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白の誘いと黒の告白

 立太子の儀当日。

 城下は喧噪に包まれ、人々はお祭り騒ぎ。普段の三倍は人が詰まっているように感じられる。本日のメインイベントであるパレードは庶民が王族をその目で見ることのできる数少ない機会なので、遠く離れた地からも人が押しかけてきているようだ。


 一方でアークのいる公爵邸はガランとしている。貴族である公爵が王城に泊まり込みで働いており、身の回りの世話をする者もそちらに出かけていること、そして公爵が持つ騎士団も街の警備に動員されておりほぼ最低限の人員しか残されていない。


 アークも普段よりは多く仕事を任され、部屋に戻ったのはお昼をまわってしばらく経ってからだった。



「やあ、待ってたよ。」


 だから、部屋の中で見覚えのない少女が待ち構えていた時もなにか会う約束をしていたかと記憶を探るはめになった。―――結論から言えば、誰かと会う用事もなければ、誰かに会いに来られるなどという事態に心当たりはなかったのだが。


「昼過ぎにはすぐ部屋に戻っていると聞いていたから、ずいぶんと待ちぼうけを食わされたものだが、まあ不問に処そう。一方的に押し掛けたのは私だし、今日は仕事が忙しくなるであろうことは考慮しておくべきだった。」

「勝手に人の部屋に入っておいてずいぶんと上からの物言いだな。……つーか、お前誰だよ?」

「あいにくと口調は性分でね? 気に障るとしても我慢してくれたまえ。そして私は誰か―――ときたか。見て分からないかい? ほら、ほらほら。」


 そう言われて、アークはじっくりと見知らぬ少女を観察する。

 真白な長髪。金色に透き通る瞳。健康的に真っ赤に染まった唇。見る者を魅了せんかという蠱惑的な笑み。身を包んでいる服は凡庸だが、逆にその服に合わないと感じられるほどに美しい。

 彼にとって身近な女性といえばフィオナが挙げれるだろう。彼女を天真爛漫なかわいらしさとするならば、目の前の彼女は月下薄明、静かでほのかな美しさ。言動がやや胡散臭いところはあるが、それでも一度見れば忘れることはないだろうと断言できる。


 つまり、ポーズをとってどや顔をしている彼女には悪いがまるで見覚えが無い。


「そ、そうか。どこかで一度くらいは見たことあるんじゃないかと思ったけど……。そうか……。」

「で、結局あんたは誰なんだ。」

「ふむ。まあ、秘密ということで、一つどうかな?」

「べつにいいけどよ。」

「……いいのかい!? 正直、もう少し詮索されると思ったのだが。」


 アークにとって目の前の少女がどのような身分であっても大差ない。いや、高貴な身分というのは分かっているのだが。


「そんなことより、あんたがここに来た理由の方が知りたいね。」

「まあ深い目的とかはないよ。君自身……というより、私が気軽に王都案内を頼めそうな人を探そうとしたら君に思い当たってね。興味半分、期待半分というとこかな。それで、ちょっとばかり王都探索に付き合ってもらえないかな?」


「町の案内、ね。知らん。俺にそんな義理はない。」

「いいじゃないか。大したことじゃないだろう?」

「勝手にしろ。俺は忙しい。」

「ふむ困ったな…。まあ、まったく忙しそうには見えないが。」


 君が忙しいというならそうなんだろうね、と溜息一つ。少女は人差し指を立てるとにこやかな笑顔でこう言った。


「分かってるとは思うけど、私は君をここから出してあげることができる。でないと町案内してもらえないからね。」

「!? ……どうやって!?」

「この屋敷には隠し通路があってね。ああ、探しても無駄だよ。普通の隠し方じゃない。私じゃないと見つけれない。」

「外に出る方法は教えるから、今日一日付き合えってことか。」

「その通り。いい取引だろう? Win-Winな関係という奴さ。」


 勝ち誇った顔をして、エスコートしてくれたまえと言わんばかりに手を差し出す少女。

 アークはその手を―――取れなかった。


「……? どうしたんだい? ここは喜んで! とでも言って手を取るべき場面だろう?」

「いや……俺はやっぱり良い。外に行ったって何かできるってわけでもねえ。どうせなら他の奴の方を誘ってくれ。ああ、フィオナとかどうだ? あいつは祭りに行きたがってたしちょうどいい―――。」

「いやはやまったく。聞きしに勝る面倒くささだな、君は。」


 アークの返した返事にムスッとした表情を見せる少女。差し出した手を無視されたのが腹に据えたのか、その手でアークの頬をつねる。


「まあ、そんな君だからこそ興味を引いたわけではあるけれど。」

「いてえな! 何すんだてめえ!」

「なにやらウジウジしていた頭があったものでね。まったく。

 ―――いいかい、正直に答えるんだ。外に行きたいか、行きたくないか。どちらだい!?」


 その問いかけはなにやらずいぶん真剣であった。

 なのでアークは会って間もねえのにこいつは何様のつもりなんだ、とかつねられたほっぺが意外と痛えとか、そう言った雑念をとりあえず棚に上げて、素直に自分の心に問いかける。



「そんなの勿論、行きたくねえ―――」



 しばらくの沈黙ののち、アークが出した答えは。



「―――わけがねえだろうが。」


「つまり、行きたいってことだろう? 素直じゃないね、まったく。」


 やれやれとため息をついて、再び差し出される手。

 なぜか、今度は簡単にその手を掴める気がした。

 だが、その前に―――


「いひゃい!? なふぇ頬をつまむのかな!?」

「さっきの仕返しに決まってんだろーが。思い切りつねりやがって!」



   ◆ ◆ ◆


 抜け道があったのは何の変哲もない木の真下。どこからどう見てもただの地面だった。

 だが少女がおもむろに手をかざすと、音もなく地面が口を開けた。中は暗闇。抜け道とは言うが、どう見てもちょっとしたものには見えない。


 だが、少女が特にためらうこともなく中へと踏み込むのを見て、アークも闇に飛び込む。

 カツンカツンと、地面とは違う硬質な音がアークの耳に響く。

 

 少女の持っていた携帯式の光源を頼りに、地下の通路を進む。 


「あまり他言はしないでくれよ。有事の際の避難経路だったりするのだから―――おっと、この曲がり角は右だったかな。」

「言いふらすつもりはねーけどよ。なんで地下にこんなデカい通路があるんだよ。」

「さあね。」

「さあねって、お前なぁ。」


 少女の返答は随分とそっけない物である。思わず振り返るも、その顔は不満そうに唇を尖らせている。


「本当に知らないんだよ。なんでもずいぶん前の王様が作らせたらしいけど? それだって元からある通路を利用したっていうんだから、この通路が随分古いってことくらいしか分からないのさ。」

「はあ、そんな古いのか、ここ。」

「それだけに、ずいぶんといわくつきの場所らしいけどね。何百人もこの場所で死んだーとか、見るも無残な死体が辺りに転がってるーとか。」

「おいおい、物騒だな。」

「どうせ作り話だろうけどね。現にここ数十年で使ったのは私くらいなはずだし。」

「それって逆に、アンデッドとか出てもおかしくねーってことじゃねーか。」

「そうかもね。そしたら守ってくれるかい?」

「あほか。出会ったばかりの奴助けるために命張るやつがどこにいる。」

「だろうね。」

「ただ、まあ―――。」


 そこで一区切り、息を少し吸ってやや照れながら、クサいセリフだと自覚しつつも口にする。


「今日はお前に付き合うって決めたしな―――今日ばかりはお前の剣にでも盾にでもなってやるよ、お姫様。」

「ふぇ!?」


 言った後すぐに後悔しかけたアークだが、すぐ後ろから想像以上にテンパったうわずった声が響いてきて正気に返る。


「お、お、お姫様って。きゅ、急にどうしたというのさ。何を言うかと思ったら、何かいきなりとんでもない言葉が飛び出してくるし……。ああ、ちょっと待つんだ。振り向くんじゃない、いいか、決して振り返るんじゃないぞ。前、前だけを見ていてくれたまえ。なに、すぐにおち、落ち着くから。あうううううう‼ 剣と盾になるって、そういう、そういうこと!? 本気!? いやちょっと待って信じらんない。あー、うー。というかもー!」


 想像以上というか、考えなしだったというか。

 アーク自身もクサいかな、と思ってはいたがこういう反応をされると非常に困る。いっそ笑われた方がマシというものだろう。


「待て待て待て待て! 冗談、冗談だからな!?」

「……冗、談?」

「いや、守ってくれる? なんて聞くもんだから少しは気障な返しをした方がいいのかって思ってな!?

 ほら女の子って大体お姫様に憧れるところがあるというか、俺の周りだとそうだったというか。うん、悪ぃ。ちょっとやりすぎた。」

「あ、あはははは。いや、そうだよね。普通お姫様といえば憧れるものだ。うんうん。

 別に、あれだよ。そう―――君の口からお姫様などと言うメルヘンなワードが出てきたことに驚いただけで、別に他意はない。他意はないんだ。……そういうことにしてくれたまえ。」

「お、おう。わかった。」


 なんにせよ有無を言わせぬその迫力に、アークは頷くことしかできず。

 



「そ、それじゃ改めて行こうか。今日一日、頼りにさせてもらうよ、私の―――騎士ナイト。」


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