お伽話の結末は―前編
はい、最終話は二分割。
――複合型ダンジョン・果てなしの森。
地平線の彼方まで見渡しても、続く、続く広大な緑の濃厚な色。
森のなかほどには、天の雲を突き抜かんと聳え立つ、鉄の尖塔。
鉄の尖塔の付近には、ラスボスたるダンジョンの主人の使い、嘴が剣のようなとなっている強大な魔鳥が群れをなす。
ダンジョンの主人は、倒せばカミの技が手に入るという。
――ダンジョンの主人を倒す野望を持つならば、みっつのことに気を付けろ。
ひとつ。森一帯は、自走型の樹木のモンスター・足持つ根の木を始め、樹木系のモンスター全種類が棲みかとする、彼らに気を付けろ。別名の樹木系のモンスターの宝庫である。ここを通るならば、樹木系の対処法をもっていなくてはならない。
ふたつ。森中を移動し続ける、巨大化した突然変異型スライム・蠢き動く湖に気を付けろ。足持つ根の木の棲みかを踏破しても、この巨大スライムに飲み込まれ、溺死するだろう。
鉄の尖塔に近付くならば、この巨大スライムをどうにかしないといけない。尖塔の守護者がこの巨大スライムであるからだ。
そこで、みっつ。
空から尖塔に近付くならば、魔鳥に気を付けろ。彼らの体長は人間の二人分の体長、そして剣のような嘴が容赦なく襲い来るだろう。
――冒険者たちよ、強きを誇り、眠り隠された秘められしまだ見ぬ宝へ邁進する強欲の者たちよ。諸君の健闘を祈る。
<<冒険者ギルド発行・ダンジョンの手引き、Aランク者向けダンジョンの概要並び注意書編の果てなしの森の項より抜粋>>
★★★★★★★★★★
「――夜、か……?」
ダンジョン不法侵入者・レアンは杖を片手に、顔を伝う汗を拭いながら空を見上げた。
彼の琥珀色の瞳の先には、真っ黒な夜空に、輝かんばかりに光を放つ星々が瞬いていた。闇夜の女帝が支配する、命ある者たちが寝静まる頃合いだ。
――モンスターをのぞけば。
気配を感じたレアンは、すぐに視線を地上へと戻した。
そして、杖を振りかざし一気に叫んだ。レアンの体内で規格外の魔力が急速に練られ、杖の先端に集まっていく。
杖を媒介に、声を合図に、今、規格外の魔力を持つレアンの魔法が放たれる!
「集い叫べ――……風!!」
木々の向こうに向けて、レアンの杖の先端から暴風が吹き荒れ、一気に木々を薙ぎ倒していく。
初歩も初歩、髪をふわりとなびかせる程度の小さな風を発生させるだけの魔法が、レアンの魔力を通して発動されたため、格段に威力があがって上級魔法の威力となった。
そのために、まるで気紛れな風の精霊たちが突然暴れたかのように、暴風を伴う嵐が発生して木々をなぎ倒し――結果、レアンを襲おうとした足持つ根の木たちを、通常の木々と一緒に根こそぎ倒し、幅の広い道ができあがった。
「あれ……やりすぎた」
血塗れの杖を持ち直し、レアンはあちゃーと天を仰いだ。
彼の目の前には、緑を剥がされた大地が、裸のままの色で横たわっていた。
暗い色で覆われた夜の時間、大地の色はわからない。昼の時間なら鮮やかな茶の色を見ることができただろうけれど。それは他の森を彩るすべてにいえたこと。すべては夜の色にのまれ、本来の色を隠されているのだから。
――しかし、夜こそ力を発揮するものは、夜にはのまれない。夜に色を隠されはしない。
「えー……?」
レアンは嘘だぁ、と現実逃避を行いたくなった。
「昼間に、踏破するつもりだったんだけどなー」
陽の神が守る時間帯、朝か昼に倒すことを前提としていたモンスターが、レアンが作った道の向こうに、いた。
それは巨体から想像できない早さでもって、レアンに迫る。木々を踏み潰し、大地を覆い尽くし、それは進む。
それは側面が個体と液体の中間のジェル状、頂きが液体の“蠢き動く湖”。果てなしの森のダンジョンに挑むたくさんの冒険者たちを飲み込んできた、鉄の尖塔の守護者。
――歴戦の強者が、いま、レアンに迫る!
「殴れないじゃん!」
次に敵に遭遇したものなら、殴る気満々だったレアンは、舌打ちをしながら杖を構え直した。殴打の構えから、杖本来の用途である、魔法を放つための構えをとったのだ。
杖は本来殴打するものではないのだから、魔法使いとしては正しい姿である――レアン・ストドレアン・ディートリッヒは魔法使いなのだから。魔法主体の冒険者のはずなのだ――たとえ怪力をもってして、ステータスの“ちから”をマックスにしたくとも。
「だったら、動きを止めるまで!」
レアンは魔力を一気に流すだけではなく、大気中にダイレクトに放出した――杖を媒介にせず、大気中に流された魔力は暴れやすい。
レアンは杖に込めた魔力以外の、大気中に漂う己の魔力に向かって呪文を唱えた。
呪文は、力ある言葉。力ある言葉は、魔力を込めることで、言葉に宿る力を操り、世界へ顕現させる。力ある言葉に込める魔力が大きければ大きいほど、効果は大きくなる。
「魔力よ、はむかう輩の天敵をここに喚べ!」
――杖を介さない魔力は、それだけ強い。
そして、効果も強い。
レアンは、力に任せて喚んだ――蠢き動く湖の、上を行くだろう存在を。蠢き動く湖を一瞬でも足止めするために、一瞬だけ喚ぶつもりだった相手は、
「お肌荒れるでしょ、喚んだのどこのバカよ!」
「何でお袋なわけーっ!!」
蠢き動く湖の足止めするために、レアンが喚んだ天敵。それは、レアンを産み育てた実母、現在モンスター・エスカルゴキングの美容パックを顔に施した魔女リーアシェンシーであった。
★★★★★★★★★★
「……むぅ?」
そして、ところ変わって鉄の尖塔の最上階。
熟睡していた姫君が、森を破壊した魔法に目を覚まして、うにゃうにゃと朦朧とし、重い瞼をこすっていたら、
「……あ゛?」
――五百年前振りの元凶の気配に、一気に目がさえた。
「……ふふ」
五百年前も忘れていた元凶。彼女の人生を変えに変えた元凶。五百年前も放置しやがった元凶。
――穏やかに過ごす日常では、思い出しもしなかった元凶。たまに思いだしかけても、すぐに記憶の奥底へ追いやった元凶。
そんな元凶が、すぐそこに。
彼女は元凶に会って、今さら何がしたいというわけではない。五百年前もあったのだ、復讐なんて馬鹿馬鹿しいものだと学習したのだ――果てなしの森を訪れる冒険者たちを見て。
けれども。
「一言くらい、申してもいいよね」
一言くらい、顔を見て文句をいってもいいだろう。
ひとの就寝時間を邪魔したのだから。