人としての責務に苦しんで逃げ出したくなる、という話ならそこらに転がっているわけだし。
実態はその真逆。朝早くの労働も苦にしない、性根はまじめ、仕事の呑み込みも人一倍早い
―――なのに、その環境が居心地が悪いと言った挙句、暮らすあてもないまま出て行こうとする。」
そこで少女は一度口を閉じ、その金色の瞳でジッとアークを見つめる。
「君のことだよ? アーク。」
見つめあうことしばし。
言いたいことだけ言って、あとは黙ってこっちを見つめるだけの少女にしびれを切らして、アークは静かに問いかける。
「……それで、結局。お前は何がしたいんだ。」
「最初に言ったじゃないか。君のことが知りたかった、って。きっとね、君と私は似た者同士だと思うんだよ。今日一日、君を見ていて確信したよ。」
「何をだよ。」
「君も自分の欲しいもののためにこそ動ける人種だ。それも自分の命、生きることすら投げ出せる。君の場合はこの孤児院だったのかな。無意識だったのかもしれないけど、暇さえあればこっちの方に目をやっていたよ、君は。」
一途だね、と揶揄うように笑いながら言葉をつなぐ。
「そんな私達だからこそ、仲良くなれると思わないかい?」
「思わないね。ちっともそんなことは思えない。俺はお前のこと何も知らねえし、仲良くしたいとも思わねえ。」
と、言葉の上では強がってみたアークではあったが、強いシンパシーを感じているのも事実だった。彼女の何の感情も持ち合わせていない瞳―――祭りを見て回っていた時とはまるで違う無機質な金色に、魅入られそうになっていた。
「そうだね、自己紹介もまだだった。それは確かにフェアじゃない。
改めて、名乗らせてもらおうか。―――私の名前はアリア・アルテ・フォン・フェルラーテ。この国のお姫様さ。」




