01 序
時刻は深夜、酔客を吐き出した最終電車がホームを出ていく。自宅最寄り駅の改札を出ると、冷たい空気にぶるりと肩を震わせた。コートの襟を掻き合わせ、空を見上げる。ぽっかりと浮かんだ月は冴え冴えとした光を放ちながら地上を見下ろしていた。
「いい月だなぁ」
明日もきっといい天気だろう、冬型の気圧配置だもんね、シーツを洗濯しようかな、そんなことを考えながら、芹那は歩道を歩きだした。
金曜日、残業、帰りに同僚と軽く一杯のはずが、少々飲みすぎてしまったようだ。冬場でも「とりあえず一杯目はビールだよね~」と始めたものの一杯で済むわけもなく、アツアツのおでんを肴に日本酒へと進んでしまった。出汁のしみた大根の味を思い出し、この週末はおでんを仕込もうと心に決める。さっき食べたばかりなのに、どんだけおでん好きなのよ!私!とセルフツッコミせずにはいられない。さらに、旅先で購入した大吟醸の封を切るかな、とも。
つらつらと考えながら歩くうちに酔いも冷め、のどに渇きを覚えた芹那はコンビニに立ち寄ることにした。あと少しで自宅なのだが、寒いし温かいコーヒーが欲しかった。ついでにコンビニスィーツと緑茶のペットボトル、某ウコン飲料はなくてもこれくらいなら二日酔いにはならないだろう。買い物かごを手にレジカウンターに向かう芹那は店に向かってくる乗用車が蛇行しているのに気づかなかった。
ガガガガガともゴゴゴゴゴとも形容しがたい轟音に驚き、反射的に顔を上げると、歩道に乗り上げて突っ込んでくる乗用車が目に入った。
「え?」
本能的に身を伏せるが、それが功を奏することはなく、ガラスの割れる音と衝撃が芹那を襲う。そこで芹那の意識は途絶えた。
「コンビニエンスストアに飲酒運転の車が突っ込み、店内にいた女性客が死亡」
翌朝のテレビで報じられたニュースが自分の事であることを芹那は永遠に知ることはなかった。
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