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空を切る手がつかむ物


 午後三時の空の下。

 いい昼寝日和とばかりにアークは一人抜け出し、お気に入りの場所まで来ていた。


 アークの暮らす孤児院の隅、狭い庭にポツンと生えた一本の緑。まだ若いその木は真昼の陽光をその葉で受け止め、真下はちょうどよい木陰となっている。

 大きく伸びをすると、くぁーと間の抜けた声を出し木の根を枕にして寝っ転がった。


 アークの視線が自然と上を向く。雲一つない空が目に入り、青色がどこまでも広がっているように感じたアークは思わず手を伸ばした。


 だがその手に掴める物はなく、ただ空を切る。一抹の寂しさを覚えて誤魔化すように目を瞑ると、睡魔に誘われアークはすぐに眠りにいた。



 そんな彼に近づく人影。



 アークと同じような、みすぼらしい格好をした少女だ。だが、青い髪に透き通る緑の瞳、その姿は美しいというよりも可愛らしい。


 彼女はアークを見つけると、その顔をほころばせ一目散に駆けだした。

 そして至近距離まで近づいたかと思うと、寝っ転がっているアークに飛び乗った。走っていたこともあり相当の衝撃がアークの体を襲ったらしく、彼の口から大量の空気が漏れる。



「よーし! アークかくほ~~!」


「ゲホッ……! と、飛び乗ってくるのはマジでやめろ、フィオナ……! つぶれて死ぬ……。」


「しょうがないでしょ~。か弱い私がアーク捕まえようと思ったらこうするしかないんだし?」


「いつも言ってるが、本当にか弱い奴はこんなことしねぇ……。つーか早くどけ……。」



 フィオナと呼ばれた少女は、その言葉を聞いても馬乗りになったまま動こうとせずニマニマと笑いながら言葉を重ねた。


「えー、どーしよっかなぁ~? アークが一緒にお使い行ってくれるっていうなら立ってあげてもいいけど~?」


「はぁ? 買い出しはそっちの担当だろーが。俺はもうチビども寝かしつけんので疲れたの。一人じゃ大変だってなら他の奴当たってくれ。」


「じゃ、ずっとこのままこうしてるね。」


「……おい。」



 しばらくそのままにらみ合いが続いたが、上に乗ったまま動こうとしないフィオナを見て先に折れたのはアークの方だった。



「分かったよ、行きゃいいんだろ行けば。」


「ふふふ、分かればよろしい。ほら立った立った~!」


「お前が上にいたせいでこっちは動けなかったんだっつーの。」



 軽口をたたきあいながら二人は立ち上がる。

 数歩歩いたところで、フィオナは手を差し出した。


「なにこれ。」


「手、繋いで行こ? ほら、アークが逃げないように、さ?」


「まあ、別にいいけど。」



 アークは差し出された手を掴み、フィオナが引っ張るように前を歩き始める。

 繋がった手がやけに暖かく感じられ、ついキュッと強く握ってしまった。



「ひゃっ! くすぐったいんだけど!」


「あ……。悪い、なんか嬉しくて、つい。」


「も~。アークは寂しがりだな~。」



 ワイワイと騒ぎながら、されどその手が離れることはなく。二人分の大きさの一つの影が、午後の街に落ちるのだった。



   ◆ ◆ ◆



 孤児院の周りは少しさびれているが、通りを二つ三つと過ぎれば辺りは活気に満ちてくる。

 二人とも慣れたもので、行きつけの店で買い物を済ます。


 彼らの孤児院では20人ほどが暮らしている。小さい子供もいるとはいえ、数日分の食材を買い込めばかなりの量になる。アークの背負うかごはもうパンパンだ。


 必要な分の量は買い終わったが、ある意味これからが彼らにとっての本番だ。孤児院のルールでは買い出しに行って余ったお金は当番の者が自由に使っていい決まりとなっている。なので買い出しは結構人気―――かといえばそうでもなく、十歳そこらの子供にとってはかなりの重労働。その上余るお金も大したことはないとくれば、むしろ嫌がられる部類の仕事に入る。


「んー。びっみょ~。チョコは買えないかなぁ。アークは何欲しい?」


「ん、俺は別にいい。フィオナが使えよ。」


「アークもたまには意見出してよ~。なにかいいのないかな~?」



 少し太陽も傾いてきた時間帯。そう長くは悩んでいられない。

 帰り道の道すがら、なにか目につくようなものはないかと目を凝らしながら二人並んで歩く。


 ふと、フィオナの目に入ったのは普段なら気にすることもない金具の修理などのちょっとした鍛冶を行っている店。普段は釘やらネジやらしか置いてない店頭にアクセサリのような物が並んでいる。


「うわ! きれーい!」


 彼女が手に取ったのは首飾り。鎖は武骨で装飾もされていないが、先に楕円形の板がつけられており、夕日を浴びて紅に染まっている。


「そんなん欲しがるのか? 結構意外だな。」


「いいじゃない。こうして付けたらお姫様っぽくない?」


「全然そうは見えねえよ。」


「ちょっと、なんでよ〜!」



「おいおい、そいつは売りもんなんだからあんまり触るんじゃねえぞ。」



 首飾りを片手に騒いでいたからだろうか。店主と思しき男が、声をかける。


「そいつは手慰みに作ったもんだが、一応売りもんでな。欲しいなら1000エル払ってもらおうか。」


「えー! ちょっとだけ、ちょっとだけだから!」


「はっはっはっ! そんなたけえもんじゃねえんだ。お小遣い貯めて出直して来な。それとも買ってくか?」


 店主はさっと首飾りを取り上げると、目の前でブラブラと振って見せた。

 ちなみに彼らの財布の中身は150エルである。まるで足りない。



「う~! 一年後くらいに買いに来てやる~!」


「ま、そん時まで売れ残ってたらだがな。多分もう作んねえし。」


「え、どうして!?」


「ほれ、今度立太子の祭りがあるだろ? そん時だったらそこそこ売れるかと思ってこんなもんも作ってみたが、まあなんでもねえ時にこんなメンドイの作んねえよ。」


 店主とフィオナは何やら盛り上がっているが、アークにはこのシンプルな首飾りと祭りの関係性が見えない。あと、これをフィオナがそこまでして欲しがる理由も分からない。



「……おい。これ、なんかあるのか? なんで祭りがあったらこんなんが売れるんだよ。」


「えー! アーク分からないの!? ほら、あれよあれ! お姫様が渡した奴!」


「知らんし、そんなん……。」


「勇者様が魔王を倒しに行くお話! マザーに読んでもらったことあるでしょ!」


「んー、あー、なんか覚えてる、ような。覚えてないような……。」



 その話は『太陽と月物語』というこの国では広く読まれている童話である。

 内容はいたってシンプルで、悪しき存在である魔王を勇者と呼ばれる青年が倒しに行くというもの。


 いくつも人気のシーンはあるが、特に広まっているのは勇者の旅立ちのシーン。


 姫は旅立つ勇者に首飾りを渡す。

 『あなたは私の太陽です』という言葉と共に贈られた真円は勇者の首にかけられた。

 そして姫の胸元には月形の首飾り。

 元は一つであった首飾りは二つに分かたれ、月と太陽となり離れ離れになる二人の間を繋ぐ絆となるのだった―――というシーンだ。


「でね? それが最後は―――」


「分かった! もう分かったから! その辺でやめろって!」


 首飾りについての説明をなおも続けようとするフィオナだが、このままだと際限なく語り続けると感じたアークは話を強引に終わらせる。


「つーか、おっちゃんはもう店じまいしてるし。買い出しに出かけてから結構な時間たってるし。そろそろ帰んないとマザーに怒られんぞ。」


「え~。もうそんな時間? う~、お金貯めてお祭りの日までに回に来てやるんだから!」


 辺りも暗くなってきている。大通りには街灯などもあるが、孤児院の周りにはそんな便利なものはない。暗くなればならず者も湧いてくる。ここ王都が他の街より治安がいいと言えども良からぬことをたくらむ者はいるものだ。


 そうして帰り道を急ぐ二人。しかし、孤児院の門が見えてきた辺りで不意に立ち止まった。

 視線の先には三人組の男たちがいる。ちょうど孤児院から出てきたところのようだ。


 孤児院の関係者―――しかし、二人といい関係を築いているわけではなさそうだ。三人を見たアークとフィオナはその表情をこわばらせ刺々しい視線を向けている。


 うってかわって三人組の方は上機嫌そうだ。フランクに二人へと話しかけてくる。


「やあやあ、フィオナちゃんにアークくんだっけ? お使いかい? いやー偉い偉い。」

「おっと兄貴、こいつらパンと野菜クズしか買ってないですぜ。」

「おっとそいつはいけないな。育ち盛りだってのに。どうだ? おじさんたちがお小遣いやろうか? ほれほれ。」



 そう言うと、袋の中からジャラジャラと音を立て何枚かの硬貨を取り出した。



「っ! うる、さい! あんたたちが! あんたたちが!」


「やめろ、フィオナ! 相手にするんじゃねえ!」


 それを見た途端、フィオナの顔が赤に染まった。そのまま男たちに掴みかかろうとするも、アークが慌てて抑えこむ。


「おいおい、どうした? ずいぶん不機嫌だな? なんか変なもんでも食ったか?」


「そう言う兄貴は、ずいぶんと上機嫌っすね?」


「そりゃあそうだろ。今からしこたま飲み食いできるんだ。こいつらから頂いた金でな!」



 男たちはギャハハハハと下品な笑い声を立てながら、アークたちの目の前で銀貨の詰まった袋を振る。


 羽交い絞めにされているフィオナの目はさらに鋭くなり、アークも思わず殴り掛かってしまおうかと考えるほどに怒りを覚える。

 だが、それは出来ない。目の前の男たちに歯向かったらどうなるか、二人はそれが分からないほど子供ではなかった。



「おっと、分かってるよなぁ? 俺たちに手を出したらこの孤児院がどうなるかってことは。別に手っ取り早くお前らの身ぐるみ剥いでどっかに売り飛ばしてやってもいいんだぜ? あくまで、お前たちが従順であるからこそ、金づるとして生かしてやってるってこと、忘れんじゃねえぞ?」



 そうして三人組は、何もできない二人に勝ち誇ったような笑みを向け、笑いながら去っていくのだった。

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