プロローグ
・・・何から話せば良いのやら。
この内容自体は私、質宙のほぼ現実です。
書いている当日の『7月2日の昼過ぎ』に手術をしました。
ええ、モチロン『イボ痔』のです。
・・・手術はあっという間(30分程度)に終わりましてね。
今はまだ病室のベッドの上で寝てる所です。
麻酔で下半身は動かないがスマホは弄れまして・・・。
なので今現在、ポチポチと小説をしています。
・・・あ、当然『手術は成功』していますよ!。
では、私の実体験?の始まり、です。
『ああ痛い、お尻がイタイ』
なんで痛いかって?、それは黄門様から出てるのですよ、印籠が。
・・・冗談です。本当は、お尻の穴から出てるのは『イボ痔』なのです。
イボ痔って凄いのですよこれが!、お尻に出来た痔を指で触ってみると、サイズは例えるならば『ピンポン玉』。もうパンパンなのです。
それが黄門様から『コンニチワ』してるのです。
あいたたた。ホントお尻痛い、・・・痛いよ。
◇◇◇◇◇
お食事中の皆さま、軽くスルーですよ!ご批判は受け付けません。
◇◇◇◇◇
・・・この痛みは友人の仕事のお手伝いに行った時、力仕事でかなり力んでしまったのがいけなかったのか、はたまたこの歳で(43歳)就職活動中などの精神的な重圧が要因としてあったからなのか?。
でも、どうしよう・・・。
やっぱりこれ以上ひどくならない内にお医者さんへ。
恥ずかしいけれど、もうこの痛みには代えられません・・・。
これはそう、誰しもが抱える可能性のある・かもしれない病をつづった物語・・・である!?
。
私の名前は質宙。
所謂作者本人である。
今思えば、あれは友人から『仕事を手伝ってほしい』と頼まれ、安請け合いをした結果、そうなってしまったのだろうか?。
・・・いや、その病の芽は以前からあったのかもしれない。
前職はタクシー運転手だった。
10年以上運転していて、座りっぱなしの毎日。
また、それ以前も運転する仕事で、長距離トラックの運転手だったのだ。
お尻に負担がかかっていたのは当然だったのだろう。
だが実際、その病の芽が私に牙を剥けたのはやはり友人の手伝いをした時からなのだ。
◇◇◇◇◇
ある日、友人からの電話。
友人の名前は『タケ』と言う。
「おい、質宙。仕事辞めたんだって?」
「いやータケよ、この歳になってニートだわ」
「ホントかよ、大変じゃないか?」
「まあ、少しくらい余裕はあるからまだ大丈夫だよ!」
ちょっと思案してタケ
が私に告げる。
「・・・なあ、質宙。ちょっと俺の仕事の方でさ、今人手が足りなくてちょっと手伝って欲しいんだけどさ」
「5月の土、日だけでいいからさ!」
タケは親の家業を継いで清掃業をしていた。
かたや私の方はのんびり仕事探し中の身である。
「・・・まあ、いいよ。土、日だけだろ?」
多分、簡単な掃除関係だろうと思い私はその仕事を受けたのだ。
◇◇◇◇◇
・・・『迂闊』・・・
まさに私に相応しいその詞、であった。
◇◇◇◇◇
これが俗にいう、起承転結の『起』ってやつなのだろう。
・・・うん、そういう事にしておこう。
・・・冗談はあっても、あまりにもな嘘は書きたく無い。
そんなこれは、エッセイ的なお話し。




