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1.マリーゴールドの呪文をあげる

作者: xxsionx



「ねぇジョーンズ、そう言えば君ってまだヒーローが好きだったかい?」


 こちらの許可もなくテレビをザッピングしていたジョーンズがヒーローアニメのチャンネルを見つけ、ようやくリモコンを離したのを見て、ふと懐かしい気持ちで口を開いた。

 彼とは幼い頃から行動を共にしていたが、ここ数年はそれぞれに友人を持ち、更には去年からジョーンズが一人暮らしを始めた事もあって兄弟の距離が離れてしまっていた――だからといって何とはないが、仲の良かった双子の兄としては、最近の弟の趣味などに興味がない訳ではなかった。


「ヒーローかい?勿論、今でも大好きさ!勧善懲悪ってやつかい?かっこよすぎるじゃないか!ほら見てご覧よ!くうぅ〜悪の卑怯な攻撃にも挫けず立ち向かう!この不屈の心こそ、世界の希望なんだよ!かっこいいなぁ、やっぱり今でも憧れるよ!」


「あー……そっか、それは……良かったね、」


 まるで次期首相になるための演説を振るうかの如く熱弁を披露してくれた弟に適当な相槌を返す。

 彼はジャンクフードとバスケットボールが大好きなどこにでもいる至って普通の大学生で、そこにはどこを取ってもヒーローになる素質も、ましてや世界を救う要素もない。

 子供心を忘れないのは大変結構だが、成績や就職の事ももう少し考えていただけないものか。悩む頭がこれ以上痛まないように、小さな溜息と一緒に悩みも霧散させた。


「そういや、君も昔はよく一緒にアニメを見ていたのに、あんまりヒーローが好きとか聞かないね?」


「そうだね……僕はどっちかっていうと悪者に興味があったからさ」


「へぇ?」


 透き通る青空を閉じ込めたような瞳が一瞬こちらを見て、またテレビ画面へと戻った。画面の中ではちょうどヒーローが敵と死闘を繰り広げている最中で、弟は身を乗り出して釘付けになっている。そうして悪者が力尽き倒れると、勢い良く立ち上がった弟はイエス、と高らかに叫んだ――幼い時から思っていたが、やっぱり彼と映画は観たくないな、と機会もなさそうな事を頭の片隅で思う。


「やっぱりヒーローになるには戦闘能力も必要だなぁ。うーん、ボクシングでも習ってみるかなぁ……」


「やめときなよ、君ダイエットでボクシングやり始めた時、三日も続かなかったじゃない」


「あっあれはダイエットだからだよ!ヒーローになる修行だと思えば続くって!」


 少し頬を染めるその顔を似合わないなと見つめると、何を察したか彼はわかったよ、と大人しくソファーに座り直した。そうしてもう一度テレビのザッピングをしながら、そう言えばさ、と口を開く。


「さっき悪者の方が好きだとか何とか言ってたよね?あれは何でだい?」


「好きっていうか、なんと言うか、惹き付けられるんだよ。何度やられても痛い目にあっても、次こそはなんて自信をもってヒーローに挑みに来るだろう?馬鹿の一つ覚えみたいで酷く滑稽だけど、彼らもヒーローと同じ位努力をしてるんだ。それは世界にとっていい方向ではないし、決して取り上げられる事もないけれど」


 彼らもきっと、不屈の心とやらを持っているんだろうね、なんて笑ってやると、弟はうーんと難しい顔をして、けどその努力も世界に認められないと無駄じゃないかと呟いた。


「僕は昔から思ってたんだけどね、悪者こそがヒーローなんじゃないかと思うんだ。ヒーローは悪を倒してこそヒーローとして世間に認知される。世界征服だ人類滅亡だなんて今時子供でも考えない古い思考を実行に移すのも、ヒーローの邪魔ばかりするのも、結局はヒーローを確固たる存在にする為の材料にすぎない」


「……そんな夢のないこと、子供には絶対言うなよ」


「大丈夫さ、僕は明るく人懐こい性格で楽しい大学生活を謳歌している君と違って、人見知りで皮肉ばかり言って、人間関係もろくに築けないただの引きこもりだからね。子供と話す機会なんてきっとないだろうし、あったとしてもちっぽけな僕の存在ではオンラインゲームで現実の厳しさ位しか叩きつけれないよ」


「君いつもそんな事してたのかい!?最低だね!」


 仕事の合間、ついつい熱中してしまう唯一至福の瞬間を最低だなんて、それが実の兄に対する言葉かと一瞬眉を寄せたが、それはそれは寛大な兄の心で許してやった。こんな心優しい兄には感謝どころか、崇め讃えるくらいして欲しいものである。


「まぁ何だったけ?あぁヒーローね、そうそう。つまり僕が言いたいのは世間から疎まれるはずの異能、ないしは技術力を持った主人公をヒーローというものに格上げさせてあげてる悪者の心の広さっていうか、自分を救ってくれたヒーローを悪者なんてレッテル貼り付けて、正義の鉄槌なんて大それた名前の暴力を振るうヒーローこそが真の悪者なんじゃないかと僕は昔から思っていた訳」


 ヒーローとしての踏み台には、悪者がなくてはならないって訳さ、わかるかい?口角がゆるりと上がるのをそのままに、怪訝な弟を笑ってやる。正に現実を叩き付けられたような状態の哀れな弟に、やはり心優しいお兄様から直々に救いの手を差し伸べてやろう。


「大丈夫だよ、例え君がある日突然蜘蛛に噛まれただとか、超能力に目覚めただとかで異能を手に入れたとしても、僕は君の味方さ。だってそうだろう?何てったって世界で唯一無二の兄弟だものね」


 未だ納得のいかない弟の眉間に刻まれた深い皺を小突くように押してやれば、あいたっと声を漏らした彼は昔と同じように頬を膨らませた。弟の背に隠れていた嫌われものの兄と、頼りになる人気者の弟。素晴らしくテンプレートな組み合わせに、なるほど案外ヒーローに憧れていた少年が夢を叶える日も近いかも知れないと思った。

 僕の言ってる意味わかるかい?数秒頭を悩ませたものの、降参だとばかりに首を傾げた弟に呆れたと溜息を一つ。おいおい、ヒーローは馬鹿じゃあ務まらないぞ?


「だぁから、君がヒーローになったら、僕が君の踏み台になってあげるって事だよ、このお馬鹿さん」


 思わずという風に開かれた口が数度の開閉を繰り返し、眉間にもう一度皺を刻んだ。自分と同色のはずなのに、どこまでも澄んだ深い深い青が細まり、微かに、眉尻を下げるだけだった。




マリーゴールドの呪文をあげる

(それでも世界は正義を求めるのか)



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