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第Ⅳ章 紅き文身(ぶんしん)(3)‐1

 一方その頃。

 時は少し遡る。


 ナーサス市街の一角に位置するエドヴィンの家、夕暮れ時の食堂で、シリアは当番の女性達と共に食事の準備をしていた。

 この家には発災の翌日から、被災した女子供や近所の独居女性など総勢40名ほどが身を寄せており、現在その大半は母屋の裏にある漁具置き場で、政庁から受託した物資の仕分けや配送の作業にあたっていた。そろそろ皆が上がって来る頃だと、焼いた芋を皿に上げていたシリアの背後で、井戸から水を汲んできた婦人が話しかけてくる。

「ねぇ、あんた」

「はい」

「あの黒髪のとどんな関係なの?」

 思いがけない問いに驚くと、だぁってねぇ、と周囲がにわかに沸き立った。

「あんなの見せられたらさ、俄然興味が湧くじゃない」

「アンタたち余所(よそ)から来たんだろ? 旅仲間にしては親密そうだし、事情があって一緒に逃げてるとか?」

 女三人寄れば噂立つと風の女神(フォルメール)は言うが、その通りにやにやと詮索する空気に、顔が真っ赤になるのを自覚しながら思い出す。

 一昨日の昼、シリュエスタでの活動に一区切りをつけたシリアは、ルーシアに誘われてこの家にやってきたのだが、その時アーツもまたヴェルジ神殿から一時帰宅してきていたところだった。ナーサスに到着した直後に別れ、それほど長くは離れていなかったのだが、中庭で子供達と戯れる彼の姿を見つけるなり駆け寄ると、多くの人の目があるにも関わらず抱きついてしまったのだ。

「あんな場面、そうそうお目にかかれるもんじゃないし。目の保養よ目の保養」

「アタシなんかご無沙汰過ぎて、興奮で鼻血噴くかと思ったわ」

 朗らかに笑うさまは、突然舞い込んできた娯楽を楽しんでいるそのもので。返す言葉を失いながら、シリアは軽率な自分の行動を省みてひたすらうつむくしかなかった。

「ん?」

 ふと婦人が左手を向く。見れば、五歳くらいの金色に波打つ髪をした少女が、前掛けの腰紐をつまみ無言でじっと見つめていた。

「おや、いつのまに」

「ほらぁ、アンタがあんまりからかうから」

「ええっ? ああごめんよ、浮いた話なんて久しぶりだから、ちょっと調子に乗っちまってね」

 たゆまぬ視線に、婦人たちが一斉に謝罪を始める。あたふたとしたそのさまに、シリアは気を取り直して調理の手を止めると、少女の前にしゃがんで目線を合わせた。

「心配してくれたの?」

 問いかけると、無言のままこくりとひとつ頷いた。もじもじしながらなお気遣うように見つめてくる彼女に返す。

「私は平気よ。みんな悪気があって言っているわけじゃないって分かっているから。それにね」

 ひそりと耳打ちする。

「本当はちょっとだけ嬉しいの」

 それを聞くなり、憂いていたおもてが輝きぎゅっと首に抱き着いてくる。小さな背中に手を添えると、ありがとうねと撫でてやった。

「この子の親、まだ見つからないのかい?」

「ええ。警察(ヴェルジ)に特徴を届け出たんですけど」

 そこで会話が途切れ、場に重い空気が流れる。数日前に街を襲った大波は、街の財産と共に多くの人々をも飲み込みその命を奪っていった。聞いた話では、身元が判明していない、判別できない遺体も多く、昨日の慰霊の儀で大多数が墓地に合葬されたのだという。

 少女は、ここに身を寄せる人々の中にいつの間にか紛れていたのだそうだ。どうやら言葉を話せないらしく、しばらく誰とも打ち解けずにいたというが、自分(シリア)と出会った以降は傍を離れず懐いているため、今では親代わりに世話をしていた。

「まだ一巡りも経ってないんだし……いいじゃないか、それならそうで皆で育てりゃいい」

「あたしらだって似たようなモンだったし」

「なんならアンタらが引き受けてくれても構わないんだよ」

 ほんの少しだけその場面を想像して気持ちが上向く。そうして皆で笑い、夕食の準備も整ったその時。

「こんばんは、誰かいるかい?」

 開け放していた家の入口から若い男の声がして、シリアは少女を抱き上げるとそちらに向かった。

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