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第3話 草原

「幸せそうなやつだなあ」

 晴れた空の下、クジラを見るために、あかりの右手の上に自分の手をのせたまま僕はそう言った。あかりに依存しているのがなんだかとても恥ずかしい。


 結局僕らは何をするわけでもなくそんな風に、じっとしていた。

 少し雨に濡れた芝生の上は、ちくちくとこそばゆい。


「それにしても信じられない、こうしているときだけクジラが見えるなんて」

「霊感のおすそ分けです」あかりが笑いながら言う。

「いらないよ、そんなの!!」

「男の子なのに、幽霊が怖いの?」


「違うよ!!」あわてて否定する。

 けど図星だった。僕はそう言うとふてくされるとあかりの手を放して、空を見上げた。

 こうしているとクジラのような形をしたただの雲しか空には浮かんでいない。

 草むらの上に腰をおろしたまま、僕らの時間はいつも通りにすぎていく。

 クジラには僕らが見えているのかどうかわからないけど、鳴き声は何かを表現しているかのようで。

「あのクジラ、何か言いたそうだよねえ」

 あかりが心配そうにクジラのいる方向を見てそういった。


 幽霊はいつもみんな何か訴えたそうなんだよ。そんなふうに付け加えて言った。


「クジラ、きちんと成仏させてあげたいなあ」

 成仏って・・・・・・

 あかりが僕のほうをじっと見る。

 無茶振りもいいとこだ。いったい僕にどうしろと、そういうのはあかりの父親の仕事だろう。

 けどあかりに無邪気に見つめられると、なんだかドキドキしてしまう。

「楽しそうに空を飛んでいるだけだし、別にいいんじゃないの」

 どうしてそんなクジラに構うのさ、僕がそう尋ねた。


 しばらくあかりは、黙っていたけど、やがてうつむいて、言葉を絞りだした。


 うん、そうかもしれないけど。

 何もできないかもしれないけれど。


 でも死んでいるのに、生きているときと、同じようにふるまうのはとても辛いことだと思うんだ。

 もう、何をしても変われないし、何も感じない。

 ただ、そこにいて生きていた時の名残を繰り返しているだけ

 本当はもう、あのクジラには帰るべきところがあるんじゃないかって。


 そのままいれば自分の感情にのみ込まれて、苦しみ続けてるだけで、いずれ・・・・・・


 どうしてか、そう静かに言った時のあかりの横顔は、今まで見たことがないぐらいに、ひどく寂しそうだった。

「わかったよ・・・・・・どうすればいいのかよく分からないけどやってみる!」

 あかりの横顔があまりにも寂しそうで、僕は思わず勢いでそう言ってしまった。


「ありがとう!!」

 あかりはうれしそうに眼を輝かせ、スカートをたたむようにして、僕の隣に座りなおした。

 甘いにおいが鼻孔をくすぐる。

 今日が始まるのはまだまだ、これから。日常から少しだけ離れた体験が始まり、静かな風と共に続いてゆく。



 いつものように退屈な授業が終わり。

 人目を避けるようにしながら雑踏を抜ける。


 学校帰りに、あかりと色々相談しながら、クジラの元を目指した。

 僕らの大事な時間が始まり、電車から見える風景があっという間に都会をすぎる。


 あかりがクジラについて勝手なことを色々と言う。

「クジラと一緒にゲームがしたいな、私マリオカートとか得意だよ!」

「そうなの!?!あかりはすぐ逆走しそうだけど・・・」

「そうなの!?あかりは不器用そうだけど・・・・・・」

「なんだかクジラの方が上手そうだなあ」

「そんなことないよぉ」


 ふくれっつらをするあかりをからかいながらも、僕らは、クジラについて色々と考えた。


 きっと大切な人に抱きしめて欲しいのだよ。

 あかりは電車から降りる前に、最後にそう言ったけど、クジラをどうやって抱きしめるのさ・・・・・・


 それ以外にも、あかりにはなにか成仏させるための、心当たりがあるらしく、自身満々だった。

 そんな姿を見ていると、逆になんだかとても嫌な予感がしてくる。

 原っぱへと到着すると。


「さて、今日は」


 いつもにましてはりきった顔をしたまま、あかりが大きな胸をそらして言った。

 セーター越しにもはっきり分かる。

 空を向いてクジラの方を見つめているから、僕の視線には気づいていないようだ。


「クジラ救出大作戦です!」

 なんだそれは・・・僕は頭を抱えた。

 そう言うとあかりは、カバンの中から、何かがさごそと取り出した。


 小学校の頃使っていたようなピアニカだ。それを僕の方にはいっと手渡すと。

「ここで、青の作った曲を全力で歌います!!」

 や・め・ろって!!!


 思わず叫んでしまった。は、恥ずかしすぎる、それは無理だ。

「どうして?」

 あかりがきょとんとして僕の方を見た。

 クジラに素敵な音楽を聞かせて気分よく、成仏してもらう作戦らしい。なんだよそれは・・・・・・

 この間、あかりに曲を作っているってちょっと言ったことを後悔した。


「やろうよ、クジラも音楽を聴きたいと思うよ?」


 いやだ、ぜったいやだ。あかりに聞かれるのはまだ、なんだか恥ずかしい。

 結局そんな僕に対して、あかりはちょっとふてくされていた。

 あんまりうまくないピアニカでぷー、ぷー変な音を出している。

 クジラの方を見ながら一心不乱になって、僕のことなんて気にもとめていない。


 はじめの日はクジラの姿が見えず。

 あかりに手を握ってもらっている間しか見えなかったけれど。


 いつの間にか次第に僕一人でも、ぼんやりと姿が見えるようになってきた。

 でもそれはあかりには黙っていた。あかりが言うように“霊感”とやらが僕にも移ったのだろうか?


「今日も元気そうだね」


 音が聞こえているのかどうかは良く分からないけど。

 空のクジラは、適当なあかりのピアニカに合わせて、リズムをとるかのように

ふらふらと飛び回っていた。


 僕の隣に座り、急に手のひらを重ねながらあかりがそう言った。

 クジラは今日も一段と高く空を飛び、激しく動き回っていた。


 どこか寂しげな雰囲気にも見える。


 クジラの鳴き声、空飛ぶクジラ。

 クジラのしたいこと、クジラのかなわない思い、クジラクジラ・・・・・・

 いったいどうすればいいのかなんて、さっぱり分らない。


 ほのぼのとした原っぱの下で、太陽に照らされ、のんびりしているだけだ。

 もうすぐ夏も終わりそうで風が心地よい。

 そうやってあかりと一緒にクジラを眺めていると、なんだか他のことはもうどうでもいい気がしてくる。


 空に浮かぶクジラは秋を運ぶ使者のように、僕らの中を少しずつ縮めてくれる。


 きいきい鳴く声を聴きながら、僕が今度作る新曲には、クジラの声を録音して使おうかなと思い始めていると。

 突然バッとスカートをひるがえしながら勢いよく立ちあがった。


「おおおおおおい、なにがしたいのおおおお」

 クジラに向かってあかりが大声を上げていた。


 そんなの答えてくれたら苦労しないよ!!


 僕はそんなふうに叫ぶと。

 頭の中で作曲作業を再開した。クジラと女の子が大声で歌っているような

そんな新曲があたまにぼんやりと浮かんでいた。


 当たり前のように返事をしないクジラに飽きたのか、あかりが僕の横にドスンと座り込んだ。随分と距離が近い。

「どうしてこいつ、いつもここにいるのかな?」

 僕はドキッとした気持ちを、隠すかのように隣に座るあかりに訪ねてみた。


「なんでだろう?でも」

「幽霊はたいていいつも決まった場所に現れるの」

 そうやってあかりがまたどこか寂しそうに言った。

 生きている時にとても思いが強かった場所に、惹かれやすいのだと。


 いつも幽霊のことを話すとき、あかりはすごく複雑な表情をする。元気なあかりからは想像もつかないぐらいだ。


 しばらくそうしして、クジラに話しかけたり、手をふってみたりして何か反応がないかと思ったけど、全然だめだった。

上手くいかずに、あかりが何だか隣で困ったような、不安そうな顔をしている。

 クジラとコミュニケーションをとるのは難しい・・・・・・


 しょうがない、ここでこうしていても何も進まない、そう思ってクジラについてもっと詳しく調べてみようよ。

 不安そうなあかりを見かねて僕はそう提案した。

 確か今、図書館の小展示でクジラの企画をやっていたような気がする。


 空のクジラは気になるけど、このままこうしていても、時間が過ぎていくだけだ・・・・・・

 答えがあるかは分からないけど、もしかしたら、ヒントが見つかるかもしれない。

 そう言う僕に対して、うん、とあかりが神妙な面持ちでうなずいた。


 クジラは巨大な飛行船のように遥か上空を漂い続けたまま

 どこか遠くの世界を見続けているようかのようだ。


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