第Ⅲ章 啓開(1)
「ふむ」
円い湾の縁に広がる船街の様子を、あさぼらけのはるかな中空から見下ろしつつ、長衣の人物は鼻を鳴らした。そのまま足元に広がる海、湛えられた水の奥深くを《透視》し、もぞりと蠢いた気配を捉えて苦笑する。
「たいしたものではないか」
それは戒めの術によって力を削がれ続けていると聞いていたが、どうして、そのほんの欠片漏れ出た力でさえも、あれほどにたやすく大地を穿った。
「まこと恐ろしい」
世界を支える六柱神と同時に生まれ落ちたとされる闇の女神。その原始の力を受け継いだ希少なる種を前にしては、求道者たる者、本能的な畏怖と共に果てない好奇心に満ちるのは必定だ。しかしながら今は任を預かる身、千載一遇なれども離脱は決して許されないと自制しながら、視線を再び陸へと移した。
うっすらと漂うもやに包まれた街並み。その合間、一晩中絶えることなく灯され続けていた多くの明かりが、今も時折瞬き揺れながら、あちこち移動しているのが見える。人が人を救い助く懸命な光。昨晩のうちに〈目〉から届けられた報によれば、あのいずれかの下に目指す彼がいるのだという。
「自らを舫いと成そうとはな」
半ば嘲りの混じった笑みを浮かべ、ひと息吐くと右手の杖を握り直す。
「若い時分だ、それもよかろう」
懐古に似た達観を被せて気持ちを切り替えると、いくつかの文を唱えて空中に魔法陣を展開した。そうして再び相対した水底の気配。それを覆い捕える戒めに、いま一度の干渉を試みる。
針の先ほどの穴、それを打つべく仕える主から賜った知恵。結の呪文を唱えると魔法は完成し、すぐさま水底に向かって放たれた。二度目のそれがどう作用したかとしばし反応を待ち、じきに水面に浮いてきた細かな泡と、微かに伝わった地響きをもって確信する。
小さな穴は綻びを招き、いずれは内から破られよう。
予測の容易さに満足し、口元を歪めて顔を上げると、長衣の人物は主に成り代わっての挑発を放った。
「さあ! 早く目覚めい、輩よ」