愛おしい彼女の声
いつから好きだったとか、
そんなことは覚えていない。
美人だったが一目惚れはしなかったし、
むしろ最初は、
仇である『マフィア』という肩書きを持つ彼女を、
心の底から恨んでいた。
それに、
女慣れしていない俺にとっては近寄られたりするのも苦手なわけで、
それで鼓動が早くなったり赤面して動揺したりするわけなんだから、
『そのひとといて、
鼓動が早くなるようになったら恋』
などと言われても、よくわからなかった。
ただ。
利用されるのだろうなと思いながら、
利用してやろうと思いながら、
そんな風に一緒に過ごしている間に、彼女がどうしようもなく気になって仕方なくなって、
気がつけば、惚れていて。
不器用な俺に対して、器用に心に入ってくる彼女が愛おしかった。
「アニキ、仕事っすよー」
「おう、今行く」
今日も彼女からもらったマフラーを首に巻き、屋敷を出る。
暑がりな俺はいらないと言ったのに
「うるさい。いつもそんなはだけた格好しながら寒い寒い言って。
風邪ひいたらどうするの・・・というか、馬鹿なの?」
と渡されたマフラー。
相変わらずこれをつけると暑苦しくて鬱陶しいが、
それでも彼女の優しさだと思うとつけるのが日常となっていた。
ーーー・・・あのとき。
出張なんて行かずに、彼女のそばにいたら、
今でも彼女は、俺の後ろをついてきてくれていたのだろうか。
そんなくだらないことを考えて、今日も仕事へ向かう。
「待ってよエン!」
思わず足を止めて振り返る。
「・・・」
しかし振り返った先には誰もいなかった。
「・・・アニキ?」
後ろから怪訝そうな表情をした幼馴染みに声をかけられる。
「・・・いや、」
「?」
ーーー・・・まあ、そうだろうな。
首を傾げる彼に、顔を逸らすほかにない。
「・・・悪い、幻聴がした、早く行こう」
そして彼の手を引く。
「うわっ、ちょ…?」
ーーー・・・勘弁してほしいな。
威勢のいい声が、
あのとき
俺を呼び止めた彼女の声が、
いまだ耳から離れていない。