05 賢者の行方
現状についていけず半ば放心状態の私、妹を抱きかかえてうっとりと夢見心地のお兄様。
両者の心的状況は正反対だと思うけど、実情を知らない人からは仲睦まじい兄妹に見えるのかもしれない。
兄妹と言うには多分に接触過多だけど!繰り返して言いますが接触過多です。
うん、嫌なわけじゃないんですよ。
こっぱずかしくて死にそうだけど、妙な安心感があるというか。
温かくて、安心する、闇の中で慣れ親しんだあの感覚が蘇る。
でも!!恥ずかしいものは、恥ずかしいんだってば!!
うぐぐぐぐ…私の中の芹那が悶絶しちゃってる。
この状況を打破するにはどうすればいいの!?
働かない頭で考えるも、何も思いつかないよ!
キュウ…クルルル…
何も考える必要ありませんでした。
一昨日の夜から何も食べていなかった空っぽの胃の情けない悲鳴にお兄様がピクリと反応した。
「……ふ」
「お兄様、おなかが空きました」
「ふふ、言わなくても分るよ、ディア」
ですよねー。
笑われる前に自己申告したのだけど、意味がなかったですね!
ようやくお兄様が手を放してくれたので、着替えて階下の食堂へ向かうかと身を起こすと、肩に手を置かれてベッドに留め置かれた。
「朝食…には少々遅いようですが食堂に行きたいのですが?」
「今日はまだベッドから出てはいけないよ」
優しい瞳でゆるりと首を振るお兄様。
チュッとリップ音をたてて額にキスをするお兄様。
何なの、この甘々モード?
お兄様は砂糖で出来てるの?
「何か食べるものを持ってくるから、大人しく待っているんだよ?」
名残惜しそうに私を振り返るお兄様。
いや、食堂に行くだけなんですよね?なんでそんな顔するんですか?
あ、そうか、お優しいお兄様は体調不良の妹が心配なんですね?
でも、大丈夫、すっかり元気ですよ、アハハ。
異世界転生、アハハハ。
笑うしかない、アハハハハ。
「…ハァ」
笑いを通り越すと妙に落ち着いてしまうというか、アレですよ、いわゆる賢者タイムってやつ。うん、そう、賢者。
念押しして部屋を出ていくお兄様を見送って、一息つく。
顔を上げて寝室に置かれた鏡台に目をやると、そこにはお兄様そっくりの色彩を持った少女が映っている。
黒髪とアイスブルーの瞳はクラニティスの遺伝らしい。ついでに言うなら少々釣り気味で勝ち気に見える目も。
お兄様は男性だし、顔のパーツも配置も嫌みなくらい完璧だからクールビューティって感じでいいよね。
でも、私は女だから、このキツそうな目つきはちょっと、残念。
それでも芹那だったころに比べれば格段に顔面偏差値は向上したように思うけど。
先日の美少女はふわふわのピンク髪だし、甘い雰囲気で可憐だったなぁ、ゲームのヒロインみたいで。
比べて私は、少女漫画で言うならば、主人公ではなくライバルキャラにありそうなカンジだ。
ライバルキャラ…ね。うん、ラノベやネット小説なら悪役令嬢ってとこか、公爵令嬢だし。定番設定としては王子様の婚約者とか?王子様と言えば昨日のキラキラ王子は…
そこまで考えて、サァーっと頭から血の気が引いた。
「うえぇぇぇぇーーーーーー!!」
ちょっと待って、ちょっと待てぇぇぇぇぇ!!!
無いから!悪役令嬢とか、無いから!無理だから!!
異世界転生でおなかいっぱいだから!おかわりいらないから!
前世で散々読んだ転生悪役令嬢モノの設定を思い出して、悪寒が全身を襲う。
「ディア!!」
「お嬢様!」
「お嬢様ァ!!」
私の乙女にあるまじき絶叫を聞きつけたお兄様が駆け込んでくる。続いてルシィにカイ。
お兄様はベッドに乗り上げて私の両手を包み込むように握り、ルシィとカイは跪いて私を見上げ、口々問いかけてくる。
「どうした!何があった!?」
「お顔の色がっ…」
「どうなされましたかっ!」
けれど、動揺した私の耳に彼らの言葉は届かなかった。
耳鳴りがする、下がりきったと思った血の気はさらに引いていき、私の視界は暗転した。
賢者…どこ行った。