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 これは、千年もの間眠った女王と、彼女を殺したい少年との恋物語。



     *



“__(わたくし)、今から眠るわ。ずっと、ずっと。誰も起こさないで!邪魔だと言うなら……殺してちょうだい”


 これが、我が王国の(あるじ)千年眠り姫(サウンド・クイーン)が眠る前に残した言葉。


 彼女は、僅か七つにして国内最難関の学院(アカデミー)を首席で卒業。その後、国の内政を実質彼女が運営。貧困層の者への支援金を準備、犯罪率を四十五パーセントから、一年で二十七パーセントまで低下させる。その他にも多数、業績を挙げた。

 そして、彼女の十六の誕生日。成人として認められる十八を待たずして、女王となった。その後の人生は、怒涛の勢いでことが進む。よりよい国作りのために、皆が彼女を頼り、そして彼女もそれに出来る限り応えた。……それでも、百人の人がいれば、一人くらいは不満を持つ者も出てくる。

 それは彼女が二十歳になって、三ヶ月が経った、とある日だった。

 謀反者は、貧困層を汚らしいと、見下し続けてきた貴族達。彼らは、今までは己の視界に入ることすらなかった者が国を、街を、そして時には己の視界を、悠然と闊歩する姿に耐えきれなくなったらしい。実際、貧困層の救済が議案として取り上げられた時から、多くの上位階級者達は反対していたと言う。しかし、女王である彼女は、その交渉術をフルに使い、なんとか今の今まで抑えてきた。

 しかし、それも万能では無い。

 彼女が国の視察にと、城下町へ出向いた日。太陽は照っていて、上を仰ぎ見れば、誰もが目を細める__そんな日だった。

 皆が笑い合う中に突如、風船を破裂させたような音が響渡る。各々が心配そうに辺りを見渡し、互いに身を寄せ合った。……すると、女王が乗っていた馬車の開かれていた窓から、悲痛そうな男の声が聞こえてきた。


「じょ__女王が、撃たれたッ」


 皆が目を見開いて馬車へと注目する。たまたま近くにいた町医者が駆け寄る。事情を話、応急処置をするために彼女をすぐ近くの民家へ移動させる。勿論、これ以上撃たれないよう、厳重に取り囲んでだ。だが。

「きゃあッ」

 再び鳴り響く銃声に、近くの娘が耳を塞ぎながら叫ぶ。放たれた弾丸は、見事に人を縫うように避け、正確に、女王を撃ち抜いた。

 着弾した反動で、彼女を抱えていた側近は、彼女を地面に落としてしまう。そこを狙うかのように、更に二発、撃ち込まれた。皆が見る中、彼女は身体中を赤く染め、血溜まりの上に力無く崩れ落ちた。



     *



 彼女を狙撃したのは、貴族達から多額の報酬を受け取っていた、他国のスナイパーだった。貴族達含め、その事件に関わった人間は、皆一様に捕まった。……それでも、撃たれてしまった彼女は、起きてはくれない。

 事件から二週間、城中の皆が涙し、国民も彼女の回復を今か今かと待っていた。だが、皆心の中では理解していた。あの、目を焼くような赤い血溜まり。その上に倒れ伏す我らが女王。どんどんと冷えていく身体。あれが、まだ生きている可能性のある情景だっただろうか?……誰もが首を横に振った。

 __それでも、奇跡というものは存在した。


 それは、いつものようにメイドが彼女の部屋で窓の拭き掃除をしていた時だった。


「__……眩しいわ」


 ゆっくりとその瞼を開き、メイドが開けたカーテンを忌々しそうに見ながら、小さくそう呟いたのは、眠り続けていた、幼き女王だった。

「ひ、姫様が__!」

 女王が目覚めたというニュースが、その日のうちに国中を駆け巡ったのは言うまでもない。

 皆が涙し、しかし笑顔で彼女の生還を祝福した。……だが、女王はなぜ生きていた?

 それは、国民の中で徐々に仄暗い想像へと変換されていく。


“若しかすると、我らが王は、怪物の類なのではないか?”


 誰かがそう言った途端、それは国民の総意となり、やがて、悪意へと変貌する。

 昨日までは慕ってくれていた国民が、次の日には憤怒の顔で城まで押し掛けてくる。

 「国を動かしていたのは怪物だった」「我らの国は怪物に乗っ取られた」「女王を殺せ」「怪物を産んだその母もだ」「共に育てた乳母もだ」「隠蔽していた側近もだ」「全員殺せ」

 やがて、悪意は女王だけでなく、彼女の周りの人間にまで及んだ。唯一の救いとなったのは、周りの人間誰もが、彼女のことを責めなかったこと。一番近くで見ていたからこそ、彼女の生還を喜び、祝福された彼女が怪物などでは無いと、信じてくれた。


 そして、暴動が起きてから数週間後。彼女はひとつの覚悟を決めた。

「私……これから眠るわ、ずっと」

 広間に集められたのは彼女の両親・メイドや執事・従者・兵士……。全員が全員、集められた理由を今知らされた。

 誰もが唖然とし、その言葉をすぐに理解出来た者は、いなかった。

「ど__どういうことだい?」

 父は、訝しげに尋ねてくる。彼女は、冷めたような、諦めたような視線で全員を見渡す。

「私のせいで、彼ら__国民は暴動を起こした。一番良いのは私がこのまま死んだと、彼らに伝えること。……でも、私も人間です。死にたくは無い。だから、寝ます。彼らが落ち着くまで、私は寝続け、彼らが私を忘れた頃に、ひっそりとこの国から出ます」

 彼女の考えは突拍子も無いが、それでもこの状況で取れる最善の策にも見えた。

「……分かった」

 父の重い頷きに、彼女は少し安心したような表情を見せ、集まった者達に深い礼をして、その場を立ち去った。



     *



 それから城内の者の行動は早かった。

 彼女が、女王が残した指示を元に、彼女の死亡情報を国内に流し、それによる他国との交易状況の修正やら、輸出入品の整理・把握やら。

 そして、女王の訃報から一年後には、暴動が収まり、また国に平和が戻った。………………と思われた。


「お前の……お前のせいでッ」


 眠りについてから千年。女王はゆっくりとその(まなこ)を開いた。

 まず目に飛び込んだのは、見るも無惨に朽ち果てた王城。天蓋付きベッドの薄いカーテンはボロボロになり、辛うじてカーテンの役割を果たしているといった様子。

 カーペットや革張りの椅子も同様にボロボロ。ステンドグラスの埋め込まれた窓は、所々が割れて、冷たい風が吹き込んでくる。

 扉や壁は、触れば崩れてしまうような具合。

 だが、変わり果てたどの調度品よりも彼女の目を引いたのは__扉の前で短剣を手に握り、涙を浮かべた、みすぼらしい格好の少年だった。まあまあ豊かなこの国では珍しい、薄汚れた格好だ。

 不思議そうに見つめてくる女王に、少年は再度叫ぶ。


「お前のせいで、この国が__滅んだんだッ」


 その言葉は、千年ぶりの寝惚けた頭を強く殴りつけた。

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