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第Ⅲ章 啓開(3)

「そういうことかよ」

 日が中天を過ぎ、西に傾き始める時刻。テーブルを挟んだ向かいに座っていたエドヴィンが片肘をついて言った。

「道理で話が噛み合わねぇと思ったんだ。ダレン部門長がお前を『ウィル』呼ばわりしてたし、なんか裏がありそうだと思って適当に合わせたけどよ」

 長い息を吐き、頭の後ろで手を組んでしばし天井を見上げる。厚みのある天板の上で手を組んだアーツは、すまなかった、と短く返した。

「ナーサスに来たってのは、いわゆる任務(そういうこと)なんだろ? のんびり観光に来たって風体じゃなかったもんな」

「それは」

 ほとんど一日ぶりの食事、携帯食をつまみつつ言いよどむ。

「ああ悪ィ。今の俺はただの他国の一般市民、これ以上そっちの事情を追求する気もねぇし、もちろん誰にも言わねぇから安心しろ」

 元軍属らしい速やかな理解に、ありがとうと頭を下げ、気を取り直して携帯食を口に入れると室内を見回した。

 ここは竜の彫像のある中央広場から一階層上の住宅地、その奥まった一角にあるエドヴィンの自宅だ。

 昨夜、夜半過ぎまで救助に当たっていた二人は、救助作業を後続に引き渡すと一旦ヴェルジ神殿へと引き返した。それは翌朝到着するであろうハイラスト軍をはじめとした人流と、発災当日の動静を組み込んだ、二日目以降の行動及び運用計画を、対策本部会議に提議する準備のためだった。そうして出来上がった案は、翌朝ダレンによって領主の館に運ばれ、首尾よく会議の承認を得て、朝もやがすっかり晴れた時刻には隊員たちにも共有された。

 本日以降、救助活動の主体はハイラスト軍へ移行、ナーサスヴェルジ衆は一部の継続派遣人員を除き、本来業務である市中警護や法務手続に専従することとなっている。気づけば一昼夜に渡ってあちこち走り回っていたアーツだったが、「援軍が来た今のうちに休んどけ」とエドヴィンに引っ張られ、数刻の休憩を取るためにここへやってきたのだった。

「それにしても、今やいち士団長にまで出世したお前の身代わりなんて、おいそれと務まるもんでもねぇだろ」

 何者だ、と干し肉を噛み切りながらの問いに答える。

「彼は俺の幼馴染みで兄弟子なんだ。腕は立つし、経験も豊富だから頼りにしてる」

「胸襟を開く仲なら、変わり身も可能ってわけか。俺たちじゃあそうはいかねぇな」

 え、と聞き返すと、エドヴィンは少し照れくさそうに頭を掻いた。

「領主のユールは俺の幼馴染みでよ。ガキの頃はよく一緒に、街じゅうを駆け回って遊んだもんだ。とはいえ、あいつは俺と比べるべくもなく優秀だがな」

 そうと聞けば、昨日の中央広場での親しげなやり取りも納得できる。

「領主だった親父さんが急逝しちまって、突然仕事を任されたんだが、若くしてナーサスの()()()()を相手に立ち回れる大したやつだよ。贔屓目かもしれないが、発災からここまでの働きは、今まであいつが積み重ねてきた、地道で細やかな根回しと培った信用の賜物だと思うし、注いだ努力も舐めた辛酸も、すべてを己の血肉にしたと証明してみせたな」

 そう語る彼の表情は誇らしげだ。現場での悲愴な記憶を拭い去るほどの晴れやかさが、今はことさらに眩しく感じる。

「それなら……後見にと望まれた彼もまた、逸材と呼ぶに相応しい人種なんだろうな」

 そうして自分もまた賛辞を口にする。それは弟弟子として、親友として至極当然のありよう、心から紡ぎ出されたものだ。

 だのに。

「アーツ?」

 ふとエドヴィンが何か言いたげな、かすかな訝しさを浮かせた顔で自分を呼ぶ。不可解な反応にどうしたと首を傾げると、彼は一瞬の躊躇の後でなんでもないと頭を振った。

「ところでエド、君のご家族は?」

 今いるのは玄関から続く食堂(ダイニング)だが、入った時から他に誰かがいる気配はなかった。

「ここに住んでるのは、元々俺とカミさんの二人だけだ。実家は今回被害を受けた区域より高い場所にあるし、あの時間なら、お袋と姉弟達は家にいただろうからきっと無事だろう。けど、親父は」

 ふと顔に陰が落ちる。

「親父は漁業組合の長だからな。毎朝、所属船の出漁手続きのために港の事務所に詰めてるんだ」

 今朝戻ったダレンによれば、対策本部会議の構成員たる街の基幹産業の長の中にその姿は無く、代理の者が出席していたとのことだった。

「昨日捜索の道すがらに聞いた話じゃ、赤い雷光が走った後、船を沖に退避させるよう呼びかけて回ってたらしいからな。そのまま港に留まって、自分の船も逃したんだと思うしかねぇ。お袋たちが探してくれてるとは思うが、俺は現場(しごと)を離れる訳にはいかねぇからな」

「しかし」

「家業を継がずにリシリタに行った時も、戻った後で警察(ヴェルジ)に勤めると決めた時にも、親父は俺に『何があろうと仕事を放棄するな』と言った。海に関わらない道を選んだ自分なんぞに、心配されるいわれはねぇってことだ。だから門外の俺は……黙って待つことしかできねぇ」

 何かあれば知らせがくるだろ、と半ば思い切るように立ち上がった彼を、複雑な思いを抱いて追ったその時。


 こんこん。


 入り口の扉が打ち鳴らされ、二人は同時に気を引き締めた。

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