2.シゴウ
実に有意義な話が出来たよ、うん。
一口に魔物と言っても、多種多様な種族がいる訳で、それら一つを取ってみても魔王を信奉する派閥があったり神を崇拝する派閥があったり。
スライムのような原生無機生物ですらも階級によるヒエラルキーや縄張り意識があり、スライム同士の抗争があったり…
また逆に、同種族でも階級を問わず氏族という繋がりで村落を形成する種が多数だそうで、この氏族が違うだけで同種同士で抗争を起こしたりする…など、初めて聞くような話が盛り沢山でね、非常に見聞が拡がった思いだ。
さらに、よく同一視されるが魔物と魔族は全く別物だという話も聞いた。ちなみに、先だって「魔族や魔物という呼び方は人間が一方的に決めたものだから、当人達へは氏族名や個人名を確認してそちらで呼んで欲しい」と悲しそうな目で訴えられたからな、俺はこれからそうしよう。
とはいえ、ひとまず人間の概念として便宜上「魔物・魔族」と呼ばせてもらう事にして、話を進めさせてもらう。
魔獣は魔物に大別されるとしても、魔物と魔族では住まう世界が全く違うそうだ。この俺達の生きる物質界の上位次元に天界や魔界という世界があるというのは人間の間でも知れた話ではあるが、魔族や天使が物質界に干渉する場合、この物質界の生命体を依代として意識を肉体に封入して顕現するのが定石だという。
しかし肉体という檻を使う以上、能力はかなり制限される上に物質界の制約として人間が使える程度の魔法しか使えない、と。
ちなみに、よく召喚魔法などで天使や悪魔を呼び出すものがあるが、あれはまた別の原理だそうだ。術者が支払う莫大なMPを原料として超限定的に異空門を開き、魔界ないし天界から攻撃なり補助なり契約した通りの効能を発現させる。
なお、この時発現される効能は、単に契約時にあらかじめ定めた内容を反復しているだけなので、被契約体である天使や魔族が毎度毎度、物質界に顔を覗かせている訳ではないそうだ。
まあ、召喚内容の履行に必要な分の魔力は、自動的に消費されていくわけではあるが。
ーーとなると、『あの時のアレ』はそういう事に…ふむ、やはり有意義な話だな。長い間の疑問が、すとんと腑に落ちた。
これに対し魔物は魔界の瘴気から自然湧出し、異空門から物質界にやってきて肉を得、そこで生物として繁殖を続けた存在なのだという。
ルーツは魔界だが純然たる生物というのが魔物の定義だといえば分かってもらえるだろうか。
さて、ではこの魔王…シゴウと名乗ったこいつは何者なのか?
答えは『半分魔物で半分魔族』…なんだそうだ。わかりやすく言えば「半幽半物質」となるだろうか。魔族と魔物の中間くらいという事らしいのだが…分かりづらい?まあもうこれは、こういうものだと思ってもらうより他ない。説明のしようがないのだ。
全てではないが、竜の眷属は大多数がこの括りになるらしい。
幽質の特性を備えるゆえに強大な魔力を行使でき、物質の特性として安定して物質界に存在し得る。まさに物質界に適合した種族と言える。
ではここで、さらに問いだ。
何故そんな最強種とも言える竜の眷属に、俺が勝てたのか?
答えは簡単、努力と根性…だ。
そもそも人間という種は、人間だけの特権として他の生物には真似出来ないほど並外れた努力をする。それによって、強大な魔物の軍勢にも太刀打ちが出来るのだ…と、お褒めを頂いた。
努力と言えば、こんな話もしたな。
魔物は魔物で独自の言語を持っているのに、何故シゴウは人間の言語を使えるのか…と。
俺は魔物使いの戦職技能『意思疎通』で、何となくだが魔物の言語は理解できるのだが、見たところこいつにそれはない。
答えは、
「…勉強、したのじゃ」
…だ、そうだ。魔王といえど人間を脅かすだけでなく、人間の文化を理解しようとする姿勢に涙がこぼれそうになった。
…ん?そんな話が聞きたい訳じゃない?
ああ、そうだったな。俺が話した内容を一つも語っていなかった。
俺からは…まあ、俺が見聞きした人間の国々の様子や情勢なんかを話したんだ。
先に話した水の都に、砂漠のオアシスに君臨する王国、神官だらけの妙に硬っ苦しい神殿や冒険者を上級職へと誘う転職場なんかの話をな。
…なに、これも違う?じゃあ一体何を…
「ウォルドや…いつまでも何をしておるのか?」
威厳など異空門で彼方に吹っ飛ばしてしまったかのような猫なで声が、俺の背中から指を這わせてくる。
「ああ、すまんな。少し物思いに耽ってしまった」
指を包むひんやりとした鱗は滑らかであり、火照った肌に心地よい。
「早う…七分も待たされては、身悶えもしようぞ」
やれやれ…これで老い先短い年寄りだと言うんだから、たまったもんじゃない。
「気持ちは分かるが、あまり絞られても俺の身が持たんぞ…」
「ん?また気力回復の魔法の出番かの?」
いや、そうじゃねぇんだけどよ…
天蓋に抱かれた巨大な寝床。シーツは極上の絹。これまた極上の絹で仕立てられた純白の肌掛けは乱れて床に落ち、大理石に合わせた真紅の絨毯と鮮烈なコントラストを醸し出している。
豪奢なシャンデリアは柔らかな光で俺達を包み、その造形を純白の寝床に焼き付ける。
枝垂れかかるように…すると、のしかかってる風にしか見えん体格差の浅葱色の鱗が、熱く甘い吐息を吐きかける。
「嗚呼、ウォルド…ウォルドや…ほんに、愛しい…」
ああはいはい、ウォルド、俺はウォルドですよ。返事の代わりに、巻き付けてきた尻尾を指先でなぞる。後頭部を抱くような分厚い胸板に、背中が埋もれるほどに柔らかな腹。
…魔王って、もっと硬いと思ってた。
ああ、先に言っておこう。体付きは雄体だがシゴウの種族に雌雄の別はないそうだ。
曰く、両方ついてる。
雄体に喜んだのは俺の方だ。ホモ注意。
が、しかし…まさか5分も休憩をもらえないとは。日の上り具合から、半日少々は経過したのは確認した。
もしやこのまま、ヤる気を魔法で回復しつつシゴウの寿命が尽きるまで相手させられるんでは…
「ところでシゴウ、俺のどこが気に入ったんだ?人間の基準で言えば、俺など下の下だぞ」
糸目という程でもないが、小さく細い目。太く毛の濃い眉に隠れてしまいそう…いや、実際、たまに視界を阻害される。丸めて潰したような鼻。薄く固く、小さい唇。そしてそれらが日に焼けた浅黒い肌に載っている。
…人間としてはコンプレックスの塊なのだ。体毛も濃いし。
だから、何故俺なんぞに一目惚れなど…と、背の竜人に問えば、答えとばかりに肩に竜の顎が乗る。バフバフとシーツを叩く尻尾のおまけ付きだ。
「人間の基準なぞ知った事ではない。余は余の基準でお前を見、そして惚れたのじゃ。筆下ろしがお前で嬉しいぞ」
まあ水揚げでも筆下ろしでも…
…初めてなのか!?
「ふむ、意外かの?まあ、人間の観念からすれば左様であろう。老いさばらえた王ならば、幾人もの子をこさえておるからのう」
思わず顔に出ちまったようだな…
「しかしまあ、驚いて聞いてもらおう。余の種は筆下ろしと妊娠が同義なのじゃよ」
いやまあ、お望み通り驚いてやってるよ。
…ってゆーか、
「人間との間に子供なんぞ出来るのか?」
もっともな疑問をぶつけてみる。
「厳密に言えば、遺伝情報さえあれば子は出来る。お前が断れば、髪の毛でも皮脂でも拝み倒してもらうつもりであった」
お望み通り以上に驚いてやったぞ!満足か!!
なんだその無茶苦茶な生態!!!
…うーん、しかしこれは…つまり…
…魔王、孕ませちまった。