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15 その時何が起こったか(前)

マティアス視点

前半一人称、後半三人称

 音もなく目の前で閉められる木製の扉、硬質な木材で作られた扉は相応に重い。従僕を付き従えてこの場を後にしたディアナと俺の間を隔たてる扉にその質量以上の重さを感じ、そっと陰鬱なため息を漏らした。


「あーあ」


 扉に、その向こうにいるはずのディアナに向いていた意識を呼び戻すような、ため息混じりの大きな声。もちろん俺のものではない。声を発したと思われる人物を振り返れば、遠慮のない視線を向けられる。ディアナが居た時に浮かべていた取り澄ました表情は消え失せている。


 ディアナを見送ったときには俺の後ろに居たはずなのに、いつの間にか応接に戻っているシエルは俺に向けていた視線を外すと、長椅子に身を投げ出すように体を預けた。ディアナが座っていた場所を確かめるように撫で、背もたれにもたれ掛かる。同性であるにもかかわらず、どこかしどけない仕草に目のやり場に困る。そんな俺の気持ちを知ってか知らずか、わずかに圧を感じる海緑色の瞳で俺を見据え、視線で向かいの長椅子に座るように促される。


 エリクは護衛、シエルは側近であるが、それ以前に親しい友人でもある。ディアナと従僕が居なくなった室内には俺達三人しかいない、ともなれば自然と砕けた口調になる。常ならば心地よい気安さであるが、これから耳に痛いことを言われるであろうことは長年の付き合いからわかっており、少々面白くない気分で席に着いた。ついでエリクも先ほどシエルが座っていた椅子に腰を下ろす。優雅でありながら横柄な態度、まさに慇懃無礼という体で俺に向き直ったシエルは一瞥をくれると、そのまま今度は肘掛けにもたれ掛かった。顔はこちらに向けたままだ。


「マティアスは本当にアレで良かったと思っているのかな?」

「…何のことだ?」


 言われなくても、先ほどのディアナへの対応はお世辞にも良かったとは言えないことはわかっている。しかし、少なくとも誤解だけは解けたのだから、ギリギリ及第点ではないだろうか。


「賭けてもいいけど、ディアナ嬢は絶対分かっていないと思うね」

「む…」


 誤解すら解けていなかったのだろうか?いや、そんなことはない…はずだ。ディアナは『はい』と答えたではないか。


「エリクはどう思う?」


 突然、水を向けられ、一瞬たじろいだような色を浮かべた琥珀色の瞳は、逡巡するようにゆっくりと伏せられる。幾許かの間を置き、顔を上げると考えるように胸の前で組んでいた左手を顎に添え、控えめに言葉を紡いだ。


「……確かに殿下は言葉が足りなかったように思う」

「だろう、アレで分かったらその方が不思議だよ」


 エリクはシエルと違って普段から口数が多い男ではない、その分一言が重い。わが意を得たりといった顔のシエルは追い打ちをかけるように続ける。


「大体、女の子をお茶に招いておいてだんまりとか有り得ないね」


 シエルの言に、口数が少ない代わりに行動で示すエリクは腕を組んだまま、うんうんと頷いている。確かに自分でも言葉が少なかったかなと思うが足りないほど…では……足りなかったか。最初はディアナが当たり障りのない話題を振ってきてくれたのだが、フローベル子爵令嬢との事をどう説明したものかとそちらに考えが行ってしまい、つい返事が疎かになってしまった。碌な返事を返さない俺にディアナも黙ってしまい、黙ってしまったディアナにどう切り出したものかと…今なら冷静に思い返せるのだが、ディアナを前にするとどうにも上手くできなかった。


「で、アンジェリカ嬢と何があったんだよ」


 何がと言われれば、何もなかった。たまたま巡り合わせが悪くアンジェリカ・フローベルと一緒にいたところをディアナに見られてしまっただけだ。そこに至る経緯まで事細かに説明しろというのか。


「………」

「こんな気づまりな茶番に付き合わせておいて、まさか俺達にまでだんまりとかないよ、ね?」

「……何もない」


 ずばりと言われて、若干口ごもる。とりあえず空とぼけてみたが、シエルは追及の手を緩めてはくれないだろう。エリクも黙ってこちらを見ている、琥珀色の瞳は穏やかだが、誤魔化しを許さない色をしている。


「マーティアース?」

「……別に、本当に大したことじゃないぞ」


 仕方ない、観念した俺は渋々あの日の事を語りだした。


* * * * * * *


 一週間の授業を終え、教室から寮へと向かう。心地よい風、温かな日差し、放課後の開放感、新年度が始まってもう間もなく一ヶ月が過ぎようとしている。

 校舎や中庭のそこここに点在している新一年生たちも随分と学園に馴染んだように見える。数人で固まっては和やかに談笑している。魔力持ち、即ちほぼ貴族で構成されている学園なので、ほとんどの生徒は入学する前に顔見知りだ。貴族社会は広いようで狭い。社交と言う名の情報交換や交友関係は非常に重要であり、子供であっても親に連れられてお茶会や節目節目の行事などに参加する。そこで誼を得て彼らなりの交友関係を築いていく。学園生活はその延長線のようなものだ。

 しかし、学園生活が貴族の社交と違う点が一つだけある。王立魔法学園は魔力を有する「全ての国民」が通うのだ。全て、つまり魔力があれば身分は関係ない。多いとはいえないが平民階級の学生も在籍している。そうして彼らは貴族の子女が幼いころから培ってきた交友関係には含まれない。


 ぼんやりと中庭を眺めていたマティアスが、ふと視線を巡らせば、一年と思われる女子生徒数名が前方を歩いていた。目を引いたのはその中に一人。なぜなら彼女は社交の延長線に属さない生徒だからだ。身なりこそ標準的な貴族の子女だが、立ち居振る舞いはどちらかと言えば平民のそれに近い。しかし、数少ない平民達に属するかといえば否である。どれだけ平民に近くても、彼女は子爵令嬢であり、貴族なのだ。


(アンジェリカ・フローベル…)


 フローベル子爵の庶子であった彼女が王国貴族として認められたのは数か月前。貴族としてのお披露目は7歳もしく12歳が一般的であり、フローベル嬢の14歳――学園入学直前というのは稀である。どの家にも事情というものがあり、14歳は確かに遅く珍しいことではあるが、ないことでない。遅い分それなりに盛大なお披露目を行ったという。王族という立場上、マティアスもその辺りの事情については聞き及んでいた。


(しかし、何故…)


 14歳でお披露目ということは、それまでに構築されている同世代の社交関係に途中からの登場となる。貴族の子女であるならばお披露目前にも身内を中心とした社交の場があるが、庶子である彼女にはそれもない。結果として同世代の間では浮いた存在となっていた。その彼女が他の女生徒と一緒に何の為に、どこに向かっているのか。


 淑女の後をつけるような真似は褒められたことではないが、疑問に思ったマティアスは少し距離を置いて彼女たちを追うことにした。



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