改題・レンオアム王子
むかしむかしあるところに、おうさまとおきさきさまがいました。
ゆうかんなおうさまとやさしいおきさきさまはとてもなかがよく、ふたりはとてもしあわせでした――ただひとつ、ふたりのあいだにこどもがいないことをのぞいては。
ある日、お妃さまがお城の庭に出ると、とても年を取った女の人に出会いました。
「悲しそうな顔をしているね、どうしたんだい?」 女の人はお妃さまに問いました。
「言ってもしようがないことです。誰もわたくしの助けにはなってくれないのです」 お妃さまが答えました。
「きかせてごらん、本当に無理なことどうかなんてわからないだろう? ことによっちゃぁ、わしがどうにかできるかもしれないよ」
「……王さまとわたくしの間には子どもがおりません。わたくしはそれが辛い」
「フム、もう悲しむことはないよ。それならわしの得意分野さ。よくお聞き、きょう日が沈む時、コップをふたつ城の庭の北西のすみに伏せて置いときな。そして翌朝日がのぼったら、コップを開けてその下を見てごらん。片方には紅、もう片方には白いバラが咲いているはずさ。男の子が欲しかったら紅いバラを、女の子が欲しかったら白いバラをお食べ。ただし、絶対にバラを両方とも食べてはいけないよ。さもないと絶対後悔するからね――わしは忠告したよ、いいかい、食べるのはどちらか一方だけだからね! それを忘れるな!」
「何度感謝してもしたりません。ほんとうにありがとうございます!」 お妃さまはとてもうれしそうにお城に帰っていきました。
年取った女の人のいったことを100%信じたわけではなかったけれど、ずっと苦しかったことを打ち明けられて、お妃さまはいくぶん気持ちが軽くなりました。
また本当に子どもをさずかるならと、藁にもすがる思いで、お妃さまは女の人に言われた通りにコップを地面に伏せ、一晩たった夜明けにコップを開けました。するとどうでしょう! 女の人のいった通りにコップの下にはバラが生えていたのです。女の人は魔女でした。お妃さまはびっくりしつつもおおよろこびでバラをながめました。
さてどちらを食べましょうか、女の子か男の子か。女の子ならお嫁に行ってしまう、男の子なら戦争に行ってしまう。なにぶんむかしのことですから、お妃さまはそんなことを心配していました。どちらもせっかくさずかる子どもと別れてしまいますものね。でもそれをいま考えてもしょうがない。
さんざん迷ったすえ、お妃さまは白いバラを食べました。
バラはとても甘くておいしい味がしました。
お妃さまは紅いバラを見ました。こちらもきっとおいしいにちがいないわ。
このときお妃さまのあたまからは、女の人が最後に告げた忠告――バラを両方とも食べてはいけない――がふっとんでいました。
白いバラはそれほどおいしかったのです。
こんどはゆっくり味わおう。
紅いバラを口に入れた瞬間、ようやくちらっと魔女の忠告がよぎりましたが、お妃さまはどうせそんなに悪いことなどおこりっこないとたかをくくり、とうとう、紅いバラもむしゃむしゃと食べてしまいました!
やはり紅いバラも甘い味がして、とても美味しく思えました。
それからしばらくして、お妃さまはふたごの子どもを産みました。
ふたごのひとりは玉のようなかわいらしい元気な女の子――王女さまでした。
そしてもう一方は――ながいぐねぐねした体の、鱗をもった、いちおう王子さまであるらしい、蛇のようないきものでした。
その子どもは、しなやかな蛇という意味のレンオアムと名付けられました……
……ここまではおとぎばなしとあまりかわらないのよ。
じゃあいったいなにがちがうかって?
それはね……
「かーわいいっ!! レンって本当に綺麗!」
すべすべだぁ、と黒髪の少女が王子さまの体を撫でています。
王子さまはくすぐったそうにしています。とまどっているようです。
「お、おそろしくはありませんの?!」
「え、あ、そうか。さっき気絶してたのか。王子さま、あなたがたのことを心配していらっしゃいましたよ」
「……あの、みなさん、大丈夫ですか?」
「「しゃ、しゃべったぁぁ!」」
「うわぁ、やっぱりいい声」
「わたしの名前はレンオアムといいます。よろしくお願いします……」
みんな思い思いのことを言っていて、なんだか混沌としています。
どうしてこんなことになったのか。数刻前によその国のお姫さまがレンオアム王子のお嫁さん候補としてこの建物の中に入りました。お姫さまはレンオアム王子の姿を見て、絹を裂くような悲鳴を上げてぶったおれてしまいました。このお姫さまは蛇が嫌いだったのですね。
そこにやはり王子のお嫁さん候補の、別の国のお姫さまがやってきたのですが、こちらは蛇嫌いでこそ無かったものの、倒れているお姫さまを見、王子さまを見て、お姫さまが王子さまに食べられてしまうと勘違いして気絶しました。
王子さまも最初のお姫さまの金切り声にびっくりして、動けなくなっていました。
最後に黒髪の少女がやってきて、お姫さまたちの様子を診ました。そして王子さまに触れて会話してしばらくした後、冒頭の場面に戻るというわけです。
「こんな蛇とは結婚できませんわ!」
「……」
最初に倒れたお姫さまは震えながらも言い放ちます。
もう一方のお姫さまはなんだか悲愴な顔をしたまま無言。
王子さまも何も言いません。
「なら、私がレンと結婚します!」
「「「え?」」」
「好きです、結婚してください!」
きゃーいっちゃったー、と黒髪の少女は顔を真っ赤にして、ますますぎゅっと王子さまを抱き締めます。
「あなた、正気ですの?!」
あ、とうとう蛇嫌いのお姫さまがぶちきれました。逆にもう一方のお姫さまはあからさまにほっとしたようです。
「愛しくてたまらないのを狂気というのかもしれませんが、少なくとも私はレンだからこそ結婚したくて、その決断に責任を持ちたいと思っています」
だって、ひとめみたときから、ずっとさがしていたのよ。
夢だと思っていた。あんなに美しいものがあるのを初めて知った。森の中に白い体、一瞬で心奪われた。
まさかもういちどであえるなんて。
「あの、勝手に告白してしまって申し訳ないんですけれど、お返事は……」
いま言葉を交わしてもっと好きになった。レンと離れたくない。一緒に生きたい。
「今すぐ答えろと言われても困ってしまいます。……仮にもわたしは王子ですから」
「あ、そうだった……」
やっぱり無理なのかなぁ、としょぼーんとする少女。レンのことは大好きだけれど、彼の諸々の事情を理解できる程には賢いのです。レンオアム王子自身から断られたら身を引く決意でした。その割りに告白が強引だって? だってこの機を逃せば次いつ会えるかわからないじゃないですか。あとはパトスの暴走が少々。
そんな少女の様子を少し面白そうに眺めて、レンオアム王子は続ける。
「でも、わたしもあなたのことがすきですよ」
僅かな間だけれど、彼女と話せてとても楽しかった。それこそ生まれて始めてといっていいくらい。父王はずっと自分を見てくれなかった。母はやさしかったけれど、どこかいつも苦しかった。姉は自分のことはつい最近まで知らなかった。
それがこんなに醜い、大嫌いな自分の姿なんかを目をキラキラさせてかっこいい、かわいいといってくれて。好きな本の話をして――ずっと本ばかり読んでいたのだ。それだけが世界を知るすべだった。――一度だけ城の外に出たが、人影に怯えてすぐに戻ってしまったのだ。
振り向いてくれない父王を困らせてやろうと、ワガママを言ってよかった。話が合うのが、わかりあえるというのがこんなに嬉しいことだなんて。
だから告げる。
「わたしもあなたと一緒にいたい」
少女は目を見開いて、ぱあっと顔を輝かせる。
何か言おうとして言葉にできない。
「……もう、知りませんわ……」
蛇嫌いのお姫さまが呆れつつも笑いました。
その後はわりと大変でした。なにしろ黒髪の少女は役人の娘。お城にこそ自由に入れましたが、本当はそこまで身分が高くないのです。でも彼女とレンオアム王子はがんばりました。
王さまを説得したり、外国への結婚申し込みを取り下げたり。お姫さまたちが味方になってくれました。
そしてわりとひっそりと、結婚式が挙げられます。豪華なパーティは城の外。肝心のレンオアム王子と黒髪の少女はお城の庭で互いだけ、王子は少女の体に緩やかに巻き付き、少女は王子の首のあたりにそっと腕をまわしました。――幸せでした。
へえ、随分遠くから来たのねぇ。
留学先のカフェで相席になった女性は、こちらが留学生だとわかると嬉しそうにそんな話を語ってくれました。
「待ったかい?」
「いいえ、この子に丁度話し終えたところ」
「彼女の話は長かったでしょう?」
「そんな、とても興味深いお話でした!」
「気に入っていただけたら何よりね。じゃあ、私は先に行かせてもらうわね」
「お話ありがとうございます。すごく楽しかったです」
「じゃあ、いい経験をいっぱいしてね。……行きましょう、レン」
「きみとはまた会えるような気がするね。幸運とよい一日を。」
そうして彼女と連れの男性は行ってしまい、ちょっと目を離したらもう見えなくなっていました。
この小説は プロジェクトグーテンベルグ中の、
East of the Sun and West of the Moon Old Tales from the North
Author: Peter Christen Asbjørnsen Jørgen Engebretsen Moe
http://www.gutenberg.org/files/30973/30973-h/30973-h.htm#linki_17
を参考にさせて頂きました。(特に前半部)ありがとうございます。
この小説はフィクションです。
現実のいかなるものとも関係ありません。
ここまで読んでいただきまことにありがとうございます。
ではまたお会いしましょう。