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マンホールチューズデー

作者: 比我 鏡太朗


 ありがとうと言えなくてマンホールに入った。太陽にバイバイとお別れをして、照りつける日差しをその下で感じた。


 おはようと言えなくてマンホールに入った。太陽にそっぽを向いて下へと降りた。コツコツと響く足音がモーニングコールだった。


 太陽に犯された地球が月を産んだ。犯された地球の青々とした元気な姿が疎ましく月だけを愛でてマンホールに入った。地球よララバイ


 月を見るために、マンホールを見上げた。盗み見る月は、妖艶に地上を誘った。胸の鼓動の高鳴りがコツコツと共鳴する。少しでも月を感じていたくて、マンホールに耳を当てるように覗き見た。

 フワッと浮かんだ月は、雲のなかで踊っていた。その姿を見ながら放尿するのが、日課に為った。マンホールチューズデー


 地上人が撒く煙りが地底に入り込む。地底の臭気より不快なそれらから遠ざかるように身体を縮めて暗闇に背を着けた。


 コツコツと鳴り響く足音やおなごの甲高い笑い声に後ろ髪を引かれるように地上を小さな隙間から見上げては溜め息を吐いた。


 打ち付ける雨音が孤独な暗闇にリズミカルに鳴り響き、地上の世界を歌うのをその薫りと共に想像し、じめじめと纏わり付く湿気に短絡的に掻きむしった血が馴染む。


 そろそろ、出ようと二十日ねずみを口に咥えた頃、下水に浮かぶ何かに心牽かれて地下街を蝋燭片手に歩きだし、露店商やあばら骨の浮き出た隈の下の顔と身体を眺めながら、文明を捨てた人々の営みに馴染み暮らす自分に嫌気と希望を見出だした。半年が経過していた。


 希望を口に出さない事がモットーの下水道の世界は、我が身に馴染み、誰とでも打ち解けられるような諦感を与えてくれた。小汚ない角と角の十字酒場は、下らない与太噺しが蔓延して、地上から夢を捨てた世捨て人が夢を暗闇の壁に投影して、誰も顔など合わせずに薄暗く湿り気を帯びた温もりが盛り上がっていた。


 目の前で、下水に消化物を垂れ流す女の臀部を凝視しながら、虚ろな眼が煌つく下水を歩いた。性欲などとうに絶えてその行為の純然性を母に出会ったような面持ちで見つめ暮らす。母の胸を見まいと意識する心の故郷は、ユートピアの地上の彼方。


 竜宮城に続く道があるぞっと下水に顔を出した亀の頭を何となく追いながら、百科事典を紐解いて行くと、料理屋に出くわしたので、小汚ない風呂桶で亀を掬って差し出した。久しぶりの食事に舌鼓を打ちながら、カラスが鳴くのを懐かしむようにマンホールを見詰めると、丁度猫でも野たれ死んだのか、ガソリンの染み付いた血が流れ落ちて来たので、亀の臓物と一緒にカクテルグラスに注いだ。


 マンホールのマティーニ。暗やむ視界がはぜるように赤く染まる。

竜宮城がおいでなすった。然もありなんと、女の尻を叩いて道端でへたりこんだ少女の手をとり、少年の元へ誘う。地上へお上がり、そう言って。


 きっと、大丈夫。君らは大人になれるよ。そう願って下水に身を浸した。臭気がその温もりを身体に伝えて、太陽の恵みと共に深海へと身体を潜らせた。教室には、段ボールで作られた迷路が設置されており、その縦や横に拡がった教室を丸飲みするような迷路の一画に手紙を隠した。君が探してくれる事を祈って。


 聖書を携えた眼鏡を掛けた女性が蝋燭を片手に向かい側から下水道の暗がりを歩いてきた。年若い女性だ。地上で蝉が鳴いているのを聞きながら、カラスの集団に追われる鷹をいつまでも目で追った。果たして、本当に追われているのか、追っているのか、その光景だけでは判断できず、遥か頭上の天空の営みを只見つめ続けた。その先にある景色を知らずに。不吉な物などこのマンホールの世界には、存在しない、不吉な物が去った後の姿が存在するだけなのだから、


 そう言って、彼女を見詰めると、マンホールチューズデー。


 水曜日に地上へと這い上がった。彼女の目は、澄んでいてその眼を守りたかった。



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