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【1】異世界へようこそ

2話目です!


桜の木に緑の葉が見え始める頃、眩しい太陽の光が個室の病室にある花を照らしている。その病室には輝く花とは対照的に大雨の日のように目元に洪水を起こしている長い黒髪の制服姿の女の子がいる。その横にはベットに洪水した顔面を埋める女の子の頭をよしよしと撫でている、よくある入院服をきている男の子がベットに上半身を起こして寝ている。


「薫、もういいから、そんなに泣かないで。ってちょっと!シーツで鼻かむなよ!」


鼻をかみ始めた辺りから撫でるのでは無くチョップで頭をガシガシと叩いていた。


「だって〜!わだじのせいで!わだじのぜいで〜!うわぁぁぁん!」


「もう、よしよし。薫のせいじゃないよ。あと、ちょうど柔道辞めたいと思ってたし」


「ほんと?湊。本当にやめようと思ってたの?」


「だって柔道ばっかりの人生だったし、高校入ったら薫と同じ部活に入るって約束してたでしょ?中学の頃は僕に合わせてくれたんだし、辞めるきっかけになってちょうど良いよ。」


「でもでも、昨日頼まれた道着持って来たら帰る時顔埋めて泣いてたから、本当は辞めたくなかったんでしょ?」


「ゲッ!見てたのかよ」


「やっぱり!み〜な〜ど〜!ごベんなざい〜!」


「わ、わかったから!だから俺の服で涙拭くな!あ!おい!鼻かむなって!そのくだりはもうさっきやったよ!」


再びガシガシと頭にチョップをする。


「あの猫、今どうしてるかなー?ねえ、薫。どう思う?」


「え?こっちは命がけで助けてやったのにさっさとトンズラしやがって許せん。」


「まぁ、命がけで助けたのは僕だけどね」


我が物顔で起こる薫にツッコミを入れる。その猫というのは、今湊が入院している理由に繋がる事故の時の話のことだ。

あれは高校の合格発表の日のことだった–––––






「あーーーーーー緊張したーーーー!!!湊が受かっててよかったよ!」


「あ、自分のことじゃなかったんだ。でも受かっててよかったよ。急に同じ学校に行こうって言われた時は焦ったよ。薫、なんだかんだ言って頭いいもんね」


「逆に違う学校に行こうとしてたのが意味わかんない。ねえ、ちょおっと待って、なんだかんだってどういうこと?私はちゃんと頭いいわよ!」


高校からの帰り道、無事に二人とも合格していて、やっと心の重荷が取れた気がして軽やかな気持ちで歩いている。今はポカポカと叩かれているが。戯れ合っていると、目の前にお洒落なカフェが見えてくる。ここ最近は緊張でご飯を少ししか食べられていなかったのでお茶でもしていかないかと薫に提案する。


「いいね!もちろん湊のおごりね。」


「なんで!?」


「勉強教えてあげたでしょ?バイト代よバイト代」


そう言いながら小さなベルがついた扉を開けてコーヒーの匂いが染み付いた店に入っていく。席は自由席だったみたいだが、湊たちと同じように制服を着たままの人たちが多く溢れていた。


「ねえ湊、あの窓側の席でいい?」


「いいよ、好きなところで」


「了解!」


ふざけて敬礼をしてから席に着く。席にメニューは一つしかなかったので、交互に見るのが普通なのだろうが、薫は見せる気なんてさらさら無く、勝手に僕の分まで頼んでしまった。メニューぐらい見せてくれよと文句をいうと、だって私が二つとも食べて見たかったんだもん。と答えた後上目遣いで

「ダメ?」と聞いてくる。つい「い、いいです。」と答えてしまう。


薫は感じていないのだろうが、他の制服を着ている男たちの視線が痛い。てか、この視線殺気すごくね?と思っているとコーヒーと朝からパフェとパンケーキがきて、両方一口味見した後、「朝からパフェはないわ」と言って押し付けてきた。なんだこいつは!ないわとか言うなら頼むなよ!と心の中で文句を言いながらも、一口食べると意外と美味しかった。


無言で食べ続けるとニマニマと笑いながら見てくるので「なに」と聞くと、「いやー、別に〜。ただ私の見立ては正しかったと言うことがわかっただけー」と意味のわからないことを言っていた。あまり気にしないでコーヒーを一口飲むと、美味かった。ここのカフェは値段の割にうまいのかもしれない。

これからお世話になるんだろうな。・・・今更だけどパフェをこんなに寒い時期に食べたら余計寒くなるんじゃ・・・


お会計を済ませて駅に向かって歩いていると、一匹の白猫が細い路地裏から出て来て目の前を横切っていく。


「あのさー湊、黒猫が前を横切ると縁起が悪いって言うじゃん。」


「うん。それがどうしたの?」


「じゃあ逆に白猫の場合はどうなんだろう?」


「知らないよそんなの。でもなんで黒猫だと縁起悪いのかな?」


「さあ、知ーらなーい!あっ、猫ちゃんよ、今は危ないぞ」


車の往来が激しいなか白猫は飛び出そうとしていた。薫は尻尾をいきなり掴んで怒られていた。その様子を笑いながら後ろから見ていると白猫がピクリと耳を立てて急にこっちを見て来た。


それにつられて湊は猫が見た方を見るとトラックがゆらゆらと蛇行していることに気がつく。すると、うたた寝をしていたせいで左手で持っていたハンドルが大きく左にずれた。その先には白猫と車に気づかず猫にちょっかいをかけ続ける薫の姿があった。


『ドバーーーーーン!!!!!!』


「っ!・・・イタタ、なに、い、ま、、の・・・・み、湊!ねえ!湊!大丈夫!ねえってば!」


湊はガードレールと車の間に挟まれていた。その腕の中には白猫がいて、やっと自分と猫をかばったということが理解できた。


「・・・・・・」


「湊!ねえ!起きて!大丈夫!?湊!今どかすからね!」


「・・・・・・」


いくら薫が呼びかけても返事がない。いつものように「なに?」と返事をしない。


薫は思い出していた。


小学校の頃転向した先の小学校で湊や光や元気のような仲の良い友達が一人もできなかったことを。


中学に上がるとクラスに一人で座っている湊を見つけて、どれだけ嬉しかったか。


孤独でいた小学校の二年間。湊と中学校が一緒じゃなかったら、と考えて寂しくなった事。いろんなことを思い出した。すると、頬に暖かい線ができる。涙だった。それに気づいた薫は袖で拭って湊に声をかけ続ける。


周りに音など聞こえなくなっている。自分自身もなにを言っているのかわからなかった。


「わたしを、ひとりにしないで・・・」


無意識のうちに言葉を発していた。

「ぅっ・・・!くっ!」


「・・・みな、と?ねえ!湊!死なないで!」


「大、丈・・・夫、薫を・・・ひとりには、しない」


その言葉がどれほど心強かったか。この言葉を聞いた瞬間、薫は弱い自分を無理矢理押さえ込み、恐怖を感じながらも今度は自分が助けるんだ!と心の中で意思を固めた。その後救急車が来て、湊を引きづりだしすぐに緊急手術が行われた。


そしてその時の怪我は骨盤や足だけでなく全身の骨折、その他にも下半身を中心に怪我が多かった様だ。


その後遺症で柔道のような激しく接触するスポーツはできなくなった、ということだ。薫はその時、ずっと側にいたのに湊の腕の中から出て来る白猫を見ていないというので不思議なものだ。


病室の外はもう赤くなっていた。毎日病室に来ては泣き、くだらないことを話したりして看護師さんに「ラブラブでイチャイチャするのはいいけれど、面会時間は守ってね!」と怒られ、湊がそんな関係じゃないと否定すると薫は不機嫌になり、そういう日常を楽しんでいた。


学校の外で会うことはできても、学校では孤独。光や元気は連絡すら取れない。毎日が辛かった。中学の初めての朝、しょんぼりと席に座って窓の外をぼんやりと見ていると、教室の前の扉で立ち止まり、顔を抑えながら「みなと〜うわぁぁぁぁ」と声をあげて泣いている薫を見つけてどれだけ心が晴れたか。


「み〜なとっ」と呼んでくれる声がどれだけ心強かったか。薫には感謝してもしきれないくらい助けてもらった。薫にそんなつもりは無かったんだろうけど、僕は君のおかげで救われていたんだよ。


そんなことを心の中でつぶやいて、ベットの上で腕を枕にして寝ている薫の前髪を顔が見えるように流しながら、今度は口に出して言った。


「薫、ありがとう。僕をひとりにしないでくれて」


薫の顔を覗き込みながらお礼を言う。すると


「ェグッ、ゥグッ・・・いい話だね〜、感動したよ」


背後の頭上から声がした。上を見ると猫が飛んでいた。


至らぬ点があれば是非に

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