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第Ⅰ章 過客(かかく)、触る(2)

 国境から丘陵地を南進し、一行はクイルという地方都市に到着した。街道の分岐点に栄えたこの街からは、そのまま南へと下ればハイラスト王都へ、左に進路を取って『浜街道』と呼ばれる主要道を東の方角へ進めば、ハイラストの沿岸部に行き着く。ゆえに物流も人の交わりも盛んであり、繁華街の一角にある酒場兼宿屋『わかレ亭』は今夜も大勢の客でにぎわっていた。

「あんたたちはどっちへ行くんだい?」

 カウンター越しに蒸し野菜の盛り合わせを差し出しながら、酒場の店主が問いかけてくる。

「俺たちは王都ベイトへ行くんです」

 差し出された器を受け取りながらアーツは答えた。

「そうか。早馬は入用じゃないかい?」

 続けて聞いてくる。気軽さの裏に潜む土地のしたたかさに、申し訳なく思いながらも首を振った。

「明日の朝、乗り合いで出発しようと思っているんです。特段、急ぐ旅でもないので」

「そうかい、そりゃ残念だ。まぁゆっくりしてってくんな」

 最後に気のいい言葉を残し厨房に戻っていく。次々と注文に応対する様子を見ながら、アーツは小さく苦笑しそれから根菜を口に運んだ。

「さすがは士団長殿。断り方も上品だねぇ」

 カウンター席の隣に座っていたウィラードが、ハイラスト名産の『澄酒すみしゅ』と呼ばれる透明な酒が注がれた木杯を傾ける。

「別に嘘をついたつもりはないよ。予定は順調に消化しているし、今はそうまでして急がなければならない理由がないだけだ」

 今回の任務につき、予め示されていた行程はおよそ一月。しかも移動手段は『徒歩及び多頭の乗合馬車』とされている。通常の乗合馬車に比べて若干足が速いと言えども、いささか不用心であり悠長な手段だ。しかしながらそれとてリシリタの策略の内なのだろう。今回の任務が、単純に終わるはずもないとアーツは考えていた。

 一体自分に何をさせようというのか。先のカマランでの出来事と、国境越えの際に届いた文を思い起こし、さりとて現状では埒もないなと思い直す。直後テーブルに置かれた空の木杯が目に入り、隣の彼が注文した杯の数を数えなおしてから、ほんの少し眉を寄せた。

「ウィラード」

「わかってるって。こいつで終いにするさ」

 たしなめる声色に、彼は肩をすくめながらもすんなりと従い、今度は魚の串焼きに手を伸ばす。一口齧りとってから、アーツの前にある塩の瓶に手を伸ばしたその時だった。

 酒場の入り口に括りつけられた鈴が鳴り、赤い服を着た金髪の乙女が入ってくる。店内の人ごみをするすると避けて歩み寄ってくると、にこりと笑って二人の頭を同時に抱え込んだ。

「ただいま。坊やたち」

「キリム」

「ちょっと話があるんだけど」

 瞬間ひそめられた声と共に顎で指し示し、彼女は足早に酒場の奥へ向かってしまう。二階へと向かったのであろう背中を送り、二人で顔を見合わせた後、ウィラードが先に立ち上がった。

「何か掴んだな」

 踏み出しざまの言いように、カウンターに二人分の代金を置き立ち上がると、アーツもすぐさま後を追って部屋へと向かった。


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