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こうしてうちは貧乏から抜け出しました。

 うちは昔から貧乏だった。

 お人好しの父さんが友人の連帯保証人になって、その友人に逃げられてしまったため大層な借金をこさえてしまったらしい。


「いやー参ったな」

「ほんと、困ったわねえ」


 ぽりぽりと頭をかく父さんと、あらあらと頬に手をあてる母さんからは深刻さが感じられなかったが、当時のうちの経済状況はマジでやばかったのだ。毎日のように家のドアをチンピラみたいな男が叩いていたし、あんたのガキどもを売るかと言っていたのを何度か聞いたことある。その度に父さんは必死に謝っていた。母さんもペコペコしていた。そのくせ家族の前だと常に明るく振舞っていた。最初はそんな両親をかっこ悪いと思っていたが、しばらく経ってからあれは子どもたちに心配をかけないために振舞っていたのだとわかってた。


 それから両親の助けになるようなことは率先してやった。まずお菓子やおもちゃや洋服をねだることをやめた。父さんも母さんも朝から晩まで働いていて家にいなかったので、家のことは自然に子どもたちで分担するようになった。友達と遊ぶ時間は滅多に取れなかったし、家事は慣れるまで大変だったが、双子の妹の朝霞(あさか)(ゆかり)は不平不満を口にすることはなかった。今は大変な時だから家族で協力しないといけないことを幼いながらも理解していたのだ。

 幸い周囲に恵まれていた。父さんと母さんの人徳の賜物か近所の人たちはうちに協力的だった。野菜をお裾分けしてもらったり、成長した子どもが着れなくなった服をくれたりなにかと気にかけてくれたのだ。

 学校での交遊関係も悪いものではなかった。小学生の時はスポーツができる奴が偉いとされていて、俺はスポーツができる奴だった。貧乏だということすらネタにして笑いを誘いクラスメイトと仲が良くなることができた。

 反対に朝霞と紫はクラスにとけこめていないようだった。当時の二人は人見知りで仲の良い友達がいなかった。人見知りゆえに貧乏であることを馬鹿にされても言い返すことができず、増長した奴がさらに馬鹿にする。あと少し気付くのが遅れてたら二人とも物理的にも傷つけられていたかもしれない。その時はクラスメイトの兄弟に妹たちと同じクラスの奴がいたので解決に協力してもらうことにした。

 まずは遊べる時はなるべく一緒に遊び、何回も顔を合わせて慣れさせることにした。そうすることによって徐々に打ち解けて霞と紫の口数は増えていった。さらに二人とも頭が良かったので仲良くなった奴の勉強を手助けをしていくことで着々と人望を集めていた。

 中学生になると勉強ができる奴が偉いとされ、俺たち兄妹は平和な学校生活を送ることができた。特に朝霞は勉強面が優秀で、紫はスポーツ面で俺を上回るようになったので部活に入るように勧めた。

 手助けするまでもなく二人ともそれぞれのクラスの中心人物になっていた。


 借金は少しずつ返済できていたが、相変わらずうちは相貧乏だった。俺たち家族が住んでいる月見里(やまなし)町はどちらかというと田舎よりの町だった。働ける場所は限られており、父さんはもっと早く借金を返せるようにと都会での働き口を探していた。

 そんな時、父さんの友人(借金残して消えた奴とは別)が一緒に新しい事業を始めないかと父さんを誘った。陰でこっそり聞いていると、働く場所はお誂え向きに都会で給料も今に比べてかなり良くなるらしい。だけど父さんは過去に別の友人から裏切られているんだ。たしかに美味しい話だが、当然断ると思っていた。

 しかしあろうことか父さんは二つ返事で了承したのだ。


「馬鹿だろ父さん! なんで断らなかったんだよ」

「そう言うなって。彼だって困ってるんだよ。困ってる人を助けるのは当然のことだろう」

「また裏切られたらどうすんだよ」

「その時は僕の見る目がなかったってことで諦めるしかないね。けど話を聞く限り危険そうな仕事ではないし、リスクが高いわけでもない。きっと大丈夫さ」

「けど……!」

「大丈夫。心配してくれてありがとうな三月(みつき)


 そんな感じで聞く耳を持たなかった父さん。母さんも仕方のない人、と困ったように笑ったが反対することはなかった。都会で働くとなるとここから通勤するには遠すぎる。必然的に父さんは引っ越すことになった。家族全員で引っ越すとなるとお金がかかりすぎるので、当初は父さん一人だけで引っ越すつもりだったが俺はある提案をした。


「父さん母さん、俺都会の高校に行きたい」

「どうしてだい?」

「向こうのほうが色々あって便利だし自分の選択肢も広がると思うんだ。父さんも行くんだしもう一人増えてもいいだろ」


 以前から都会の高校に進学したいとは考えていたのだ。今も新聞配達のアルバイトをしているけど、向こうで働いたほうが貰える額も増えるだろうし。

 そして何より父さんが騙されたり裏切られたりしないか近くで見ていることができる。


 想いが通じたのか両親にはさほど反対されなかった。

 が、朝霞と紫には大反対されてしまった。


「どうしてお兄ちゃんも月見里(やまなし)から出てっちゃうの! 嫌だよ!」

「そうだよ行かないでよ!」

「え、やだよ。行くに決まってるだろ」

「うわああぁぁ! ばかぁぁぁあ!」

「はげぇぇぇぇ!」

「馬鹿じゃねえしハゲでもねえよ!」


 中学を卒業してから引っ越すまでの間、朝霞と紫とは毎日のように行かないで、行くの言い争いをした。兄妹間で喧嘩なんて一度もしたことなかったので新鮮で俺は笑ってしまい、それを見た二人をますます怒らせてしまった。

 俺と父さんが都会に行く最後の日には二人とも諦めたのか滂沱の涙を流しながらも見送りをしていた。今生の別れでもあるまいしと宥める俺を離すまいと二人は必死にしがみついてきた。それを見て父さん母さんをはじめ、見送りにきた近所の人たちや友達までもらい泣きしてしまったので俺まで泣いてしまった。

 本当にあまりにも泣くもんだから、


「そんなに離れたくないんなら俺が残るんじゃなくてお前らが来いよ。高校進学は都会の学校を選んだらいいじゃん。朝霞は頭良くて紫はスポーツできるんだから二人とも特待生を狙ってみろよ。そしたら金はかからないしお前らだけじゃなくて母さんも一緒に来れるだろ」


 そう言うと散々泣きわめいていた二人はぴたりと泣き止み口々にそうすると喚いた。

 

「でも特待生になれなかったら駄目だから。まぁ、その時は二、三か月一回くらいは帰ってくるそれで我慢しようね」


 父さんが付け加えると二人は絶対特待生になると息巻いていた。


「ちなみに俺が行くところには特待生とかないから他のとこにしろよ」


 また二人が喚きだす。

 周りはそれを見て笑っていた。父さんも母さんも笑っていたし朝霞も紫も、俺も笑っていた。


 また一緒に暮らすことを目指して俺たちは笑って別れることができた。


 高校進学変わったのは生活環境くらいで、あとはいつも通りだった。高校生になっても携帯電話を持っていないことをクラスメイトにドン引きされたが友達はちゃんとできたし、新しく始めたアルバイトも概ね良好だった。

 父さんの仕事も順調だった。俺も何度か手伝う機会があったが、職場の人は良い人たちばかりで俺はひとまず安心した。


 朝霞たちとは週に一度は必ず連絡を取った。夏休みや年末に家に帰るたびに朝霞と紫はあらゆる面で成長していて、他の学校にもその名が轟いているらしかった。

 二人が中学三年生の冬。朝霞は有名大学への進学率が高い名門と呼ばれてる翡翠館(ひすいかん)学園に。紫はスポーツの名門校と呼ばれる三笠原(みかさばら)付属高校にそれぞれ特待生で入れることが決まった。どっちの学校も寮に入るのが規則らしかったが、休日は家に帰ることができるようだったのでその辺りは妥協したらしい。

 そして三月になり二人は中学を卒業した。

 毎日というわけではないが俺たちは再び一緒に暮らすことができたのだ。




 朝霞が死んだのはそれから半年後だった。

 老朽化したフェンスからの転落死だと説明された。

 学校側は賠償としてうちに多額の金を支払った。

 金額は残っている借金を返済しても余るほどであった。

 お金はあっと言う間に借金取りが回収していった。

 こうしてうちは長い貧乏生活から抜け出したのだった。 




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