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09 キラキラの王子様

「今回の事はマティアス殿下が原因ではないかと聞いているが、どうなのだ」

「さぁ、どうでしょう?」


マティアス殿下というのは、学園の中庭で美少女とラブシーンを演じていたキラキラの王子様だ。美少女が名前を呼んでくれたおかげで、顔と名前が一致して殿下に関する情報の記憶の引き出しは開いた。

神聖オーキッド国、第36代国王の第二子、第二王子のマティアス・オーキッド様、御年16歳。

目下のところ私の婚約者である…らしい?

自分の婚約者に対して「らしい?」ってまるで他人事のようだと思う、けど。


「どうでしょう…って、ディア」

「はい」

「お前がマティアス殿下の不貞の現場を目撃したと聞いたぞ」

「はぁ、そのようです」


あれってやっぱりそういうシーンだったの?

そういうことだったら、やっぱり婚約者「らしい?」だ。普通に考えて、婚約者がいる人は他の女性と抱き合ったりしないよね。てか、なんでお父様がそんなこと知っているんだろう、あの場に居合わせたのはルシィしかいないから彼女が報告したのかな。口の堅いルシィにしては珍しい。


「相手は誰だったのだ」

「さぁ、存じません」

「存じませんって、相手も見たのだろう」

「見たことは見たのですけれど…」


見たことは見た、キラキラ王子様に負けない、ふわふわピンクの美少女だ。顔はばっちり見た。私の名前を呼んでいたから私の知っている人だとは思うけど…顔しか知らないから記憶の引き出しが開かないのだ。

そう、私の記憶の引き出しは「顔」と「名前」を同時に認識することによってロックが外れるらしい。顔だけ、名前だけではダメなのだ。

朝食と晩餐はお父様お兄様とご一緒するのだけれど、話題に上る方々はその場では名前しか分からないので、記憶の引き出しは開かない。だけど、話の内容でどういう立場の人だとかそういことは推測できる。

反対に顔はわかるけど名前が分からない、これが困る。目の前にいる人物は私が「自分を知っている」という前提で話しかけてくるのだ。その人に向かって「失礼ですけど、どなた?」などと聞けるはずもない。一週間、館に引きこもっていたので、家族と使用人以外に会うことはなかったけど、知っていて当然の使用人たちに名前を尋ねるわけにもいかない。会話の端々で名前が分かったのでどうにかなったけど、ホント困った。

ピンク美少女は同じ学園だし私と何らかの関係がある人なんだろうけど、現時点では名前が分からない。なので、お父様の質問にも答えようがないのだ。


「お前が殿下の不貞を目撃して心に傷を受けたのでは…とルシィは言っていたが、違うのか?」


曖昧な私の返事に焦れたのかお父様は思い切ったように切り込んだ質問をしてきた。

うん、やっぱり情報源はルシィか、カイの可能性もあったけど、あの場にカイは居なかったもんね。


「心に傷……ですか?」

「そうだ」


自然に眉がより首が傾く。心に傷ねぇ…あの時感じた胸の痛みや切なさがそうだと言えばそうだ。「ディアナ」は確かに精神的ダメージを受けていた。それはあの時のディアナであって、今の私ではない。婚約者の不貞現場ともなれば確かに衝撃だろうし、若干14歳の乙女であるディアナが傷つくのは想像に難くない。だけどそれが原因で気絶したり熱をだしたのかと聞かれれば、違うとしか言えない。原因はあくまで「芹那が覚醒した」からであって、不貞現場目撃の衝撃ではない。


「確かに驚きはしましたけど、それ原因ではないと思います」


そう結論付けて答えれば、お父様もお兄様も不思議なものを見るような顔をしている。


「それがどうかしましたか?」

「では、お前は学園に戻って殿下と顔を会わせることをどう思うのだ?」

「そうですねぇ、仮にも婚約者で同じ学園に在籍しておりますので、お会いすることもあるでしょう」

「うむ」

「けれども、婚約者であっても配偶者ではないので…」

「あってたまるかっ!」

「落ち着け、キアラン」

「特にどうも思わないです」

「「……はぁ?」」


お父様とお兄様の不思議なものを見るような顔が、奇妙なものを見るような顔にシフトチェンジした。そんな顔でも様になる美形はずるいと思う。


「私個人の意見としては、婚約者がいるのに別の相手に心を寄せるのは規則違反だと思います、婚約といういわば仮契約をしているのだから順序を守るべきだと」

「ほう、順序とは?」


お父様の顔つきが面白いものを見るようなものに変わった。もしかしなくてもお父様面白がってる?


「婚姻を結んだわけではないのですから、お心を縛ることはできません。けれど仮契約をしているなら、まずそちらを解除してからお好きな方に向かうべきではないでしょうか」

「解除とな?」


うん、お父様、分かってて私に言わせたいのね?


「婚約を解消すればよろしいのです。全てはそれから、自由な立場になってから恋愛なさるべきだと思います」

「…ディアナはそれでいいのかい」


お兄様が身を乗り出すように聞いてくる。


「いいも何も。私の婚約は政治的な配慮によるものだと仰っていたではないですか」


筆頭公爵であるお父様は王国宰相であり、陛下の御学友でもある。次期公爵で現在宰相補佐をしているお兄様は正妃様を御生母に持つ第一王子の御学友。第二妃様を御生母に持つ第二王子と私が婚約することで政治的なバランスをとるのだと。クラニティス家がこれ以上王家と繋がりを持つのを快く思わない貴族もいるけれど、第一王子、第二王子、どちらかの派閥に偏るのもよろしくない…ということらしい。


「…ということは、それ以外で政治的なバランスが取れれば婚約に拘る必要はないでしょう」

「まぁそうとも言える。だがお前に非がないとはいえ、婚約解消という事実は女の方に不利に働くものだし、次の縁談が難しくなるぞ」

「私は一向にかまいません」


縁談っていっても、私はまだ14だ。貴族ならこの年齢で婚約者がいることは珍しくないみたいだけど、芹那の感覚でいったら中学三年生ですよ?まだまだ子供ですよ、おこちゃま。この年で将来を決められるのはちょっとと思うし。

それに恋愛とか結婚とか精神力が必要なことは疲れるし、面倒くさい。ただでさえ面倒なのに、王子とかさらに面倒そうな気がする。平穏無事とは程遠そうで、出来ることならご遠慮申し上げたいところである。

そんな相手に嫁ぐくらいなら行かず後家で結構、現代日本で言うなら家事手伝い上等です!

自分の食い扶持くらいなら頑張って稼げるようなるから、このまま実家において欲しい。

貴族令嬢としては無理だろうとはわかっている。わかってるけど、それが無理なら…


「できるなら私は私がお慕い申し上げる方と、想い想われて結婚したいと思います」


仮面夫婦なんてまっぴらごめんだ。

政略結婚は貴族としては普通のことだろうけど、新生ディアナの私として受け入れがたい。芹那の常識が邪魔をするのだ。どうしても結婚しなくちゃならないなら、それが最低条件だ。あ、もちろん第一希望はいかず後家です!


「お慕いって、殿下以外にそんな相手がいるのか?」

「おりません」


ちょっとお兄様、順序も守れない倫理観ゆるゆるの王子様と一緒にしないでください。そもそも「私」は殿下をお慕いしていませんよ。


「そうか!」

「…何をにやにやしているのです、お兄様。さっきから狼狽えたりにやついたり百面相ですか?」


…と、心の声がそのまま口をついて出てしまった。我ながら塩対応にも程がある。なのになんでそんなに嬉しそうなのよ、お兄様!


「殿下の不貞が事実だとしたら、こちらも公爵家として黙っているわけにはいかない」

「そうですね、事実を確かめてからでないとまずいですが、侮られるのも…」


一転して難しい顔になるお父様とお兄様。


「その結果、万一だが婚約を解消することになってもかまわないと?」

「はい」


だから、さっきからそう言ってるじゃないですかー、むしろ望むところですぅー。


「父上、ディアが乗り気ではないなら、無理に婚約を継続する必要もないですよ」

「確かに、そうだが…」


そうそう、乗り気じゃないんです。

渋面を作っているお父様に、お兄様がなにやら耳打ちする。


「陛下はともかくロザリンド様が黙ってはおるまい」

「根回しと対策は必要ですが、どうとでもなります」

「確かに…しかし、こうなると正式に発表する前で良かったな」


ん?何か今大事なこと言った、お父様?こそこそ話しているから聞き取りづらいです。

ま、いいか、王子の婚約者という面倒な立場から解放されるのならなんでもいい。


「お父様やお兄様が殿下の事で私を気遣ってくださるのはうれしいですが」


確かに人様のラブシーンを覗き見してしまったなんて気まずくて顔を合わせづらくはある。でも好きで見たわけじゃないし。むしろ、気まずいのは私じゃなくて、不貞現場を目撃された殿下の方じゃないかと思う。なので…


「学園に戻ることに何の問題もないですね」



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