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(わたくし)の……せい?」


 今しがた、目の前の貧困層(スラム)の少年が言い放ったそれを、女王の頭は理解することが出来なかった。否、理解出来なかったのではない。理解することを拒んだのだ。

「そうだ……お前が千年前、この国を収めてた、才女とか言われてた女王なんだろ?お前が起きて、ちゃんと国を仕切ってくれたら……!」

 少年の話を要約すると、女王が眠ってからの千年。彼女の血縁者だったり、有力者などが、彼女の眠りにつく前の指示を元に国を運営していた。だが、いつどんな時でも、トラブルは何処かで起きる。

 最初は小さな綻びだった。やがてそれはどんどん肥大化していき、被害は激増。誰もそれを修復することは出来なかった。

 かつては才女の治める国として、周辺諸国からの信頼も厚かったこの国は、瞬く間に底辺へと落ちていったのだ。

「……」

 それを聞いた女王は、ただただ呆然とするのみだった。

「あんたがちゃんと国を仕切って、天寿を全うして、次の王にもちゃんと指示を出してくれてたら、俺の父さんも母さんも友達も!みんな死ななかったんだッ!」

 荒れた国は、徐々に資源が減っていき、食糧や工業品などは一部の富裕層にしか与えられず、彼のような一般市民は貧困層(スラム)の住人として、周りから蔑まれる存在へと変貌していったのだ。

 また、諸外国からここぞとばかりに侵攻されつつあった国は徴兵制を採用。彼の父だけでなく、若い男から順に、戦へと駆り出される。今まで戦争なんかとは無縁だったこの国には、十分な訓練を指導できる者もおらず、前線へと駆り出された者はその殆どが、ろくな戦いざまを見せれるわけでもなく、その命を散らしていった。

 女はというと、それまた悲惨な状況へと追いやられていた。戦に使う防具だったりをこさえるのは当然と言わんばかりに女の作業とされる。そして、それと同列と言われるくらい、女の仕事とされたのが、戦争に行く男達の慰め係、要は欲の処理だった。

 少年の母は、幸か不幸か処理係には任命されなかった。だが、その代わりに国で一位二位を争う程に過酷な工場へと配属された。就職して三年後には過労で倒れ、更に半年後には帰らぬ人となった。

「お前が悪い……!」

 少年はすべてを語り終えてもなお失われない眼光で女王を睨みつけ、手に持った短剣の切っ先を彼女に向ける。その目には大粒の涙が溜まっている。

「……」

 女王はすべてを聞き、小首を傾げ、少年を見る。次に、荒れ果てた女王の部屋を見渡す。窓から見える、これまた荒れ果てた国を見る。

「……が……」

 すると、彼女は小さく何かを呟く。少年が訝しげに見つめると、いきなり少年の方へと首を向けて叫んだ。その顔は先程までの寝惚け顔でも、衝撃を受け何も理解できないといった顔でもない。怒りを、顕にしていた。

「私の何が悪いんですッ!」

 彼女の大きな声に少し少年は怯む。

「お、お前が、」

「国の運営をしたのはほかの者でしょう!?私は最低限の指示も出したッ!必要ならば、それを改善していけばいいのに、それを怠って、ただ与えられたことしかしなかったのはその人達でしょうッ!?なんで、私が責められなくてはいけないのですッ」

 女王は、ベッドの上から立ち上がり、寝間着(ネグリジェ)の上からも分かるくらい、細いその肩を大きく上下させ、枕を少年に投げつけながら尚も咆哮する。

「私が何故寝続けた分かりますかッ、貴方にッ!貴方なんかにッ」

 少年は投げつけられた枕と、女王のいきなりの豹変っぷりに驚いていたが、毅然と叫び返す。

「し、知るかよッ!それに、確かに怠惰だったのはそいつらかもしんねェけど、だったらあんたもそんな、指示とか用意すんなよッ」

 少年の訴えに、少し落ち着きを取り戻した女王は「それもそうね……」と静かに零した後、ゆっくりと口を開く。


「殺されたの……」


「は?」

「殺された、いえ、殺されかけたのッ!私の当時の政策に反抗した者が雇った殺し屋に。みんな、私が死んだと思ったわ。私自身も死んだって思った。……でも、私には類まれなる治癒力があったようなの。一見して致死量と思える血を流したのに、数週間後には見事生還した。最初はみんな喜んでくれたけど、最終的にはバケモノ扱い……。私の親族も悪く言われて、国では暴動が起きた。それを止めるには私が死んだってことにした方が良かったの。最善策がそれしかなかった……だから、私は長い眠りにつくことにした。

 それしかないとは言っても、真の意味での最善策は、本当に死ぬこと何でしょうけど……」

 そこで女王は自虐的な笑みを浮かべた。何もかもを諦めたようなその目に、少年は何も言えずに続きを待つ。

「私、なんだかんだ言って死ぬのが怖かったんですの。民にとっていい方法を、いい国づくりをと謳ってきたのに、いざ自分の命が材料となった途端に、怖気付いた。だから、人間はどうせそう長くは眠り続けるなんて不可能だろうし、そのうち暗殺者とか、もしくは衰弱して死ぬんだろうと思ったのに……」

 そして、クシャリと顔を歪め、涙をボロボロと零しながら言った。

「あれから、千年も経ったのね……ッ」

 突然泣き出す彼女に、少年はもう立ち尽くすしか出来ることがなかった。

「死ぬこともできない……国を助けることも、改善することもできない……そして、貴方の憂さを晴らすことすら……!だって、死にたくても死ねないんですものッ」

 そこで気づく。目の前の、かつて才女と呼ばれ、今の今まで眠り続けていた彼女は致死量の血を流そうと、千年の間眠り続けようと、死ぬことはないのだ。

 __不死の存在。

 彼女は、空想の世界のものでしかないと思っていた存在なのだ。

「ごめんなさい……ごめんなさい……父様、母様……みんな」

 立ったまま、涙を零して謝罪をする情緒不安定な様子に、少年は最初の威勢を奪われた。自分の手で葬って、両親の、友達の仇をと思っていた相手が、実はこの国の一番の被害者であるかもしれないと知ってしまったから。

「……なあ」

 やがて、恐る恐るといった様子で声をかける。彼女の目は泣き続けたせいで真っ赤に腫れ、久々に喉を使ったせいで、美しい声は枯れ果てていた。

「あんたのそれ、不死って治せたりしねェの」

「え……」

 少年はしどろもどろで言葉を、今しがた思いついた提案を口にする。

「だから、あんたみたいな不死の存在がいるなら、それを解いたりとか、治したりとか、その……普通の?死ねる人間にできる術を持った奴とかもいるんじゃねェの、かなって……思って……」

 彼の言葉に、女王は目を丸くして聞き入る。

「俺は、例えあんたが悪くないとしても、仇を取りたい。それに、あんたも?聞いてる限りだと死にたがってるように聞こえるし。この国にいたってなんもねェから、これからどっか別の国にでも行って、その方法を探さないか。で、あんたの不死が治ったら、俺があんたを殺す」

 お互いにメリットがあるだろ。

 そう言って、唇を尖らせて少年はそっぽを向いた。チラリと女王の方を見ると、

「凄い……!」

 目を輝かせて、嬉しそうにしていた。先程までとは打って変わって、明るいその雰囲気に少年はギョッとする。だが、そんなことお構い無しに、女王は少年の手を取った。

「それはとても素敵ですッ!互いに得しかない……。わかりました、その案に乗りましょ……いえ、乗らせてください」

 そう言って腰を深々と折る彼女に少年は慌てる。いくら憎い相手だろうと、相手は腐っても王族だ。所詮最下層で生きてきた身。恐縮してしまう。

「……顔上げろよ。んで、行くなら取り敢えず服をどうにかしろッ」

「とは言いましても、部屋はこの有様ですし……多分、めぼしいものなどは奪われたのかと……」

 女王の困った様子に少年は額を抑えるしかできない。そして、床に落ちていたカーテンの残骸を拾い、軽く埃を叩いてから手渡す。

「あんたみたいな奴は、こんなボロ布汚ェとか言うかもしんねェけど、取り敢えずそれ羽織っとけ。いつ狙われるか分かんねェし、その寝間着(ネグリジェ)もいい布使ってる。襲われるぞ」

 その言葉に、彼女はなんの躊躇いもなくカーテンを羽織る。その思い切りの良さに少年は若干驚く。何せ、彼が今まで見てきた富裕層の奴らは、どいつもこいつも、まず自分のような下層の民と口をきくのすら嫌がり、こんなボロ布なんて視界にも入れたがらなかったからだ。

「ん、どうかなさいましたか?」

「別に……」

 だが、それをいう必要も無いだろう。

 そう判断した少年はぶっきらぼうに返事をして、城を出るため歩き始める。その後ろを小走りで追いかけるのだった。

「そうです。貴方のお名前を良かったら」

「……そういうのって、自分から名乗るんじゃねェの」

 彼女が憎き富裕層というのもあり、若干皮肉げに言ったのだが、彼女は「そうですね」と真面目に思い直す。その様子に、少年は調子が狂うと、感じた。

「私の名前は__」

 千年ぶりに名乗った女王は、少女は久しぶりに笑う。その笑顔は、今まで何もかもを憎んで、睨んで生きてきた少年には眩しく、不覚にも、心の奥でドクンと脈打ち、頬が熱く火照るのを感じた。

 だが、それを認めたくない一心で、顔を前へと向けて歩みを少し早める。

「あの、それで貴方のお名前は……」


「__」


 久しぶりに名乗ったそれを、初めて言葉を覚えた赤子のように繰り返す少女に再度心が脈打ったのは、きっと気の所為。



     *



 かつて、才女と呼ばれた少女は、国を思い、国のために動いてきた。だが、とある事件を境に、彼女が愛し、また彼女を愛してくれていたはずの民は、彼女をバケモノ扱いした。彼女は、女王はその悲しみのあまり長い長い眠りについてしまった。

 千年もの間眠り続ける彼女を知る者は、彼女のことをこう呼んで、語り継いだ。__千年眠り姫(サウザンド・クイーン)、と。



     *



 これは、

 民に裏切られ、死を望んで千年眠り続けた女王と、

 家族を奪った者への、その元凶とも思える女王への復讐を誓う少年との、


 つらく悲しい恋物語__。

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