海軍② 帆船のネタ
あけましておめでとうございます(一週間遅れ? 気にしてはいけない)。
珍しく続きものです。
「大砲……火薬の爆発により砲弾を飛ばす遠距離兵器。その登場と発展が海戦に革命が起こす!!」(クローズアップされた砲口から火が吹き出る映像が流れている、と思ってください)
はい、その時歴史は動いたかどうか知りませんが人力船のネタの続き帆船のネタです。
古代から中世まで海戦の主役であったガレー船。
人の力で自在に海を進む最強の軍船は、しかし風の制約を受ける鈍足な帆船に敗れ歴史の舞台から退場してしまいます。
衝角戦術と移乗戦術が支配していた海戦に何が起こったのでしょうか?
その話をする前にまずは今回解説する帆船について軽く触れましょう。
・帆船
帆船は名の如く帆で風を受け進む船。
人力船で触れた原初の船――”長い船”とそこから派生した多くの類似船種の中でも、特に帆による航行に進化した船舶。
人力による櫂船が主に軍船として進化していく中、こちらは別の目的に進化していきます。
それは遠くへの移動――遠洋航海。
帆船は人力船に比べ最高航行速度こそ劣りますが風さえあれば長時間の航行が可能でした。
また大量の漕ぎ手が必要ないため船内の空間も食料の積載や貿易の輸送力として活かされます。
このような鈍足なれど遠洋航海と輸送に進化した帆船――称して”丸い船”。
さて”丸い船”として戦争そっちのけで進化していく帆船さん。
航海能力と積載能力をガンガン増やしていきます(ガレー船が軍船として重武装化したのと対極ですね)。
横帆の大型化と一本から二本、二本から三本と帆柱の増設による推進力向上。
縦帆の併用による旋回性能の確保。
積載量増加のための船首楼、船尾楼の追加と複層構造。
上記構造を取り入れるための大型化。
欧州北方帆船のゴグや地中海の帆船キャラベルなど各地で進化した帆船は十五世紀に一つの船種として結実する。
それがキャラック船!!
・キャラック船(Carrack:意味は船…………ガレー船といい重言多いですね和訳というか日本語)
時代:十六世紀~二十世紀
主な地域:大西洋から太平洋までほぼ全世界
使用者:欧州各国
使用目的:交易、商売、探検、植民そして略奪と侵略
形状:船首楼、船尾楼、複層化、船腹は艇長の三分の一程度(分かりやすく言えばずんぐりむっくり)
材質:木製、二千本から三千本の木材が使用された(500トン級で2300本)
全長:最小30m~最大60m
速度:最高10ノット、最低0ノット(無風時はほぼ潮まかせ、しかし外洋はほぼ風が吹いている)
乗員:最小50名、最大700名
排水量:最小200トン~最大1500トン
動力:帆
建造期間:四十五日(500トン級)、船大工・鍛冶師など約4500人
価格:当時の価格は不明(しかし新造時は複数の商人が費用を出し合ったとあるので高額では思われる)
戦闘方法:軍船ではないが自衛用に投石器や大砲を搭載、戦時には武装商船として従軍することもあった
カラック、キャラッカ、ナウ、ナオなど各地で呼び方が違ったり、帆が多かったり、船体が小型だったりと色々派生がありますが一番有名な名称で。
我々が帆船と言われ思い浮かべる九割はこのキャラック船の流れを汲んでいます……というか帆船の要素の塊。
今回の本命であるガレオン船も戦列艦もこのキャラック船の子供や孫に等しい(だから軍船でもないのに取り上げてます)。
あの超有名映画パイレーツなカリビアンに登場する船も大体これの系譜。
遠洋航海への適正は、アメリカ大陸の再発見したサンタマリアや世界一周したビクトリア号もキャラック船と書けば伝わるでしょう。
輸送力も欧州から世界の果てである日本まで貿易船として訪れています。
ネタ:というか豆知識。船の排水量を表すのに使った単位のトンだが、語源は積み込む樽を一個、二個とトントン叩いて数えたからなんていう話がある。
つまり異世界でもトンは使えるのだ!!
……異世界の物語なのにトン数じゃ雰囲気が出ない? それなら船の規模を示すのに「千樽を積み込めるぞ」とか語らせればいいのです。
日本の千石船は一石――つまり成人男子が一年に食べる米――の千倍積める船から来てるので、同じ感覚で千樽船とか?
さて、軍船でもないキャラック船に随分と費やしたが、解説した遠洋航海能力と輸送力がガレー船を海の王者から蹴り落とすのに一役(というか理由の大半?)買っているのです。
・ガレオン船(Galleon:意味は軍船で語源はガレー船のガレーから)
時代:十六世紀~二十世紀
主な地域:大西洋から太平洋までほぼ全世界
使用者:欧州各国
使用目的:航路の護衛や輸送
形状:船首楼、船尾楼、複層化、船腹は艇長の四分の一程度(ギャラック船より船首楼が小型化しスリムに)
材質:木製、二千本から三千本の木材が使用された(500トン級で2300本)
全長:最小30m~最大60m
速度:最高10ノット、最低0ノット(無風時はほぼ潮まかせ)
乗員:最小50名、最大600名
排水量:最小200トン~最大1000トン(平均的なガレオン船は500トン前後)
動力:帆
建造期間:四十五日(500トン級)、船大工・鍛冶師など約4500人
価格:65000ポンド(英国1637年製ガレオン船)、現代日本円換算だと16億円相当
戦闘方法:20門~50門。舷側砲による射撃で敵船の船員及び構造の破壊。大砲の射程は500m~1kmなど様々に伝わりますが有効射程――まとも当たって破壊力を発揮できる――のは100~200m程度。
十六世紀、アメリカ大陸の再発見などで遠洋航路の重要性が増していました(大航海な時代)。
各国は西に東に黄金を奴隷を香辛料を茶をと運びます。
しかし折角略奪した黄金を敵対国家の私掠船――海賊に奪われては大変。
そしてこれまで主力だったガレー船は地中海のような内海や沿岸部でしか戦えません。
キャラック船も自衛のために大砲を搭載していましたが――武装商船というやつですね――艦首楼と船尾楼に大砲を積んでいたためトッヘビー、つまり船の上が重くなり転覆しやすくなるなど欠点がありました。
故にキャラック船を軍船として最適化していきます――これがガレオン船となります。
当時発展著しくも『重いから乗せたくない』『命中率が悪い』など嫌われていた大砲も船体の各甲板の両舷に満載します。
キャラック船では存在しなかった砲甲板――荷物を積むべき船内の複層部分――に何十門と(数撃てば当たる理論ですね)。
こうして戦闘専門のガレオン船が商船団を護衛するようになります。
――さて必要から生まれたガレオン船ですが海戦の王者ガレー船にとってある意味相性最悪でした。
何せ近づけさせてもらえない……瞬間速度なら上なのですが肝心の衝角で狙うべき舷側にはガレー船を撃沈できる大砲がズ・ラ・リ!
衝角戦術や移乗戦術どのうのこうの以前に船首から船尾まで砲弾に撃ち抜かれれば船体構造も乗組員も被害甚大。
そもそもガレー船が活躍できる地中海の経済的価値が低下しています(当時はスエズ運河が無く、地中海と紅海が繋がっていませんし、陸路もイスラム王朝が押えてました)。
欧州の国々にしたら貿易――主に香辛料――するにはアフリカ最南端の喜望峰経由となり、結果遠洋航海できないガレー船は時代に三行半を突きつけられました(ガレー船は涙目である)。
ネタ:ガレー船からガレオン船への王座交代劇ですが一瞬で行われたわけではありません。
具体的には英国のガレオン船団にスペインやフランスやスウェーデンのガレー船団が何度もボッコボコに負けるまで(汗)。
いえ、そんなもんなんですよ現実は。
スペインなんてガレー船艦隊がイギリスのガレオン船艦隊に負けた後も、移乗戦術に固執して何度も負けてます。
一度負けただけで今までの主力艦・戦術を捨てて次世代艦・新戦術に乗り換えるなんて早々しないしできないんです。
まず予算もなければ、敗因が艦の性能とは確信できない……我々は後の世で研究され尽くした結果を知ってるだけで当時の方々は知らない(神の視点を持たない)。
将兵の血と遺族の涙で敗北を味あわなければ次世代艦への変更などされません。
この手の固定観念というか常識の壁、異世界転生や召喚の知識チートの限界と挫折を示すのに便利かもしれないですね。
余程の強権――国王や王太子でも国庫をカラにするような新式艦の艦隊建造など一存ではできません(予算的にも時間的にも人材的にも木材資源的にも)。
家臣――官僚や軍人にしたらそれは国を滅ぼす愚行にすら見えるでしょう。反対意見や抗議の辞職ならまだいいのですが反乱による拘束、最悪革命による死刑さえありえます。
ネタその②:ガレオン船だが実は戦闘が無い場合、大砲を減らして普通に商船として利用されていた。武装したキャラック船が戦時に軍艦として使用された逆である。
まあ、輸送船だったキャラック船を戦闘用に手直ししたのがガレオン船なのだから当然といえば当然ですね。
平時はせっせと所有者出資者――概ね大商人や王侯貴族――のために日銭を稼いでくれるガレオン船は維持に手間の掛かるガレー船より経済の面でも優秀といえました。
海軍モノの創作をするとき、戦闘や軍事的任務ばかりだと単調になるのでこの手の商売系を混ぜるとアクセントになるかもしれません。
・魔界の海軍提督に就任した魔王マネーモン。お金が大好きな彼は軍務――天界への砲艦外交――の間に小遣い稼ぎしようと商品(免罪符とか?)を仕入れるが、なんと天界の政変で免罪符が紙切れに!! このままでは破産一直線!! 『これは魔王を陥れる狡猾な罠だ』と決め付けたマネーモンは、自らの財産を守るため混迷を極める天界へと舵を切った……作者は主人公を苦しめるのがとてもとても大好きです。
・戦列艦(ship of the line:列を成す船、では何故、列を組むかというと……?)
時代:十七世紀~二十世紀
主な地域:大西洋から太平洋までほぼ全世界
使用者:欧州各国
使用目的:海戦
形状:船首楼、船尾楼、複層化、船腹は艇長の四分の一程度(キャラック船より船首楼が小型化しスリムに)
材質:木製、六千本の木材が使用された(英国製104門一等戦列艦ヴィクトリー)
全長:最小46m~最大70m
速度:最高13ノット、最低0ノット(無風時はほぼ潮まかせ)
乗員:最小50名、最大1100名
排水量:最小1500トン~最大2000トン(主流の74門戦列艦は1500トン前後、それでも最大級ガレオン船を上回る)
動力:帆
建造期間:発注から竣工まで4年(フランス製74門戦列艦コンケラン)、
価格:年代ごとに価格差が大きい(正しくはポンドの価値変動が激しい)
130000ポンド(英国製1815年101門戦列艦ダンカン)、現代価格だと19億円相当
63000ポンド(英国製1765年104門戦列艦ヴィクトリー)、現代価格だと14億円相当
戦闘方法:50門から140門。主流は74~80門程度。舷側砲による射撃で敵船の船員及び構造の破壊。進歩した大砲の射程は1m~2kmなど様々に伝わりますが有効射程――まとも当たって破壊力を発揮できる――のは100~200m程度。
非装甲、非動力軍艦の集大成(装甲艦への過渡期に蒸気式外輪と帆走の併用はあるが機能美的に好みじゃないので排除)
まあ、実質大型化したガレオン船です。では何故個別に取り上げたか?
戦列艦という名前は、単縦陣戦術――旗艦を先頭に縦一列に並び戦闘を行ったことからきてます。
ガレー船時代の海戦だが基本一隻対一隻を同時にやっているだけで連携戦術ではない(というか近づくと味方同士で櫂ぶつかり動けなくなる)。
ガレオン船の時代も風上を取ったりの駆け引きはあったがまだ艦隊規模での戦術は無かった。
どうして戦列を組むかというとそのほうが強いからだ。
まず戦列艦の火力は左右舷の舷側砲による。
つまり単列を組む事で左右に味方がいない=射撃を妨げない陣形を組める。
次に艦の正面や後方から攻撃を受けない。木造船の宿命として縦に砲撃を受けると船首・船尾に砲弾が貫通してしまう。それも船員や構造物を破壊しながらだ。
何より複雑な意思疎通がいらない。
海上では声は波風の音に掻き消され、手旗信号も戦闘中注視できない。
前の艦にただひたすらに追随するという戦術はある意味時代に即している(遠距離通話可能な魔法がある世界では一考すべき要素)。
とまあもろもろにより初めて艦隊による集団戦術――単縦陣戦術が生まれた。
連携をとらずバラバラに動く敵に対して戦列を組んだ艦隊は強かった。
戦列を組めない艦隊は、意思疎通の不備&錬度が低い、対して戦列を組めるような艦隊は司令官から一兵卒まで錬度が高いという実力の差が明暗を分けた面もあった。
実際、戦列を組める同規模の艦隊同士では中々決着がつかないなんてことも……単縦陣戦術は海戦における初の集団戦術であるが最低限艦隊戦するにはこれができないと話にならないという足きりラインと考えたほうがいい。
ネタ①:帆船を調べていて面白いネタを見つけた。なんというか沈没原因が酷い。
雷が帆柱に落ちて炎上なんていうのは可愛いもので、蝋燭からの失火で最新鋭艦が焼失なんてものから大砲を積み過ぎて旋回時、艦の傾きで大砲が片側へ寄って――固定してなかった――そのまま横転という信じられないものまで多岐にわたる。舷側の窓から水が入って沈没も哀しい。
ネタ②:魔法や超能力がある世界だと陸と同じで海戦も全く異なる。
例えば空飛ぶ騎馬がいれば油壺を落とすだけで帆船なんて燃えてしまう、帆の綱を切るだけもいい。
定番の火の玉を撃ち出す魔法の射程が大砲より長ければガレー船や戦列艦を跳び越して”燃えない船”の必要性が出てくるだろう。
風を操れるならガレー船を早々に帆船が駆逐するだろうし――漕ぎ手が要らない分、魔法帆船のほうが移乗戦術用の兵士が乗れる。
海の流れそのものを操れる異能者がいれば櫂も帆も要らずに船が水上を走るだろう。
また、水中にすむモンスター――海龍などを操れるモンスターテイマーなら船底を直接破壊してしまうかも。
敵と同じだけの異能や魔法や超能力が無ければ貿易航路の独占を許してしまう。
そもそも遠洋航行にしても真水を生み出せる魔法があればそれだけで船の積載量を節約できる。通信魔法だけでも海上戦術や連携を複雑及び高度化できるはずだ。
ネタ③:ガレオン船や戦列艦これを造り過ぎると国が傾きます。建造費も沢山いりますが何より木材がヤバイ。
一隻造るのにも数千本の成木が必要であり建造費の七割が木材という船もある。
森林資源の無い国が――ある国でも――海上貿易をすると即行で禿山だらけ。
冗談ではなく十八世紀のイギリスはあっさり森林資源が枯渇した。
事実足りなくなった森林資源を確保するために北欧からの木材輸入量が七倍以上に膨れ上がっている。
海上交易を維持するためには戦列艦が必要→森林資源が足りないので輸入→木材を海上輸送するために制海権が必要なので戦列艦が……
どっかの集団戦闘のネタ①で見た展開ですね。血を吐いて続けるマラソンです(乾いた笑)。
おまけに木は腐ります。経年劣化すると新造時に負けないぐらいの金と木材を使って修理しなければなりません。船底に張り付いた貝殻を剥がしたりも必要。
戦時など特別な時期を除いて全艦艇の三分の一程度は船渠に入っていたとも(交代で修繕と貿易をしてるわけです)。
これだけ無茶やっても維持する価値があるほど新大陸の財宝や奴隷貿易や香辛料貿易が魅力的だったんでしょう。
さて大航海時代と火砲の進歩により絶頂期を迎えた帆船ですが、頂に至った以上墜ちるのもまた必定。大洋の覇者は新たなる支配者の降臨によりその身を海に沈めることとなります。
次回、海軍 動力船編「装甲艦現る!!」(ナレーション)
蛇足:建造費のポンドの現代円換算だが俸給(人件費)を基準に考えるか食料の値段(食費)を基準に考えるかでかなり差が出ます。
例えば俸給換算だと現在英一般平均年収が28000ポンドで1700年代の一般平均年収が30ポンド。1ポンドの価値が現代比較で933ポンド相当……いやいやどんだけ。
今回は船――つまり物――なのでできるだけ小麦やパンを参考に物価換算した(中世英国大工の年収13ポンドとか基準にすると戦列艦一隻で420億円)。
1577年の1ポンドが現代だと260ポンド相当
1600年の1ポンドが現代だと164ポンド相当
1750年の1ポンドが現代だと150ポンド相当
1860年の1ポンドが現代だと65ポンド相当
1940年の1ポンドが現代だと38ポンド相当
*食費基準換算
海戦とは関係ありませんがファンタジー世界で貨幣関係の描写するときは人件費抑えて食費高くしたほうがいいかも知れませんね。現代の感覚で書くと人件費が凄い事になりそうです。
また戦争中は貨幣の価値が下がるし戦後(勝利)だと価値が跳ね上がる。
まあ、昔になるほど1ポンドの価値は高いと考えて欲しい。人の価値が安いとも。
この価格調査が一番手間取りました。戦列艦とガレオン船の建造費調べていたはずがどうしてこうなったのやら(トホホ)。
これだけ調べても創作世界によって――木材が無制限入手可能とか魔法一発で船が造れるなどなど――無意味なんですがね。