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雪の降るクリスマス(パン×クロックス版)

 あれはいつの事だろうか? 小さな私はクリスマスプレゼントにクマのぬいぐるみを貰って、雪の降る庭で遊んでいた覚えがある。

 気に入った物はいじり倒し、常に持ち歩かないと気が済まない私は、雪の中に白く小さなぬいぐるみを持ち出し……見失って泣いた。両親も探してくれたが、見つからなかったと思う。無くして出てこなかったという記憶だけが残っているからーー




 〝オナニーしてたら偏頭痛〟



 朝日と共に寝て、夕方起きる。無気力な生活でバランスを崩した私は、無意識のうちにまさぐっていた手を離してうずくまる。

 しばらくすると痛みが引いたのでテレビをつけると、夕方の子供番組が安いアニメを流していた。明るく元気な子供達を見て、余計に気分が沈む。当たり前だ、いい歳こいた女向けの番組じゃないんだから。


 カーテンの無い部屋を西日が消毒する。その光の中で輝くホコリを吸い込んだのか、やけに喉がいがらっぽい。

 枕元にあった気の抜けた缶ジュースを一口飲むと、セブンスターの箱を開けた。


『ラス1か……』


 カラカラと振ってから口に放り込んで火を付けた。

 深く吸い込んだ煙が肺にドッシリと落ち着いて、溜飲を下げる。タールとニコチンを肺胞の隅々まで送りこんでから、ボフーッ と長く吐きだすと、真っ白な煙が棒の様に直進して消えた。

 その棒を十本ほど放射した後で、飲み切った缶に火を突っ込むと、ごろりと横たわる。


 泣きたい様な、泣くのも面倒くさい様な、根腐れを起こした私の目は、汚い部屋を映し出すが、全てにソフトフォーカスがかかったようにピントが合わない。ため息をより深く吐き出すと、肺胞の隅にでも残っていたのか、残煙が細く立ち昇った。


『めんどくさ……でも一服すいて〜』


 それから壁に足をぶつけたり、こすったり、漫画を読んだり、オナニーをしたり、ダラダラとベッドで時を浪費していたが、チェーンスモーカーの悲しいサガ、ヤニ切れの切迫感が私をつつく。

 仕方なしに寝間着にしているスエットの上にダウンジャケットを羽織ると、寒風吹く外に出た。


 アパートの路地裏、二回曲がればコンビニ「ホットマート」がある。裸足につっかけという師走に見合わぬ足元に痛みを覚えつつ、あったかいはずの店内を目指した。


「いらっしゃ……なんだお前かよ」


 大学の先輩が私を見て笑う、社会人になった彼は、ついこの間職場が倒産して、深夜のコンビニバイトで食を繋いでいるが……出勤早くない?


「ちわ、早いっすね」


「今日はクリスマス・イヴだろ? 他のバイト共が嫌がってさ、深夜勤のバイト代で俺が受け持った訳よ」


 そうか、今日はクリスマス・イヴなんだ。やべ、年末銀行閉まるから、早いところまとまったお金をおろしとかなきゃ。

 カードを作らない主義の私は少し気が焦る。もっともカード手続きが面倒くさいというのが八割方の理由だが。


 そんな私を見て、


「どうせお前の事だ、クリスマスなんて知らなかったろ?」


 ククッと笑いながらレジ横のサンタをポンと叩く。


「まさか、それくらい知ってましたよ」


 平気で嘘を付きながら、店内をぶらついて、コーヒーとお茶、おにぎりを手に取った。


「そこのチキンレッグな、それ本日限定商品」


 見ると、ホットコーナーにリボンの付いた照り焼きチキンレッグが並んでいる。こんな大きいの食べきれないと思うが、ファミリー層向けだろうか?


「多すぎますよ〜、どんだけ食うと思ってんすか?」


 笑いながら商品を置くと、


「セブンスター二つ下さい」


 と言ってポケットをまさぐる。右に小銭、左に札を突っ込んでいる、その左手でクシャクシャの紙幣を引っこ抜いた。


「お前そろそろ財布買えよな」


 レジを打ちつつ呆れ声を上げる先輩に、


「いや、財布とか意味わかんないし。カード持たない主義だからいらないっすよ」


 レジ袋を受け取った私が、挨拶をして帰ろうとした時、


「ちょっと待ってろ」


 先輩がバックヤードに入ると、すぐに出てきた。


「これ、やるよ。クリスマスプレゼント」


 見ると何の飾り気も無い、白のクロックスだった。だけどその中敷には、フワフワのフリースが付けられている。


「え、いいんすか?」


 突然のプレゼントに面食らってたじろぐと、


「いつも裸足だからな、真っ赤な指が痛々しいんだよ」


 笑う先輩になんだか赤面してしまう。お礼を言いたくて、何て言って良いかわからず、オウオウ言っている私に、


「ほれ帰れ、商売の邪魔だ。風邪ひくなよ」


 と言うと、背中を押された。


「ありがとうございました」


 やっと言えたお礼を残して外に出る。振り向くと、先輩が手をシッシッと振って追い出す仕草をした。


 もう一度お辞儀をしてから家路につく、その手には二つの袋。

 一先ずセブンスターを取り出して、包装を破り一本咥えると、火を付けて深々と吸い込んだ。


 その右手には少し重いクリスマスプレゼント。それを上から覗き込んで、フフッと微笑が漏れると、白い息と合わさった煙が大袈裟に立ち昇った。


 気に入ったものは常に持ち歩く私。


『今度はなくさない様にしないとな』


 そう思いながら歩く路地裏に、ホワホワと今年初めての雪が降りはじめた。

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― 新着の感想 ―
[一言] 詩を読んだ後にこの短編読んで、「え、オ○ニー?」とたじろいだ、ぐうたらです。チキンでスンマセン。まぁ、クリスマスはチキン食べてナンボですから、チキンでもいいな(←意味不明)。 メイド喫茶の女…
[良い点] 一人暮らしをしたことのあるズボラ男子なら、多分共感できるはずの主人公の人物造形が良いです。 先輩の無骨な優しさも素敵です。 [気になる点] 文章のスタイルも、心理描写と風景のスケッチの配分…
[一言] ははっ、オ○ニーはちょっと……パン×クロックスさんらしいけど(笑) 自堕落な女性にちょっぴりロマンチックなクリスマスが訪れ、少し優しい気持ちになれました。 今度はぬいぐるみを無くさない…
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