何でもするって言ったよね?
朝霞の日記は学校の寮ではなく、自宅にある紫との共同の部屋の中で見つけた。
勉強机の引き出しの奥に隠すように入れられていたのだ。
実際隠していたのだろう。休日に帰ってくる朝霞はいじめられている素振りなど微塵も見せず、学校での出来事を楽し気に話していた。日記を読んだ今なら朝霞が話していた学校での出来事は作り話だとわかる。家族に心配をかけまいとしていたのだ。だけど本当に心配をかけたくなかったのならば、日記帳は処分しておくべきだった。
――よかった、見つけることができて。朝霞の願いを叶えてやれる。
復讐を為すためには色々と考える必要がある。
復讐の対象である式道歩について。こいつ個人についてはまったく知らないが、式道という苗字には聞き覚えがあった。以前式道家の人間がテレビに出演していてその時に、いくつも会社を経営してる大金持ちだと紹介されていた。インターネットで軽く調べてみると政界にも影響力があるらしい。翡翠館には金持ちの子どもが多く通っていると聞くので、まず間違いなく一族に連なる人間なんだろう。
式道歩が本当にあの式道家の人間であるとすると問題が生じてしまう。
復讐が成功したとして、報復によって俺に危害を加えるのは別にいい。だけどそれだけで済まされず家族にまで手を出されたら? 気付かれず復讐を遂げるのが最善だが、最悪――というかかなりの確率で家族を巻き込んでしまうだろう。その覚悟があるのか。復讐はしたいけど家族は巻き込みたくない。俺にとって家族はなにより大事な存在だ。家族のことを考えるなら復讐は諦めたほうがいいのだろう。
しかし俺は朝霞の願いを叶えてやりたかった。
肝心の復讐はまだ何をするのか決めていない。
日記にはこう書かれていた。
『出来ることならあの人には私が味わった以上の苦痛を与えてやりたかった』
時間をかけ過ぎると気付かれてしまうかもしれない。やるのなら短期で、可能なら一瞬で終わらせることができるのが好ましい。そしてとにかく苦しんで社会的、もしくは物理的に抹殺してやりたい。
達成できる気がしないが、諦めるという選択肢はない。他人から理解を得るつもりはないし、家族に知られるわけにはいかない。
となると俺にできることは限られている。
俺が通っている芦名高校は生徒の自主性に重きを置いた学校だった。生徒数が五百人を超えているので毎年のように新しい部活や同好会が現れては消えていった。俺が所属しているのはいつ廃部されてもおかしくないと言われながらも結局存続が許されている文芸部だ。部員も部長も一癖も二癖もある変人ばかりなのだが、同時に頼りになる人間たちでもあった。
放課後になると俺は鞄を持ってすぐさま部室へと向かう。使われていない社会科準備室を部室としているわが文芸部は部員が持ち込んだ私物で混沌としていた。
「きったない部屋だな。夏休み前となんも変わってないじゃんか」
部屋の真ん中に置かれたソファーに寝そべりながら本を読む人物に文句を言う。
「そんなしち面倒くさいことは萩と立花にやらせとけばいいんだよ。あぁ、それと三月、キミも一緒にやったらいい」
「なんでだよ、ここには俺の私物はほとんどないぞ」
「つれないこというなよ。ボクたちは仲間なんだし協力しようよ」
「あんま気持ち悪いこと言うなよ」
そう言うとそいつはソファーから身を起こし、ダルそうにこちらを向いた。
こいつの名前は塔峰槇緒という。俺と同じクラスなのだが授業には滅多に出ず、もっぱら一日を部室で過ごしているという変人だ。だが同時に全国模試でも上位に入る優等生な一面も持ち合わせている。入学当初はどえらいイケメンが入ってきたと騒ぎになり、形成された人垣をうざいの一言で散らせたのは今でも有名だ。それでもめげずに近づく者が多かったが、いつからか塔峰の家は怒らせてはいけない家という噂が流れだし、本人が教室への出現度が低いのも相まって近寄る人は数少なくなった。
俺はその数少ないうちの一人だった。
「あーあ、口うるさいのがいなくて平和だったのにもう終わりかぁ」
「口うるさいって俺のことかよ」
「当たり前だろう。そんなことより息を切らしてどうしたのさ? 何日か学校に来てなかったみたいだけどなにかあった? ははっ、その顔はあったんだろうね。笑ってあげるから話してみなよ」
「そのつもりだけど本当に笑ったら怒るからな」
そう前置きをしてから俺は全てを話した。妹の朝霞が死んだこと。学校側は事故死と報告したが偶然見つけた日記にはいじめを苦に自殺すると書いてあったこと。いじめを主導した式道歩と自殺を隠蔽した学校に復讐してやりたいということ。そして復讐を手伝ってほしいということ。
話し終わると槇緒は意外そうな顔をしていた。
「三槻朝霞ってキミの妹だったんだ。意外だね」
「朝霞を知ってんのか?」
「がり勉と金持ちばかりが集まる翡翠館に飛び切り頭の良い美少女が入ったって話題になってたよ。なんだキミと全然似てないなぁ」
「ほっとけよイケメン。それよりも協力してくれるか?」
話した感じだと反応は悪くなかったが、しかし槇緒は否定的だった。
「キミの復讐は現状ほぼ達成不可能だから諦めなよ」
にべもない言葉に理由を尋ねようとする俺を槇緒は手で制する。
「式道歩はキミの予想通り式道家の人間だよ。一般人が手を出していい相手じゃない。きっと危害を加えようとする前に消されるだろうね。それにわかってると思うけど家族だってただじゃ済まないよ? それは嫌なんだろう? だから止めときなって。無理無理、無理だって」
「なら学校のほうは?」
「そっちも難しいね。日記だけだと信憑性に欠けるし、よしんばいじめの実態調査が行われたとしても式道の人間が関わってるんなら誰も話さないよ。あぁ、けどもしかしたら関係ない奴がスケープゴートに仕立て上げられるってことがあるかも」
「なんだよそれ。じゃあどうしたらいいんだよ」
ソファーにより深く腰掛けた槇緒は俺を見て嘲笑う。
「はっ、だから無理だって言ってるだろう。そもそもボクに手伝うメリットがないしさあ」
「金ならある」
「妹が死んで貰った金で払うって?」
「そうだ」
「あはは、最低だね!」
「知ってるよ。それでも頼む、朝霞の願いを叶えてやりたいんだよ。俺にできることなら何でもするからさ。頼むよ……!」
気乗りしない様子の槇緒に必死に頼み込む。これまで槇緒の仕事(本人は部活動の一環と主張している)を手伝ったことがあり、主に俺は肉体労働、槇緒は頭脳労働と役割分担をしていた。今回だって俺一人でやるよりも槇緒に手伝ってもらったほうが復讐を遂げられる確率が高くなるはずだ。
即答を常とする槇緒には珍しく返答にはいくらかの時間があった。
「はぁ……仕方ないな。引き受けてあげるよ」
さも面倒くさそうに槇緒はため息をついた。
「本当か。ありがとう!」
「ただし、ボクの言うことをちゃんと聞くように。それと協力した結果復讐が出来なかったとしても文句を言うなよ」
「もちろんだ」
その時はまた別の方法を考えよう。
「じゃあ早速動いてもらおうか。とりあえず翡翠館の関係者に協力者を作ってきてよ。そうだな……教師より生徒のほうがいいな」
「は、協力者? 俺たちだけでやるんじゃないのか」
「そんなわけないだろう。いいか、学校っていう閉鎖的に外部の人間が入るのは難しいんだ。しかも場所は翡翠館だ。内部の人間に手伝ってもらうのは当然のことじゃないか」
「まあ、たしかに」
それは俺も考えはしたけど、無理だと思ったから槇緒を頼ったというのに。
「今なら寮に帰る生徒を捕まえられるからさっさと行ってきなよ。キミの目的が式道歩や学校側に悟られないようくれぐれも注意するように」
「わかってるよ」
翡翠館の寮の場所を教えてもらい、じゃあ行ってくると部室から出ようとする俺を槇緒が止めた。
「そうだ、行く前に飲み物と食べ物を買ってきてよ。朝から何も食べてないんだよね」
「いや、購買は近いんだから自分で行ったらいいだろ」
「え、キミはボクの言うことはちゃんと聞くんだろう。それにさっき自分で何でもするって言ったじゃないか」
冗談を言ってるのかと思ったが槇緒は本気だった。
「……お前、馬鹿だろ」
「あははは! 知ってる。いやぁ、これは便利だなぁ」
「おい」
「わかってるって」
こういう馬鹿なこともするが頼りになるのは事実なので、俺は素直に購買部に向かうことにした。




