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第2話 回想

<2週間前>


 僕の毎日はいつもコンビニから始まる。

 コンビニでご飯を買って。

 コンビニで雑誌を読んで。

 コンビニの冷房で生き返る。


 できればコンビニで風呂にも入れて、生活できればいいのに、もういっそコンビニで生まれ育ちたかった。


 雑誌を読み終わって、ドアを開けると、空の外の空気はどこか雨の匂いがした。

 今日はまだ曇り空だけど、近づく台風のせいで、最近天気が良くない。


 強い風に揺れる音や、その辺を歩く学生の話声。

 余計な雑音を入れないように、イヤホンを自分の耳にねじ込む。

 コンビニと音楽さえあれば、もう他の物はどうでもいい気がする。


 いつもの聞きなれた音楽が、全身に染み込むたびに、少しだけ気持ちが落ち着き、ちっぽけな自分の存在を忘れさせてくれる。


 たいして特技はない僕であるけど、音楽だけには昔から夢中だった。

 4歳のころからエレクトーンを習っていたし、ブラスバンド部なんかで、小さい頃全国大会に出たこともある。



 そして高校生になった僕は部屋の中で一人、ボーカロイドって音楽ソフトを使って曲を作っていた。

 今の時代、高校生でも一人で音楽を作って世の中に作品を出すことはいくらでもできる。


 自分の感性と、ささやかな経験だけが武器だ。

 朝は随分と早かったから、無駄に遠回りしながら学校まで向かう。

 作っている新曲の構想をゆっくり頭の中で練りたかった。

 作った曲が地味ながら評価されて少しずつレベルが上がっているようで、なんだかワクワクしていた。


 一人っきりでこもっているだけの自分の世界が、色々なものを通して、外へつながろうとしている。

 そんな感覚がすごくうれしかった。


 都心から、たったのひと駅。ただそれだけで、恐ろしいぐらい風景は田舎になる。


 山道を越えて、ほんとにここは都心のど真ん中なのかと疑問をいただきながら

歩いて、林を抜けると広い原っぱのような場所がある。


 空がどこよりも広く見えて、一番雲に近い場所のように思えてくる。

 僕のお気に入りの場所だ。


 けど今日はそこには先客がいた。

 背はちっちゃいけど、すごく元気そうな女の子で、僕の高校の制服を着ていた。


「んー・・・・・・」


 どこかで会ったような、けど学校では見たことないよなあと思った。

 クラスメートではないし。

 一人の女の子の顔を覚えているわけもないか・・・・・・


 女の子はちょっと肩を落として、困ったような顔で空を見上げて、何かを深く考えこんでいるようだった。

 いつもは元気だけど、少しだけ陰りがある。そんな雰囲気を醸し出しながら。

 良く聞こえないけど、空に向かって何かを話しているようだ。


 なんとなく声をかけていい雰囲気なのかどうかわからずに、僕はこっそりその場を立ち去ろうとした。

 そのとき女の子が振り返って僕の方を見た。


 僕が会釈をして立ち去ろうとすると、女の子が、驚いたような表情を見せた。

 丘の斜面に立っているのに大きく手を振りかぶって、大げさにのけぞるから、女の子は盛大に転げ落ちそうになった。


「わ、わ、わ、わあああああああ」


 あわてて僕は駆け寄り、女の子の手をひっぱって転ばないように、起き上がらせた。

 その時視界の端に、何かが映った。


「わわ、ありがとう!」

 いえいえどういたしまして、僕がそう答える間もなく。

「こんにちは、私あかりっていいます」

女の子は突然そんな風にして元気よくお辞儀をした。

戸惑う僕をよそにして、陽気に言葉を紡ぎだす。


「ねえ、私が話してるのが見えた?」

女の子がそう言うので、独り言か何かのこと?僕がよくわからずそう聞きかえすと。

「ううん、見えてないならなんでもないの」

女の子はそう答えた。


 変なやつだなあ、僕があかりに対する第一印象はそういう感じだった。

 その時は何がなんだか良く分らなかったけど、とにかくそんな風にして僕らは出会った。


 

 ちょっとずれたところのあるあかりに振り回されながら、僕は毎朝コンビニでいつも一人のあかりに遭遇したり学校帰りにこの原っぱで出会ったりしながら、少しずつ仲良くなっていった。


 感性が近いのだろうか、僕らが好きな物はよく似ていた。

 好きな音楽、好きな場所、好きな色。全部同じだった。


 あかりのお父さんは、お寺の住職さんらしいが、なんでもロックやバンドが好きで

全国を飛び回っているらしい、楽器かついでライブばっかりしているから困るんだよねえと、そう文句を言っていた。


 木魚で16ビートを叩いているとかそんなことで、あかりはぷりぷりと怒っていた。


 何度か会ってお互いのことをいくつか話したけれど、あかりは時々、僕ら二人っきりのなのに今そこに誰かいた?とかちょっとおかしなことを言い出したり、何もない空間をじっとみつめたりしていた。


 そんなある日にあかりが、空飛ぶクジラを見に行こうと言いだして、なんだか、また変なことを言うなあと僕は内心馬鹿にしていたのに、なのに。


 なのに。


 大きなクジラは僕の眼の前を悠々と、空を飛んでいた。

 なんでだよ、なんでクジラが空とぶんだよ。


 しかも、こいつ今までずっとこの原っぱにいたのか!?

 ここには何度も来たけど僕は気づきもしなかった。

「ねえ、あかり、あれ何!なんで飛んでんの?」困惑する僕。


「えへへ、教えないっ!!」

 あかりが満足そうにそう言った。


 知っていたら教えてよ、なんだかつい必死になって、あかりの肩を掴んでガクガク揺らしてしまう。


 あかりは痛い、痛いよ青、と声をだしながら僕の方を不意に見つめて。


「青は幽霊って信じる?」

 あかりが唐突に僕にそう聞いてきた。

 えっ、と僕は思わず止まってしまった。


「幽霊はみんなには見えなくても、静かにそこにいるんだ」

 あかりが聞こえないぐらい小さな声で、ぽつりとそうつぶやいた。


 森の中にいる人影のようなもの、ひしゃげた電柱の脇にいる。猫や犬の黒い影

街の中、所々に点在する死の影、そんなものが見えるとあかりは言った。


 そして、原っぱにはクジラの幽霊!?!

 いやいやそんな馬鹿な・・・・・・

 だいたいなんで僕にも見えるんだよ。


 眉をひそめて疑問に思う僕の心境を察したかのようにクジラの他にもそこにいるよ、青の後ろにも幽霊がいる。

 あかりが脅かすかのようにそう言った。


「そこ、見ていてね」

 あかりがなんの変哲もない草むらを指さす。

 それからゆっくりと草原に投げ出した僕の手の上に、自分の手を重ねる。


 そのときぼんやりとタンポポみたいなものが浮かび上がってきた。

 見間違いじゃない。どう見ても普通の、何の変哲もないタンポポだ。

 あかりの手が触れるまで、そこには草むらしかなかったのに。

 時々ノイズのようなものが混ざり、タンポポの姿は不定型に揺れる。


 驚いた表情をあかりに向けると。

「あれも、幽霊なんだ」

 あかりが静かにそう言った。

 触ってみなよ、そううながされて。


 手をひいて、立ちあがる。そっとタンポポを手に取るようにしてなぜると、綿毛は風になびいて、空へと散り散りに消えていった。

 ふわりふわり。


 綿毛に触れた僕の手には、どこかこの世のものとは思えない冷たさが残った。


 けど、消えてしまう前に何か、小さな声で「ありがとう」って聞いた気がした。

 飛べない綿毛の怨念を残したまま、季節はずれのタンポポは、ひっそりとたたずむ。


 僕らのそばにはこんな幽霊がいつもいるのかと思うと背筋が少し寒くなり、不安になる自分の気持ちをごまかすかのように。

「あかりに幽霊のクジラが見えるのは、なんとなく分ったけど」

「けどなんで、こんなとこに、いるんだろう・・・・・・」

 僕は気持ちを紛らわすようにして、そう首をひねった。


「この間の台風で、流されてきて、空と海を間違えているんじゃないのかな?」

 あかりがクジラを見上げながらそう言った。


 それがほんとなら、ずいぶんマヌケなクジラだなあ・・・・・・僕はそう思った。

 僕らの思いのことなんか知らずに、クジラが空をはねてアーチを描いた。かき消される雲が、まるで虹のように空を舞う。


 あまり受け入れたくない現実を受け入れた僕をあざ笑うかのように、クジラは何か楽しそうにしながらキイキイと鳴き声をあげて、原っぱの空を飛び回っていた。


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