03 覚醒
青い空、明るい陽射し、きらめく緑、抱き合う男女。
まるで映画のワンシーンのような光景が目の前に映し出される。
えーっと…何かな、これは?
足元の草がキシリと音を立てる。
目の前の二人は驚いたようにこちらを振り返り、目を見張った。
キラキラと陽を弾く金色の髪にエメラルドグリーンの瞳、幼さを残した繊細な顔立ち。スクリーンの中から抜け出たような美青年、いや年齢的には美少年か。
彼の腕の中にいるのは、ふわふわとした淡い淡紅色の髪、ぱっちりと開いた紫水晶の瞳、小柄でいかにも守ってあげたいと思うような美少女だ、ややたれ気味の目が愛らしさを引き立てている。
「ディアナ…」
「ディアナ様…」
えーっと…何かな、これは?
ディアナって私?こっち見てるよね?私…私だよね?
そんな名前だっけ?? うん、そう、そうだ。ディアナ。
私の名前、あれ、芹那、ディアナ、あれ。
てか、金髪はわかる、緑の目もわかる、でも淡紅色?ピンク?薄紫?え、アニメ?漫画?
ちょっと普通にはあり得ない色なんですけど?染めてる?カラコン?
淡い水色の、ヒラヒラのロングスカート、ドレスっぽいワンピとかそんなの?
てか、その服、えーっと、中世、近世だっけか、ヨーロッパっぽい?少なくとも今時の服じゃない。
美少女もそうだけど、美少年も何かの舞台衣装か、え、コスプレ?コスプレか!
でも似合ってる、すっごい似合ってる、そもそも顔が日本人じゃない。
えーっと…誰かな? てか、ここどこ?
現状理解が追い付かず、頭の中は疑問符でいっぱいになる。
思考と連動するように体はカッチリと固まってしまう。でも多分この間30秒(体感)
少女の肩をそっと押して体を離すと、少年がこちらに向かって足を踏み出した。
「マティアス様」
少女は自分から離れていく少年の背中に呼びかける。
その声を無視して私にもの言いたげな視線を向ける少年。
微かに揺らめくエメラルドグリーンの瞳をじっと見据えると、彼の足が止まった。
この人、だれ…?
「ディアナ」
名前を呼ばれて、胸が切なく痛んだ。
私の名、ディアナ、うん、そう。
先ほどまで感じていた胸の痛みが蘇り、苦しくなる。
けれど、視線を逸らすことなく、唇に笑みを乗せる。
「ごきげんよう、マティアス殿下」
そう、この人を私は知っている。
殿下の背後からこちらを見つめる少女に視線を移し、再び殿下に視線を戻す。
「失礼します」
スカートのすそを摘み、軽く足を引いた淑女の礼をして、その場を後にする。
無言で後ろに控えていた侍女が倣うように礼をし私に付き従う。
顔を上げ前方を見据えて歩く私を気遣う気配が感じられ、きゅっと唇を噛んだ。
* * * * * * *
「…お嬢様」
気遣うような控えめな声に後ろを振り返ると、黒いメイドっぽい服を着た女性が私を見ている。
オレンジがかった茶色の髪にグレイの瞳、年の頃は二十代後半といったところか。
でも、もしかしたら、もう少し若いのかもしれない。欧米人の年齢ってイマイチよくわからない。
優し気な顔立ちの落ち着いた雰囲気の人。
足を止め、じっと彼女を見つめていると、背後から別の声がかかる。
「お嬢様」
お嬢様? うん、私の事か、そうお嬢様、お嬢様……。
視線を前に戻すと、先ほどの美青年いや、美少年、てかもうどっちでもいいか、殿下だ、殿下、王子様。あのキラキラの王子様よりは大分一般人ぽい、地味顔の青年。
栗色の髪とヘイゼルの瞳のせいか、王子に比べるとキラキラしてない、目に優しい色彩。
服装もメイドさんと対をなすような…執事っぽくはないか、いや執事とか映画とかゲームとかフィクションの中でしか知らないけど、私セレブとか縁の無いごく普通の一般人だし。執事じゃなくても使用人っぽいカンジ?従僕とか召使とか、そんなの。
うん、私的にはこっちの人の方が落ち着く。けどよく見ると結構整った顔立ちの男性。てか、背ぇデカッ!少したれ気味で優しそうな目元のせいで怖くはないけど、けっこうデカイよね?
年はメイドさん(仮)よりも下で、私よりは五つ六つ上かな。
え、まて、私、先日目出度く…もないけど32になったよ? この人もメイドさんも30代に見えない。どう見ても20代…私より上??って、え?
足を止めたまま動く気配のない私に従僕さん(仮)が近づいてくる。
「馬車の準備ができました、こちらへ」
バシャ?ア、ハイ、バシャデスネ。馬車、馬の車と書いて馬車。
えっと…今時、馬車?旅行で札幌に行った時に見たアレですかね?
「「お嬢様?」」
すうっと頭から血が引いていく、自分でもわかる。
ふらつく頭を支えるように頬に手を伸ばすと、震える指が視界に映った。
白くて細い指の先にあるのはつやつやに磨かれ、形を整えられた爪。
手荒れとは縁の無いような滑らかな肌、黄色人種とは思えない白い手の甲にはシミ一つない。
これ、誰の手?
この時期はハンドクリーム無しではすぐにカサカサなってしまう肌。
キーボードを叩くのに邪魔だし、料理にも邪魔だから、伸ばすこともネイルをすることもない爪。
薄いのでちょっとでも伸ばすと割れてしまうのでいつでも短くしている。
これ、誰の手?
意のままに動く手は明らかに私のものであることを主張している。
でも全く見覚えのない他人のような手。
「「どうかなされましたか?」」
メイドさん(仮)と従僕さん(仮)すっごく心配そうにこっちを見てる。
えーと、ごめんなさい、なんかもう無理。
ごめんなさい、ホント無理。
大事なことなので二回言いました。
「ごめ…もう…無……」
口に出した三回目が意味を成す前に私の意識は途切れた。