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第Ⅲ章 啓開(4)

 こんこん。


 再び鳴ったそれに顔を見合わせてから、エドヴィンが静かに扉に近づいていく。そうして気配を伺い引き開けようとした瞬間、バンと派手な音を立てて戸板が外側から押し開けられ、彼が顔面を強打するのと同時に、わらわらと人がなだれ込んできた。

「こんにちは」

「お邪魔しまぁす」

 挨拶と共に入ってきた子ども連れの女性達。あっという間に部屋は人で溢れ、何もできぬまま囲まれてしまったアーツは、呆気に取られてその場に立ち尽くすほかなかった。

「お前、キーラさんとこの坊主じゃねえか!」

 真正面から打ち付けた鼻頭を押えつつ、エドヴィンが一人の少年を捕まえる。彼は生え変わり途中の空いた歯を見せてへへと笑った。

「なんだってウチに。母ちゃんはどうした」

 指でさした方向から――扉の外からは、なおも続々と人が押し寄せてくる。

「こりゃどういうこったぁ!」

「あたしが連れてきたのよ」

 身動きが取れず、ほとんど悲鳴に近いエドヴィンの疑問に、両手に荷物を抱えて入ってきた女性がさらりと答える。

「ルーシア?! お前」

「神殿の広間みたいなトコで、子連れのひとり親じゃなにかと大変じゃない。だからウチに来ないかってできる限り声をかけてきたの」

 至極平静に返しながら、人混みをかき分けてテーブルに荷物を置く。

「さぁみんな、ここじゃ狭いから、とりあえずそこの扉から中庭に出て。家族構成を確認したら、部屋割を決めて鍵を渡すわ。長らく使ってないから、掃除は各自でやること。荷物もなるべく自分で運び込んで。それから……」

「ルーシア!」

 てきぱきと矢継ぎ早に指示を飛ばす様子に、エドヴィンが追いすがる。

「部屋が有り余ってるんだしいいじゃない。もちろん、タダで使わせるとは言ってないわよ」

 子供達とその母親を中庭に向かわせた後、入ってと扉の外へ呼びかける。すると黒い革鎧を着込んだ細面の青年が、遠慮がちに顔を覗かせた。

「なんだよ、法務部のニップじゃねぇか」

「お疲れ様ですシフファートさん。あのぅ……奥様から『避難所』の認定申請をいただきまして。現場の確認と避難者名簿の作成に来たんですけど」

 そうして木板と筆記具を掲げて見せてきた。

「領庁が出した供出の条件なら満たしてるはずよ? 自前の井戸だってあるから心配ないし。なにより家主が警察官(ヴェルジ)なら、これ以上のお膳立てはないんじゃない?」

「うっ。だがなぁ」

「認定が取れれば、領庁が在庫を買い上げて集めた物資の配給は確実だし、なんならこのあたりの区画の『配給所』の申請だってできるそうよ。正式に指定されれば、仕分けや配達の仕事に報酬が出るらしいから、浜が動かない間の稼ぎ代わりになるじゃない。母屋の裏の漁具倉庫を片付けて使えば、ここで子どもたちを交代で見ながらでもできそうな作業だし。それに足るぐらいの人手は集めたから、ね、いいでしょ?」

 胸の前で手を組み、夫に詰め寄って上目遣いに覗き込む様に至るまで、まさに鮮やかな手並みと言わざるを得ない。反駁の余地もなく、エドヴィンは低く唸った後、観念したように長いため息をついた。

「こういう時のために、彼は今まで苦辛して信頼を築いてきた。それでも、この重い決断には皆尻込みしてしまうはず。けれど……わたしたちならすぐに応えられる。そうでしょ?」

「オレ達に先陣を切ってくれって、ユールはそう言ってるってことか」

 その言葉に、ルーシアがこくりと頷く。

「よし、わかった」

 きっぱり返すと、彼女の面に嬉しそうな笑みが浮き、すぐさまヴェルジの青年を引き連れて中庭へ駆けて行った。

「エド」

 嵐の後の静けさの中で彼を伺う。

「ルーシアの実家は海運業を営んでてよ、爺さんは商工会の先代の会頭で、親父は現任の理事なんだ」

 なるほど、夫婦共々そういう背景があるなら、領主たるユールと幼い頃から懇意にもなろう。

「俺と一緒になる時に宗旨替えしてシリュエスタに入ったが、もともと根っからの水神の信徒(オーマリヌ)だからな、機と波を読む性質、商魂ってやつはどうにも消えないらしい」

 これでも褒めてんだぜと頭を掻く彼に、心強いことこの上ないじゃないかと返してしばし笑い合う。

「あれっ?」

 けれどちりんと響いた鈴の音と、かけられた声に再び呼び戻された。開いたままの扉から覗いた顔に驚いて思わず駆け寄る。

「キリム。どうしてここに」

 入り口に立っていた彼女だったが、少し戸惑った様子で返してきた。

「えっと、説明が長くなりそうだからちょっと待って。ところで、こちらシフファートさんのお宅で間違いありません?」

 ええ、とエドが答えるとほっとしたように息をつき、お邪魔しますねと中へ入ってきた。見た限りでは一人きり、他の面々はどうしたんだとアーツが問う前に、彼女が右手で制してくる。

「昨日別れたあと、オッサンとアタシは神殿の教えに従って、それぞれ近くの分神殿で奉仕してたの。アタシの方はついさっき作業が明けたから、一旦イチたちの所に戻ろうと思ってたんだけど……出掛けにルーシアさんから、伝言板への書き付け申請が届いてね。『ここに皆で移動しました』って住所が書いてあったから、皆居るかと思って直接来たのよ」

 一足早かったわね、と肩をすくめる。

「とりあえず、迎えに行くのは請け負った仕事を片付けてからにするわ」

「仕事?」

「そ。ここのご主人にって伝言を預かってきたのよ」

 言いながら、肩提げ鞄から紙片を取り出しエドヴィンに向き直る。

「ヴェルジ神官のエドヴィン・シフファートさんで間違いないわよね」

「ああ。どうぞ」

 では遠慮なく、とひとつ咳払いをして、キリムが鈴を手に姿勢を正した。

「我らが姉たる女神フォルメール。その御子(みこ)、風の乙女キリム・カストゥールが携えし言伝(ことづて)を、法の男神(ヴェルジ)が勇士エドヴィン・シフファートに(つと)う」

「はい、清心(せいしん)にて」

 鈴が鳴らされ、告ぐ。

「『今宵中天の月、尊宅に相す。ルスト』」

 締めの鈴の音と同時に、エドヴィンが腰に手を当てる。

「どうしたんだ」

「自らお出ましになるとよ」

 誰がと問うが、彼は口元を歪めただけで教えてはくれなかった。訝しさをあらわにしたアーツに、キリムは鈴を腰袋に戻してからその肩を叩く。

「それを考えるより先に、まずは仲間との再会を喜んだら?」

 昨日ぶりじゃないと言って流した彼女の視線の方向からは、聞き慣れた複数の人物の声が聞こえ始めていた。

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