14 お茶会
王立魔法学園、第一応接室。
本来、学園の職員や教師たちが来客に対応する為のものだが、王族や高位貴族が在籍する学園では生徒が私的に使用することもままある。
もっとも格式が高く王族が頻繁に使用する第一応接室は別名サロン、その名に相応しく上質の家具が設えられ、適度に配置された装飾品と相まって落ち着いた雰囲気を醸しだしている。
…のだが、そのはずなのだが…いつもなら快適な長椅子が妙に居心地が悪い。
その原因がテーブルを挟んで座っている人物にあるのは一目瞭然だった。
学園に戻るや否や、お茶の招待という名の呼び出しを食らった。
そんなに慌てなくても逃げやしないのにと思いつつも、あまり気乗りしないお茶会へと足を運んだ放課後。サロンに招き入れられ、当たり障りのない挨拶を一通り交わし、お茶をいただき、今に至る。
―― マティアス殿下、無言で10分経過。
沈黙の10分ってかなり長いですよね!
手持ち無沙汰で手元のカップに目を落とす。口実にするだけはある珍しい異国のお茶はまるでジャスミンティーみたいな薄い黄色をしている。微妙に温くなってしまっているけどね。
(速攻で呼び出すくらいだから言いたいことがあるんだよね?)
カップから視線を上げて顔を見ると、ぱっと目を逸らされる。
(逸らすってことはこっち見てたんだよね?)
時折、もの言いたげに唇が動くのだけど、目が合うと逸らして黙ってしまう、この繰り返し。
(あーもうっ!だーれーかーこの状況なんとかしてぇぇ)
あ、ここにいるのは私と殿下だけじゃありません、未婚の男女が二人きりというのはよろしくないので、そこらへんはちゃんと考慮されています。まぁ王子様ですからね、護衛やら側近やらが控えているのは当然っちゃ、当然なのです。私の頼りになる従僕のカイもちゃんと背後に控えてますよ。
(たーすーけーてぇぇぇ)
淑女らしく取り澄ました表情を崩さぬまま、背後のカイに念を送る。
が、背後にいるので気づいてくれない。気づいたって王子様を相手にしてどうにかできるわけないんだけど…うぐぐ。
マティアス殿下の背後に無言で控えているのは多分護衛の人。長身でしっかりとした体躯、精悍な印象を与える輪郭と目元、如何にも騎士様って感じの人。少しクセのある短い茶色の髪に琥珀色の瞳で、年はキアランお兄様と同じくらいかな。
目が合うと少しだけ目元が和んで、見守ってくれてる感じはするんだけど、それだけ。助けては貰えなさそうだ。
一方殿下から見て右手、私の左手に座っている男性は私や殿下と同じくらいの年頃、年齢的に学園の生徒っぽいし、側近かな。褐色の髪に海緑色の瞳、整った顔立ちで殿下とは別のタイプのキラキラだ。こちらも無言だけど、取り澄ました顔で優雅にお茶を飲んでいる。傍観を決め込んでる風で、助けを求めること自体が無駄っぽい。
―― マティアス殿下、無言で20分経過。
……喋ったら負けのゲームか何かなの?
ただでさえ昨日からリアル推理ゲームの連続で神経すり減らしてるのに、謎の沈黙ゲーム強制参加とか、なんなの?罰ゲームなの?てか何の罰なのよ!
そう、推理ゲーム。もしくは顔と名前の神経衰弱。
昨日、目立たないように寮に戻るつもりだったのに、私の姿を目ざとく見つけた御令嬢たちに囲まれてしまった。
一週間休んだ私を心配して声を掛けてくれるのは嬉しい、嬉しいのだけど……。
お嬢様方は私を知っていて「私もお嬢様方を知っている」前提で話しかけてくるのだ。しかし私には分からない。道端でいきなり「久しぶり」と見覚えのない人に声を掛けられ、当たり障りのない対応をしつつ記憶の糸を手繰るあの感覚。アレですよ、アレ。決して「このひとだれ?」と思っていることを悟られてはいけない。冷や汗をかきつつも、そんなことはおくびにも出さず、会話の端々から名前を探り、顔と一致させる。どうにか乗り切り自室にたどり着いた時には疲労困憊でしたよ。
そして恐れていた通り、悪夢の推理ゲームは朝の教室でも繰り返されたのでした。
で、放課後。
推理ゲーム再びかと思えば、今度は沈黙我慢大会ですよ。
もう、喋ったら負けのゲームだと思うことにした。私に付き合う義理はないんだけど、まぁいいや、どうでも。黙ってるだけなら、推理ゲームよりも疲れない。護衛さんと側近さんの名前が分からないけど、話しかけられないなら困らないし。
とりあえずお茶を淹れなおして欲しいな、すっかり冷めちゃったし。でも、あんまり飲むとトイレに行きたくなっちゃうかな。あ、トイレを理由に御暇するのはどうだろう。淑女としてはかなりダメっぽいな。体感的にはものすごく時間が経った気がするけど、実際は今何時なんだろう。私は座ってるからいいけど、カイと護衛さんは立ちっぱなしだし、疲れないのかな。
「殿下」
あ、護衛さんが喋った。負けだねー
「マティアス」
側近さんも負け。
「ディアナ」
殿下も負け。
ゲーム終了かな。じゃあ喋ってもいいのかな。
「………先日のことなんだが」
漸く、まさに「声を絞り出すといった体」で切り出す殿下。
この流れでいう「先日」ってアレだよね。話の腰を折るのもなんだし、もう少し黙ってよう。
「何か誤解があったように思うのだが、そのようなことは何もない」
「はい」
顔はこちらを見ているのに、微妙に視線を外してくるので目は合わない。どこか不機嫌な様子で、それだけ言うとまた黙り込んでしまった。
(まぁ、あんなとこ見られちゃあ、気まずいよね)
気持ちは分かるけど、奥歯に衣着せた言い方で全く要領を得ない。
でもまぁ弁解したいことはわかる、けど弁解する必要なんかないのに。
(何かこっちこそ、ごめんね、倫理観ゆるゆるとか思っちゃって…って、誤解ってそういうこと?)
そもそも、私、そんなこと言える立場じゃなかったです。
婚約は仮契約だと思っていたけど、仮契約すらしてませんでした。婚約者(仮)、仮契約の更に仮、口約束レベルでした。
内々に約束を取り交わしていたし、貴族間では周知の事実として、周囲から「第二王子の婚約者」として扱われていたけど、諸事情により正式には発表しておらず、婚約証書も交わしてませんでした。
なので、殿下が美少女と抱き合おうが、チューしようが(してないけど)何の問題もないわけで、決して、私が思うような「倫理観ゆるゆるの節操無し王子様」ではなかったんですよね。
イヤン、私ったら勘違いしちゃってハズカシー。
再び訪れる沈黙、流れる微妙な空気。
殿下は仏頂面。
護衛さんは無表情。
側近さんは取り澄ました顔。
三人とも先程と変わらない顔してるけど、微妙に雰囲気が違う。
続く沈黙。
これは喋ったら負けゲーム、2ラウンド目かぁ?
…と思ったところで。
カラーン、カラーン…
試合再開のゴングではなく終了の鐘がなった。
五の刻を告げる鐘は下校を促す合図だ、半刻後には学舎が閉められてしまう。ちなみ寮の門限は六の刻。
試合終了を告げる鐘の音と共に、沈黙のお茶会はようやくお開きになったのだった。