13 願い
キアラン視点
本日二度目の投稿です。前話からお読み下さい
一昨日から、幾度こうして眠るディアナの顔を眺めただろうか。
昨日、悲鳴を聞きつけ慌てて戻ってみれば、ベッドの上のディアナは顔色を変え呆然としていた。唇は戦慄き、虚ろな瞳は誰も映してはいなかった。そうしてそのまま頽れるように意識を失ってしまった。
眠り続けるディアナ。蒼い月明かりに照らされた顔は一層白く儚げで、このまま月の神に誘われ、その御許へと旅立ってしまうのではないかと不安を掻き立てられる。馬鹿な事をと分かっているのに、その都度、頬に触れ、存在を確かめずにはいられない。
何度となくそんなことを繰り返すうちにいつの間に眠ってしまったようだ。掠れたようなディアナの声に弾かれるように身を起こした。
ベッドに横たわったままのディアナに近寄ると、両手で頬を包むようにして、顔を覗き込む。
(……涙?)
すでに乾きかけているが、目尻に濡れたような跡が残っている。
(泣いていたのか、どうして…)
どうしたのか、何があったのか、一昨日から問い詰めたいことばかりだった。けれど、ルシィの話が事実ならば、迂闊に口にしてディアナを傷つけるようなことがあってはならない。
喉の渇きを訴えるディアナに吸い飲みで水を飲ませると、ほっとしたように息を吐いた。漸く声がでるようになったディアナは私を気遣い、部屋に戻って休むようにすすめてくるが、気丈に振舞いながらも、どこか不安げな様子のディアナを前にして、到底そんな気にはなれない。何より私自身が傍にいたいのだ。
吸い飲みをサイドテーブルに戻し、傍に有ったランプを手に、書棚を眺める。繊細で儚げな見た目に反して些か大らかすぎるきらいがあるディアナだが、愛書家だけあって蔵書は几帳面なくらいきっちり管理している。視線を巡らせば、懐かしい背表紙が目に入り、ふっと口元を綻ばせる。
(日記か……)
文字を覚えたばかりのディアナの日記は、最初のころは習った文字の羅列で、意味を成していなかった。しばらくするとその日に習った単語の綴り練習のようになり、やがて短いながらに文を綴るようになった。拙い文章で綴られる日常は微笑ましく、書き上げた日記を嬉しそうに見せにくる姿は愛らしいの一言に尽きた。
日記を見せながら一日の出来事を報告してくるディアナ、庭の木に小鳥が巣を作ったから一緒に見に行こうと誘い、今日はカイと遊んだの次はお兄様も一緒よとねだり、ルシィと一緒にお菓子を作ったのと言っては少し焦げたクッキーを持ってくる。荒天の夜は一人寝が怖いとベッドに潜り込んできたりもした。そういえば、一人寝を淋しがるディアナに添い寝をするのは日常の事だった。あまりにも私にべったりのディアナに父は少々残念そうでもあり、ソフィーは呆れ顔であった。
懐かしい気持ちで思い返しながら、ランプの灯りを消し、ディアナのベットに近づくと、隣に滑り込んだ。
「お兄様…?」
「わざわざ部屋に戻らなくても、こうすれば風邪を引いたりしないだろう」
幼い頃のように身を寄せて、頬をなでれば、ディアナは大人しく為すがままになっている。お話をねだられて、小さなディアナが眠るまで色々な話をしたものだ。他愛のないおしゃべりは共にいられない時間の隙間を埋めてくれた。請われるままに物語の読み聞かせもした。創世の神話を題材にした子供向けの物語をディアナは特に好んだ。気に入った物語は何度でも聞きたがり、同じ話を繰り返すのに少々辟易したものだった。思えばあの頃に読書を好む素地が作られたのかもしれない。
懐かしい気持ちで言葉を紡げば、腕の中にいるディアナはいつの間にか目を閉じていた。
「…ディア?寝ちゃったの?」
問いかけに答えたのは安らかな寝息。頭を撫で、目元に残った涙の跡に口づけを落とす。腕の中の温もりは幼い頃のまま、いつも後を追ってきた小さな妹。幸あれと願い、慈しんだ。
(…ディア、お前に訪れる眠りが安らかであるように)
お前の為なら、私はきっとなんでもするだろう。その瞳が悲しみに濡れることがないように、いつでも笑顔でいられるように。祈りにも似た思いが胸に去来する。
全てのものから護ってみせる。
――失わない、二度と。